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Vanishing Raiders  作者: MCFL
27/43

第27話 狂いだした歯車

俺は夢を見ていた。

それはファンタジー世界に迷い込んだような"俺"の夢ではない、今の俺の夢。

夢の中の俺は一馬に起こされて学校に向かい、芝中や佐川、舘野とばか騒ぎして、遊び疲れて早めに床に着く、そんな当たり前だった生活を送っていた。

俺は夢から溢れ落ちて闇を漂う。

頬には涙が伝っていた。

(帰りたいのか、あの頃に?)

それを自分に問うがすぐに意味のない事だと気付き首を横に振った。

世界にどんなにすごい神様がいたとしても時間の流れを変えることなんて出来ないのだから過去に帰りたいかという質問は意味を成さない。

(本当にそうなのか?では周りにあるこれはなんだ?)

自分の言葉に意識を周りに向け、俺は驚愕した。

周囲には切り取られたような風景が無数に浮かんでいた。

それはまるで銀河を形作るように無限の彼方まで繋がっている。

首を上に向けるとさっき見ていた夢がそこに浮かんでいた。

よくよく見れば周囲に浮かぶ風景はどれもがなんとなく見覚えのある見知らぬ場所ばかりだった。

ここはどこなのだろうか?

(知っているはずだ。かつてここに至り、あの世界を選んだのだから。)

ゆっくりと沈んでいく先は見慣れた俺の世界。

(俺がたどり着いた、彼女のいる世界だ。)

世界の修正の時のように意識が遠のいていく。

俺は"俺"の意志を胸に微笑んで闇に落ちた。

その想いは…


「…朝か。」

珍しく自分の意思ではない墜ち方をしたせいかあまり眠った気がしない。

それでも朝になれば日が差し込んでくることも小鳥の囀りが聞こえることも今までの世界と何も変わらない。

そして俺にとっては日常となりつつあることとして、

「すう、すう。」

ファリアが俺と同じベッドで眠っていた。

しかも以前とは違いパジャマのまま、俺を抱き枕にするように抱きついてきている。

俺は声をあげないで世界に恨み言を叫ぶ。

(ベッドインの前後の記憶を返せー!何かしたのか、俺!?)

