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Vanishing Raiders  作者: MCFL
34/43

第34話 破滅の始まり

ギギギギー


ものすごい轟音と共に体が進行方向に吹き飛ばされる。

咄嗟に芝中を抱き抱えて転がるとようやく電車が停止した。

「何があったのかしら?」

「…あんまりいい状況じゃないのは確かだな。」

いつの間にか空には暗雲が立ち込めていて空の色を灰色に塗り替えていた。

「とにかく前に行ってみよう。」

倒れている人たちを避けながら最前車両まで行くと運転席では車掌が前を見てガタガタと震えていた。

俺もそれを見て言葉を失い立ち尽くしてしまう。

「…亡者。」

芝中の呟きだけが世界に重く響いた。

電車の前方からはゾンビのようなふらふらと歩く亡者の群れがゆっくりとこちらに向かってきていた。

もうあとわずかで到着する南前市は暗い雲に覆われている。

胸を嫌な不安が満たしていく。

この光景はまるで世界の終わりを映し出しているかのようだった。


電車に取りついた亡者は窓を叩いたりドアをこじ開けようとしていた。

乗客は大混乱で少しでも亡者がいない後ろの車両へと我先に逃げていく。

「こいつらは普通の人にも見えるのか?」

「亡者は死体を意思のない人形として扱うから彼らはこの世界の人間よ。」

ドアが徐々にこじ開けられていく。

「うわあああー!助けてくれー!」

車掌が入り込んできた亡者に押し倒されるのが見えたので慌てて駆け寄るがドアが開かない。

やがて悲鳴は聞こえなくなり、

バン

俺の目の前に血みどろの手形が浮かんでその向こうに車掌の格好をした亡者が現れた。

「くそっ!」

「勇君、このままだと囲まれるわ。」

亡者が開けて這い上がろうとしていたドアから外に飛び出すと出遅れていた亡者が襲ってきた。

俺は近くに転がっていた木の枝を拾って構え

ズバシッ

と華麗に相手の側頭部を打ち抜いた芝中のハイキックを見た。

ついでにスカートの中身も。

「ボーッとしてないで、行きましょう!」

手にはいつの間にかハリセンが握られている。

(あれ、もしかして芝中の武器だったのか?)

俺の剣は生憎家に置きっぱなしだから取りに戻らなければならない。

そして何よりこの事件の中心にファリアがいないわけがない。

「急ぐぞ。多分ファリアが危ない!」

迫り来る亡者自体はこれまで戦った化け物と比べるまでもなくただの人間と同じ程度だったが、ただ一点、痛みや死を恐れない姿は気味が悪かった。

線路から踏み切りを通って幹線道路に出るとすでにそこは阿鼻叫喚の世界だった。

正常な人は亡者から脅えて逃げまわり、捕らわれて亡者と成り果てる。

人々の恐れの叫びは大きく響き、着実にその数を減らしていく。

俺たちは襲ってくる亡者を薙ぎ払いながら地獄を駆け抜ける。

電車の中でも感じた嫌な予感は南前市に近づくごとに強くなっていた。

「芝中、これを操ってるやつがいるのか?」

芝中は走りながら迷っているように見えた。

どんなに友好的に見えても芝中はリゾルドの軍勢だから情報を漏らすことができないのかもしれない。

悩んでいる芝中に攻撃を仕掛けた馬鹿な亡者は

「邪魔しないで!」

苛立ちのとばっちりを受けて頭部を弾き飛ばされた。

死をも恐れない亡者たちも芝中の怒気を前に躊躇っていた。

「これは魔女の仕業よ。ただ…」

一度発動した術は本人が倒されたからといって停止するとは断言できないと言う。

「以前見たときは亡者と化した人たちが町ごと吹き飛ばされたことでなんとか収束していたから。」

「くっ。とりあえずは魔女の所に向かうしかないか。」

大分息は上がってきたがもう見慣れた場所で我が家はもうすぐそこだった。

路地を曲がった瞬間

「うわっ!なんだこれ!?うちでバーゲンでもやってるのか?」

と叫ばずにはいられないほどびっしりと亡者で埋め尽くされていた。

俺が叫ぶと亡者が一斉にこちらを向き、確かに皆がにやりと笑った。

それはこう聞こえた、標的様のご到着だと。

「こんな歓迎嫌だー!」

隣のじいさん亡者を殴り飛ばし、向かいのオバチャン亡者に蹴りを放ち、斜向かいの幼稚園児亡者を木の枝で叩き斬る。

知り合いだったものを壊していくことになんの感情も抱けないほど俺は焦っていた。

(ファリア、家の中にいるのか?)

