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Vanishing Raiders  作者: MCFL
35/43

第35話 守りたかったもの

空から迫るガーゴイルの爪を体捌きでかわし、その隙に詰めてきたデーモンの頭部を切り落として倒す。

はじめは人間ではないとはいえ気が引けて胴体を狙っていたのだが岩みたいに固い体をしているし傷つけたくらいでは足も止まらないためなりふり構っていられなくなったのだ。

背後から急降下してきたガーゴイルを振り返ることなく剣を後ろに突きだして相手の速度を利用して一気に胸を貫いた。

間断なく襲ってくるとはいえ攻撃自体は単調だからなんとか1対多数でも相手を出来ている。

芝中の方からもスパンスパーンと戦場には不釣り合いなハリセンの音がほとんど絶え間なく聞こえてくる。

敵は多いが確実に減ってきている。

このままならなんとかなるかもしれない、そう思った矢先

「やはりこの程度では役不足かの。ならばこれでどうじゃ?」

魔女の声と共に部屋に薄靄が溢れだしデーモンの姿がぼやける。

「視界が悪いのは確かに面倒だがまだまだ…」

腕を振り下ろす音に素早く反応して横に跳び、反復しながら襲撃者に斬りかかろうとして

「芝中!?」

それが芝中だったことに気づいて慌てて剣を止めた。

刃が眼前に迫っても怯える様子を見せないことに違和感を覚えた瞬間、腹に拳を叩き込まれた。

「グフッ!」

なんとか持ちこたえたが今の攻撃は芝中の細腕で打ち込めるものじゃない。

「ゲホッ、幻覚か?」

よく周りを見渡せば大勢の芝中と俺の姿がぼんやりと見えた。

世界には3人くらい同じ顔の人間がいるとは言うが全く同じ顔の人間が目の前にうじゃうじゃいるのは気味が悪い。

芝中に囲まれるならハーレム?とか思ったがどれも無表情なのであんまり楽しそうではなかった。

「こういうときはやっぱ、自分を倒していくべきだよな。俺、俺に殺されたくないなら俺の邪魔をするなよ!」

自分で自分を殺すのは非常に嫌な気分になるからこれも魔女の作戦なのだろう。

そう思うと俺の顔をした自分じゃないやつが存在することに対して異様に怒りが沸いてきた。

(もしファリアがこんな幻覚に騙されて捕まったりしたら…)