「んん。」

ファリアが身動ぎして胸とか太ももとかが密着する。

正直、もうだめ。

「…ふぁああ。んー、おはようございます、ユウ。」

ようやくお目覚めのファリアはなぜか離れるどころか抱きついてきた。

さらにお目覚めのチューまでされた俺はいろんな意味でクラクラである。

「これは世界の悪意を感じずにはいられませんね。せっかくの同衾だというのに寝起きだけだなんて酷いです。」

拗ねたように呟くとファリアは起き出して部屋から出ていってしまった。

でも俺はドキドキが止まらず結局ファリアが朝食に呼びに来るまでベッドの中で呆けていたのだった。


食卓で向かい合わせに座りファリアの作った朝食を戴きながらちらりとファリアの様子を見た。

特に変わった様子は見られない。

世界の修正の時に聞いた不気味な音についてもとりあえず何もなかったと考えていいということだろう。

「ユウ、箸が止まっているみたいですがもしかして美味しくなかったですか?」

ちょっと考え事で手を止めているうちにファリアは不安げな表情になっていた。

「そんなことないって、美味しいよ。」

実際にご飯は相変わらず絶品だから食べようと思ったら箸がどんどん進む。

結局不安なんて美味しいご飯と喜ぶファリアの笑顔でどこかに吹き飛んでしまった。


互いに昨晩のことに触れないまま身支度を終えて家を出た。

戸締まりを確認しているとちょうど一馬が眠そうな顔で学校に向かおうとしているところだった。

ヴァニシングレイダースの活動をするようになってから朝一緒に行く機会がめっきり減っていたからたまには一緒に行くのもいいだろう。

「おっす、一馬。」

「おはようございます。」

俺たちの声に一馬が足を止めて振り返る。

きっと今日もファリアと一緒で羨ましいとか言うに違いないと待ち構えた。

だが一馬が見せたのはそんな嫉妬ではなかった。

「…。」

それは見ず知らずの相手に突然声をかけられたような、そんな困惑とした表情。

背筋に怖気が走り、そこから導き出された結論を否定したくて声をかける。

「一馬?」

「ん…ああ、勇とローテシア先輩か。おはよう。」

震える声で呼び掛けると一馬は今初めて気付いたように、それでもちゃんと俺たちを認識した。

ちらりと隣のファリアを見てもいつもの笑顔のまま、対外的な表情のまま何も言ってこない。

だから俺は普通にしていればいい。

「最近付き合いの悪い一馬と一緒に学校に行ってやろう。」

「お前が言うな、勝ち組め。だいたいお前はテストが近いんだからのんびりしてる暇あんのか?」

「うおっ、マヂでヤバい!」

だから俺は普通であり続ける。

この歪みだした世界を意識の角に追いやって。


下駄箱で靴を履き替えてファリアを待っていたが

「今日は用事があるので教室に行きます。浮気したらダメですよ。」

と自分の教室に向かってしまった。

「…。」

ファリアは何も言ってくれない。

その事がひどく不安を駆り立てる。

「名残惜しいのはわかるけど教室行こうぜ?」

「…ああ。」

結局俺にはどうすることもできず一馬に促されるままに教室へと向かった。


「…。」

教室への道行きを歩きながら周囲を観察するが特に変わった様子はない。

誰もが俺の存在など気にも止めず雑談に花を咲かせていた。

「なあ、なんかいつもと違わないか?」

このなんでもない光景に違和感を覚えるのだがそれが何か分からず一馬に尋ねた。

「何がだ?なんも変わったところなんてないと思うぞ?」

「そうか。」

だけどその正体はわからず考えることを止めた。


教室に到着するとドアの前の窓際で芝中が外を見ていた。

俺に気づいて手を振っているがその表情は疲れたように見えた。

一馬に浮気だと茶化されながら別れて芝中の隣に立つ。

「こんなところでどうかしたのか?」

ホームルームまでそれほど時間もないことだし率直に尋ねると小さく笑われた。

「その気遣いは好意と受け取って良いかしら?」

「深読みされると彼女に殺されるから勘弁願いたい。」

芝中は泣いているのか笑っているのか曖昧な表情で俺を見やり窓のサッシにしなだれかかった。

「勇君のすぐ先の未来に待っている絶望を和らげる緩衝材になってあげようと思う善意の押し売りよ。…それと、あそこは私にとっても居づらい場所だから。」

遠回しなようでわりと直球な答えに気が重くなる。

当たってほしくない予想こそが大概真実であることは本当に世の無情さを表している気がする。

ファリアも何も言ってくれないし、本当に俺を取り巻く世界はどうしてこうも優しくないのだろうか。

涙が出そうになる。

「恩に着るよ、芝中。皮の盾を装備したくらい耐性がついた。」

「それはなによりね。バトルアックスで粉々に粉砕されないように気をつけて。これでも勇君に関しては本気で心配してるのよ。」

「感謝してるよ、ありがとう。」

芝中に見送られて部屋のドアを開けた。

瞬間、無数の目が一斉にこちらに向き喧騒が瞬時に静寂へと還る。

男子も女子も皆が俺を見て、俺を見ていない。

それはまるで入り込んだ不審者を見るような不信感を纏っていた。