恐らくはいないのだろう。

ファリアならこれくらいの亡者は地面に穴を開けるなりして一瞬でカタをつけているはずだ。

それでも不安は募り一刻も早く家に入って確認したいのに亡者が邪魔をして先に進めない。

「お前ら、邪魔だー!」

力任せに振っていた木の枝が真ん中からポキリと折れた。

構わず柄を握ったままの拳を顔面に叩きつけた。

一瞬の隙間を縫って塀まで駆け寄り手を引っかけて一気に飛び越えた。

「剣を取ってくる。そいつらの相手を頼むぞ、芝中。」

「随分と強引ね。何かご褒美がほしいところね。」

「これが一段落したらなんか考えておく。」

俺を追って塀をよじ登ろうとする亡者を芝中のハリセンが片っ端から砕いていく。

「同属の下僕とはいえ私の想いは止められはしないわよ。」

恥ずかしいから大声で叫ばないでほしかった。


家の中はファリアが何かを施したらしく亡者は入り込んでいなかった。

だからこそ誰もいないことを如実に表しているとも言えた。

ファリアの名前は呼ばない。

この異変にいち早く気が付いてきっとどこかで戦っているから。

自室の机の上には鞘に納められた剣と1つのおむすびが置いてあった。

「サンキュー、ファリア。」

急いでる極限状態でおむすびを作っていたところを想像すると笑えてくるがそれだけ俺のことを心配し、そして信頼してくれていることを表していると言えた。

窓の外に目を向けると町はすでに人の世のものではなくなっている。

世界には死の臭いが立ち込めて生の息吹を感じられない。

「こんな世界は認められない。絶対に。」

倒すべき敵と成すべきことを見定めて俺は窓に足をかけて飛び出した。

ファリアのためにも世界のためにもこんなところでのんびりしてなどいられなかった。

「さあ、人だったことを忘れるくらい斬られたいやつからかかってきな!」


芝中と2人で寄ってくる亡者を蹴散らしているとうちの前にいた連中は一掃できた。

やはりこの剣は体の一部のように手に馴染む。

辺りを見回して増援がないことを確認してから一息つく。

「ふう、きりがないな。それで魔女がどこにいるかわからないのか?町の中を探すには広すぎるしもしかしたら町の外に出てたら探しようがなくなる。」

芝中は遠くの空を見渡してハリセンの先で学校の方角を示した。

「力の流れはあっちから来ているわ。多分学校の方だと思うけど、でもあからさますぎるような気がする。」

「罠かもしれないってことか?」

芝中はコクリと首肯した。

俺も学校へ目を向けると一際空気が澱んでいるように見えた。

「罠だろうと手がかりもないんだし行くしかない。」

「そう言うと思ったわ。」

芝中にクスッと呆れ笑いされてしまった。

行く先を見据えると路地の向こうからまたうじゃうじゃと亡者が溢れ出てきた。

「これで俺は世紀の大虐殺犯で決定か。」

「あら、警察も裁判所も機能しないから犯罪として裁かれないと思うわよ?」

きっともう何かを諦めてしまったから俺はこんな軽口を叩いている。

それを意識しないようにして俺は剣を握る手に力を込めた。

「さてと。そろそろお待ちかねみたいだし、歓迎されに行くとしますか。」

「ご褒美、期待してるわよ?」

芝中がハリセンをパシンと手に打ち付けた。

俺たちは亡者の中に突入していく。

もうこの世界が救われないという、悲鳴にも似た空の軋む音を聞かないようにして、俺は戦うことを選んだのだ。


ウーとかアーとかガーとか頭悪そうな呻き声をあげながら襲ってくる亡者だが歩みは亀のように鈍いので簡単にかわせる。

「後で挟撃されないか心配だ。」

「ここにいる分を倒してもまたどこからか集まってくるだけよ。無駄な力を使うのは避けた方がいいわ。」

俺の回りの女性は本当に聡いので俺が頭悪い子のような気がしてくる、確かに成績は良くないが。

なのだが…

スパーン

スパーン

ものすごく真面目な様子でハリセンを振り回す姿はミスマッチ過ぎてなかなかシュールだ。

はたかれた亡者が爆砕するのもそれを助長している。

(佐川や舘野はこんなのを喰らってたのか。)