悪い想像ばかりが膨らみ徐々に殺意まで沸いてきた。

「うおー、俺の顔をしたやつは全員かかってきやがれ!1人残らず叩き伏せてやる!」

芝中もどきも近づいてきたがもはや無視して俺は俺を虐殺しまくった。

唯一の救いは表情が変わらず自分が苦しんで死ぬときの顔を見ずにすんだことだった。


目に入る限りすべての俺を倒し終えるとようやく靄が晴れていった。

残っていたのは芝中と中途半端に芝中の顔だけ持ったデーモンで

「気持ち悪いのよ!」

と激しいツッコミで振り下ろされたハリセンによりデーモンは消滅した。

ふうふうと興奮した様子はさっきまでの無表情とは違うが芝中のイメージとも違ったためちょっと警戒しながら声をかける。

「芝中、だよな?」

一瞬ギロッと睨まれてすくんでしまったがため息をついて髪をかきあげるといつもの芝中に戻った。

「ちょっと気が立っていたから、ごめんなさい。」

確かにごついデーモンの体に自分の顔が張り付いていたら俺だって怒るだろうしそれが女の子なら尚更だ。

芝中の気持ちはよくわかるから俺は苦笑をもって答えとした。

靄が晴れた向こうに現れたドアの開く音に目を向けると魔女がローブで身を隠した4人の従者を引き連れてゆっくりと入ってきた。

「ヒェッヒェッヒェッ。なかなかしぶといのう。わしのとっておきをお披露目するしかないようじゃな。」

魔女の前に4人の従者が歩み出てそれぞれが剣や槌、鎌、フレイルを構える。

「亡者にデーモンと来て、次はなんだ?」

「ヒェッヒェッヒェッ、なんじゃろうの。」

いやらしい笑みを浮かべているところを見るとまたろくでもないことを考えているようだが何が相手だろうと関係ない。

さっさと倒して魔女を1発ぶん殴らないといけない。

不気味なほど静かな4人はまだ攻撃体勢に入っていない。

「行くぞ!」

先手必勝、一番重そうな槌を持つ敵に向かって斬りかかる。

構えを取っていない上に重量級の武器を振るための予備動作が他よりもかかるため絶対に俺の方が早い。


はずだった。


「…え?」

気付いたときにはすでに槌が俺の側面に向かって壁のように押し寄せてきていた。

そいつは全くの予備動作なしに数十キロはあるだろう巨大な槌を軽々と横振りしたのだ。

俺は咄嗟に上に飛び上がるがそこにはすでに剣と鎌が振り被られた状態で待っていた。

「こっのッ!」

剣を前に突きだして敵の攻撃になんとか合わせるが込められた力が段違いな上に2人分の力が加わったためあっさりと弾き飛ばされて地面に叩きつけられた。

肺の空気が抜けて意識が飛びそうになるのを持ちこたえると視界の端に加速のついた鉄球が見えた。

横に転がって移動した直後、一撃がガンと地面を砕いた。

跳ね起きて膝立ちで構えるがやつらの追撃はなく魔女を守るように定位置に戻っていた。

恐怖と緊張で荒い息を繰り返す俺の後ろに立った芝中は

「敵の正体もわからないのに無謀にも飛び込んでいった感想は?」

とてもクールだった。

「パワーはデーモン並みだけど魔女が操ってるのか抜群のコンビネーションだった。今までで一番厄介な相手だな。」

「見た限りそんなところね。それにしても中々いい動きだったわよ。」

逃げ戻ってきた手前素直には喜べない。

それが顔に出ていたようで芝中はフッと優しい笑みを浮かべて

「生きて戻ることが一番大事なのよ。勝手に突撃して何も出来ないまま死ぬことは誰にだって出来るわ。でも生きて戻れば反撃も撤退もできる。生きてさえいればなんだってできるのよ。」

と言った。

俺はその言葉に励まされて立ち上がる。

敵は5人、こちらは2人。

どうやってもこちらが不利なのは否めないが逆転の秘策は必ずあるはずだ。

武器を構えつつ芝中と小声で打ち合わせる。

「それで、どうするつもり?」

「あの4人はヤバい。1人が引き付けて、その隙にもう1人が魔女を倒すのが一番リスクが少ないはずだ。」

「了解、それで行きましょう。」

芝中はあっさり承諾してしまったのでこちらが逆に不安になる。

「芝中からは何かないのか?」

命に関わることなのだから軽々しく決めて良いものではない。

だというのに芝中は悩む様子もなく笑みを浮かべて

「勇君を信じてるから。私も同じことを考えていたし。」

と本音だかフォローだかわからない返事を返してきた。

納得は行かないが信頼されていることは嬉しい。

「作戦会議は終わったみたいじゃな。そろそろ始めようかの。」

魔女が骨と皮ばかりの手を前に振りだすとそれまで控えていた4人が一斉に飛びかかってきた。

今度は相手が強くて連携が取れていることを知っている。

そして何よりこっちも2人だ。

1対4では敗北必至でも1対2なら勝機はある。

俺と芝中が真逆の方向に跳ぶと予想通り2人ずつ、剣と槌が俺に、鎌とフレイルが芝中に別れた。

細身の剣は早いがやはり注意すべきは槌の一撃だ。

刺突を剣で受け流し上から振り下ろされる槌は身を捻ってかわす。

地面を叩きつけた今が最大のチャンスだが刺突の早さがそれを許さない。

このままでは堂々巡りで体力を奪われるだけだとわかり、目の前の敵の面倒臭さにイライラしてきた。

「あー、もう!めんどくせぇ!」

効率なんて考えるから疲れるのだ。

敵は片っ端から叩き伏せる、それで十分だ。

頬を掠めた刺突を無視して直線でローブに隠れた顔面に拳を叩き込む。

それを追い越すように飛び込んできた槌の敵を前に俺はさらに前に飛び出していく。

「うおおっ!」

槌が振り下ろされるより早く俺のタックルが敵を弾き飛ばした。

俺の眼前には仰向けに倒れた敵が2人。

顔をあげると芝中の前にも敵2人が倒れていて呆れたような笑みを浮かべてこちらを見ていた。

今回の攻撃では致命傷にはほど遠いだろうが2人相手でも戦えることがわかったのは大きな収穫だった。

1人を動けなくすれば剣を使って戦える。

勝機が見えて戦意も充足した。

「いってーな。」

「顔を殴るなんて酷いではないか。」

その声を聞くまでは。

「な、んだよ…」

納得できる理由を考えるがその逃避を目の前の現実が粉々に踏み潰した。


ローブのフードを外して出てきたのは俺のよく知る遠藤一馬と雷道誠太郎会長だった。


2人は不敵な笑みを浮かべてそれぞれの武器を構えるが

「どういうことなんだよ?一馬、会長!」

俺にはこの2人に剣を向けることなんて出来るわけがなかった。

一馬は幼なじみの親友で会長は尊敬する先輩なのだから。

だが絶望はこの程度では終わらない。

会長は生徒会室で話すように自然な様子で

「私や遠藤君だけではないぞ。ほら。」

と芝中の方を指差した。

確かにローブ姿の敵は4人いた。

2人が俺の知り合いだったのだから他の2人もそうであると、妙に納得してしまった。

会長たちが攻撃してくるかもしれないなんて考えることもできず示された先に目を向けた。

「あ…」

そこには険しい表情の芝中に笑みを向ける舘野忍と生徒会の国枝美和の姿があった。

4人とも亡者のように意思もなく操られているような様子はない。

正気のまま、俺を殺すための攻撃を迷うことなく打ってきた。

そして俺も一馬たちを殺そうとした。

「ヒェッヒェッヒェッ、どうじゃ?最高の演出だとは思わんか?友情や愛情などという下らん感情を持っとる人間同士を戦わせる、これほど面白い見世物はあるまいて。ヒェッーヒェッヒェッヒェッ。」

魔女の言葉ももはや俺の耳には届かない。

(この世界を守りたかったのに。)

ここに来て俺はその思いが間違いであったことに気づいてしまった。

俺が守りたかったのは俺の日常、それ以外のどこかで何かが起こってもどうでもよかったのだ。

だがもう何もかもが遅い。

守るべき者たちが牙を剥くこんな世界を俺は望んでいないのだから。


もう俺には戦う理由は残されていなかった。

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