数十の見知ったクラスメイトから向けられる視線は想像以上に堪え、後ずさりそうになる。

「何突っ立ってるんだ?邪魔になってるぞ。」

窮地を救ってくれたのは先に教室に入っていた一馬の声だった。

その一言により歯車が回り始め

「葛木、おはよう。」

「おはよー。」

以前のように声をかけてくれるようになった。

「おはよう。」

その様子をバグったロボットのように感じてしまう意識を押し込んでらしく振る舞う。

席に着くとすぐに担任がやって来て、芝中もギリギリに入ってきていつも通りの朝が始まる。

この時俺は朝からの違和感の正体にまだ気付けずにいた。


やはり世界の異常は確実に起こっていた。

それはいつも通りであるはずの俺の学園生活を揺るがすものに他ならない。

出欠確認では何度も名前を飛ばされ、当てられたときも先生はすぐに名前を思い出せない。

誰かに話し掛けても必ずワンテンポ間を置いてから反応が返ってきた。

それは俺という存在が世界の枠組みからずれているような感じだ。

形の違うパズルのピースを強引に押し込むタイムラグが発生していると考えられる。

今までも同じような反応ではあったのだろうが認識できない早さで適応するならそれは実質的にないものと同じだったのだろう。

「あの、えーと、芝中さん。」

「はい?」

人ならざる者である芝中も同じような状態にあるらしくホームルーム前に言っていた居づらい場所という言葉の意味を嫌というほど理解した。

(この分だとファリアの方も大変そうだな。)

昼休みに様子を見に行こうと考えてこのクラス単位での嫌がらせにも似たテンポのずれた世界での生活を耐えるのであった。


昼休みになるとすぐにファリアのクラスに向かうべく立ち上がった。

「勇君、ちょっと付き合ってもらえる?」

「こっちの用事のあとでいいならな。」

芝中も俺へのアプローチを口実に友人から逃げてきた。

2人でかつては憩いの場であったクラスを後にする。

次に入ったときにはまた昔のように穏やかな場所であるという、あり得ない願いを抱きながら。

3年のクラスに顔を出してみたがファリアはいなかった。

「葛木君?会長なら生徒会室にいると思うわよ。」

「あ、いや、ファリア…」

生徒会役員とおぼしき先輩は忙しそうに部屋を出ていってしまった。

他の人もピリピリしているしそもそも人が少ない。

「3年生は受験が待ってるから大変なのよ。」

結局ファリアは見つからなかったので生徒会室に向かうことにした。

道すがら周囲に気を配るとやはり部外者を見るような不信げな視線を感じた。

視線を集めているのにそこに込められた感情は普段とまったく違う。

「…そういうことか。」

ようやく今朝からの違和感の正体に気付いた。

「どうかした?」

だがこれが正しいなら世界はかなり深刻な状態にあることになる。

俺は真実を確かめるために生徒会室に向かって走った。

「あ、待ってよ。」

背中からヒタヒタと迫ってくる恐怖にも似た不安を振り払うように走った。


「会長!」

「ん?ああ、葛木君か。そんなに慌ててどうかしたのかね?」

会長はいつも通り生徒会室で作業をしていた。

それがプログラムされた行動のように考えてしまう意識を頭を振って払いのけ会長の前に立つ。

どうせ昨晩のことは覚えていないだろうし何より今は聞かなければならないことがある。

「ヴァニシングレイダース…」

「君のテストが一段落するまで休止するのではなかったか?」

その記憶はきちんと引き継がれているらしい。

だが本題はここからだ。

ちょうど芝中が生徒会室に入ってきた。

「そうですね。ですが俺のパートナーが見当たらないんですよ。何処に行ったか知りませんか?」

「君の、パートナー?」

会長が不思議そうな顔をするのを見て意識せず奥歯を噛み締めていた。

最悪の予想こそが真実に近いという皮肉が目の前にあった。

今日これまで学校で受けてきた視線は不信を除けばむしろ友好的なものだけ。

だが俺の日常では本来あり得ないことだったはずだ。

だって俺は学校のアイドルと付き合うことになってそれこそ全校生徒から妬まれ憎まれていたのだから。

震えそうになる声を押し込めて最後の質問をする。

「なら、ファリア・ローテシア、この名前に聞き覚えはありませんか?」

息を飲む。

会長が首を捻り唸る姿を見るだけで心臓が張り裂けそうな不安に襲われた。

「…ああ。」

だから会長がポンと手を打った瞬間は本当に救われた思いだった。

ファリアも俺や芝中と同じようにちょっと忘れられているだけなのだと、何も心配することはないのだと。

会長はにこりと笑い

「以前葛木君が尋ねてきた名前だったな?それがどうかしたのか?」

まったく記憶にないことを示してくれた。

「…いえ、なんでもありません。失礼しました。」

会長がなにやら声をかけてきたみたいだったが何も聞かず逃げるように生徒会室を飛び出した。

「勇君!」

泣いてしまいそうな顔を見られるのが嫌で俺は芝中からも逃げだした。


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