佐川と舘野がはしゃいで芝中がハリセンを振るって諌める。

2人の頭ボーン。

「うわああ。」

嫌な想像を頭を振って払う。

芝中が俺の奇行に怪訝な顔をしていたので笑ってごまかす。

「そ、それで学校に向かえばいいのか?」

「その筈よ。だけど…」

芝中が不意に足を止めたが車も人もすべからく急には止まれない。

走りながら振り返ろうとして

ゴンッ

グキッ

「ギャー!」

見えない壁になんの備えも出来ずにぶつかった。

体前面と首が痛い。

「結界があるみたいだから気をつけたほうがいいわ…って言おうとしたんだけど、遅かったみたいね。」

「あい。」

痛みと自分の不甲斐なさにちょっぴり涙が溢れるのだった。

「ヒョッヒョッヒョッ。これはまた盛大にぶつかるものじゃな。いや、愉快愉快。」

突然上空から聞こえてきた老婆の声に顔をあげると小汚ないローブを着たしわしわの老婆がほうきを使うこともなく空に浮かんでいた。

「魔女なら箒を使えよ!イメージが崩れるじゃないか。」

「ふん。箒なぞ魔力の扱いが下手な新米が使うものじゃ。わしほどになれば媒体なぞなくとも宙に浮かぶくらい造作もない。」

不機嫌そうに呟く魔女はまた気持ち悪い笑い声を漏らして俺たちを見下ろした。

「サキュバス。これ以上其奴に協力するというのなら反逆と見なして始末せねばならんぞ?」

魔女の物言いに憤りを覚えたが確かに芝中にとって戦う相手は同胞、それを裏切ることになる。

その決断を俺が強いることはできないからただ成り行きを見守るしかなかった。

俯いていた芝中はフッと口の端を吊り上げ、不敵でかっこいい笑みを浮かべて魔女にハリセンを突きつけた。

「当然、覚悟の上よ。それに私はサキュバスじゃない。私の名は芝中幸恵、葛木勇君の友人よ。」

芝中はさらにハリセンで肩を叩きながら

「それに私、上から放り出された身だし、昔からあなたのその陰湿な笑い声が大嫌いだったのよ。」

と言い切った。

「…愚かな娘じゃ。ならば其奴と共にわしの兵隊の駒となるがいい。」

魔女は汚らわしいものを見るように芝中を睨み付けるとその姿が揺らいでいく。

「逃げるのか!?」

「逃げる?ヒョッヒョッヒョッ、何を言っておるか。よう見てみい。」

よく見れば魔女の姿ではなく空間全体が揺らいで別の空間に取って変わろうとしているようだった。

「ようこそと言っておこうかのう。うぬらの死に場所へな。」

やがて完全に周囲の景色が一変した。

広く何もない巨大な部屋、しかしその中は生物の体内のように肌に粘りつくような空気で満ちている。

「嫌な感じね。」

芝中も同じことを思っていたらしく肌を擦りながら顔をしかめていた。

空間全体から魔女の笑い声が響く。

「わしに逆らう愚か者は死ぬまで踊り続けるがいい!」

しわがれた叫びと共に地面や壁から悪魔を模した異形が形を成して現れた。

「亡者の次はデーモンか。つくづく外道な術ばかりだな。」

「笑い方だけじゃなくて性格まで陰湿なのよ。」

「なるほどな。こりゃ友達にしたくないタイプだ。」

「そうなのよ。あははは。」

「まったくだ、ははは。」

俺たちの後ろ向きな笑い声が空間に響く。

「ええい、忌々しいやつらじゃ。デーモンよ、はよ其奴らを攻撃せい!」

声からも怒りを感じる魔女の指示に忠実に従ってデーモンの進撃が開始された。

屈強なものは地を、羽ばたくものは空を隙間なく包囲していく。

俺たちはその中心で互いに背中を預けてそれぞれの得物を構えた。

「年寄りは気が短いわね。」

「本当に嫌いなのはよく分かったから、そろそろ気を引き締めろよ。亡者より強そうだぞ。」

「そうね。頼りにしてるわよ、勇君。」

やってみなければ分からないこともある。

それでも女の子に頼られると頑張ろうという気になるのだから俺もかなり単純な性格をしている。

「グアア!」

最前線のデーモンが雄叫びを上げて襲いかかってきたのを合図に魔女の死刑場での戦闘が幕を開けた。


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