第26話 デュエル
大半を叩き伏せるとさすがに狼たちも警戒して膠着状態になった。
「はあ、はあ。大丈夫か、ファリア?」
「はあ、問題ありません。」
疲労も先に受けた傷もあるがまだまだ戦える。
自分のためではなくファリアと会長を守るために戦うことができる。
「お前たち、もういい。」
頭上からの声に顔をあげると
ドゴン
屋上から飛んだライカンスロープが落ちてきて地面に着地した。
大地が揺れ、地面が小さなクレーターみたいにへこんでいた。
「やっと降りてきたか。」
あの高さから降りてきて平然としている化け物を前にしているというのに気負いはない。
自然に剣を構え、ありのままの風景の中にライカンスロープの姿を捉える。
フムとどこか好意的とも取れる声がライカンスロープから漏れた。
「いい目になった。まるで奴と対峙したようだ。」
「…話に聞いたことがあります。かつてユウと刃を交えながらも勝敗がつかなかったと。」
話を聞いて記憶が蘇る。
戦場でまみえる俺とライカンスロープ。
100の攻防をもってしても決着がつかず最後の一撃は…
「奴も俺も所詮戦場ではただの兵士、ただ1人で戦局を動かすことなどできず勝敗を決することもできぬまま撤退することになり、そして2度目はなかった。」
ライカンスロープの澄んだ瞳が真っ直ぐに俺を捉えた。
「今の貴様はあの時の奴とよく似ている。仲間のために強くなれるその心のあり方もまた瓜2つだ。ならばこそ、俺は貴様に決闘を申し込む。あの時つかなかった決着をここでつけようぞ。」
ライカンスロープは戦士の顔をしていた。
ファリアの言葉が去来したが自分の中の戦士としてのプライドが上回った。
ファリアにお伺いを立てたが拗ねた顔をしていたものの何も言わなかった。
「ああ、わかった。だけどこっちは満身創痍、そっちは万全じゃ不公平…」
戦闘とはそんなものだという返答を期待していた俺の前でライカンスロープは爪で自らの太ももに突き刺した。
驚きに目を見張る俺たちと心配そうに鳴く狼たちの前で明らかに深い傷にも眉一つ揺るがせずライカンスロープは前に踏み出した。
「対等とまではいかないがこれでいいだろう。」
足が傷つけば屋上で見せた動きは難しくなるはずなのにそれをあっさりと傷つけた。
それほどまでに望まれては気持ちが高ぶらずにはいられなかった。
自然と笑みが浮かび、足が前に出る。
「お前、いいやつだな。」
ライカンスロープもまたゆっくりと近づいてくる。
「決着の言い訳にされるわけにはいかないのでな。」
およそ3メートルの距離をおいて互いに足を止めた。
振り返るとファリアが祈るように手を前に組みながら頷いてくれたので俄然やる気が出た。
互いに構えを取り、静止する。
ビュオッと風が吹いてコの字型の校舎にぶつかって吹き上がった。
ひらりと舞う木の葉が俺たちの間を落ちていく。
ごくりと喉がなる。
手に握る剣と守るべき者を自覚して…
ハラリと葉が落ちた瞬間、俺とライカンスロープの決闘が幕を開けた。
ギンという音が断続的に戦場に響く。
俺の剣とライカンスロープの爪や牙がしのぎを削っているのだ。
「はああ!」
強く握る度に走る痛みを無視して振るう剣をライカンスロープは手で捌き、足でかわしていく。
とても足に傷を負っているとは思えない速度で動き回るライカンスロープに俺は防戦を強いられていた。
集中により強化した動体視力をもって体を追従させるのではなく体の動きで間に合うように素早く動作を指示する。
「その体でよく捌く!」
「そっちこそその足でなんて動きをしてんだよ!」
振り下ろす腕の動きの違いを見て受けるのではなく身を引いて後ろに飛ぶと前傾姿勢になったライカンスロープが突撃してきた。
回避に回した一歩分の距離、時間にして秒に満たない時間も今では無駄な一時間よりも長く感じる。
俺は右手で剣を振り下ろしつつ左手で鞘を掴み前に突き出した。
牙による攻撃を鞘で封じられたライカンスロープはすぐに退こうとしたが強靭な顎が災いして鞘に食い込んだ歯が抜けるまでに一瞬の隙ができた。
ザシュ
「グアアアア!」
剣がライカンスロープの左目を切り裂いたが追撃に入る前に突撃してきたライカンスロープのタックルの直撃を受けて
「うおおお!」
後ろに弾き飛ばされた。
起き上がろうと地面に置いた手と足が震える。
恐怖ではない。
純粋に体力が限界を迎えようとしているのだ。
(もう少し持ってくれよ?今いいところなんだ。)
体に檄を飛ばすのではなく励ましてもう一度力を込める。
不十分ながら立ち上がるだけの力を捻り出してくれた体に感謝して前を見るとライカンスロープは左目を押さえながら笑っていた。
「力と力、極限まで高められた闘志のぶつかり合い。これこそが決闘だ。」
すでに気持ちが昂りすぎて痛みすら感じないのか、痛みすらも興奮剤として働いているのか。
だがそれは俺も同じだった。
こんな戦いをもっと続けたいなんて思考、正常だとは思えない。
俺は一歩一歩力を入れなければ崩れ落ちそうになるのを押さえて前に向かう。
「さあ、来い!人生で最高の戦いを俺に味あわせてくれ!」
戦闘狂という言葉が頭をよぎった。
狂ってしまうほど戦いに魅入られた男の敵に認められたことを誇りに思い最後の力を振り絞る。
「どう頑張っても次が最後の一撃だ。それを凌がれたら俺の負け、次で決めたら俺の勝ちだ。」
ライカンスロープは地面を強く踏み鳴らして猛る。
「そうか。ならば貴様の全力の攻撃を受けきれるか否か、勝負だ。」
思わず唖然としてしまった。
ここまで気っ風がいいと勝てる勝てないを考えるのが馬鹿らしくなりただ戦うことを楽しみたくなる。
(それがライカンスロープの思い。だけど俺は違うんだよ。)
ライカンスロープにとって戦いは目的なのだ。
だが俺の目的は別にあって戦いは手段でしかない。
俺の目的はリゾルドの復活を阻止して世界を守るためにドラゴンカインドを倒し、ファリアを守ること。
この戦いを終着点にしようとしているやつには負けられない。
「ユウ!負けないで、ください。」
泣きそうなファリアの声を胸に刻み剣を強く握る。
涙を笑顔に変えるために俺は負けるわけには…
「いや、勝たなきゃいけない。」
負けないではなく勝つことを志すことで気持ちを前に押し進める。
(守れなかったもの、守りたいもの。そのすべてを背負って俺は生きる!)
闘志が手を介して剣へと伝わり外界に放たれる光となって立ち上る。
ライカンスロープが喜びを宿した驚きで目映い光を見た。
「これが、光凰裂破。主に傷を負わせた技か!ハハハハ!」
ライカンスロープは笑いながらめり込むほど強く足を地面に打ち付けた。
両手を開き受け止める構えをとって叫ぶ。
「さあ、来るがいい!まさに最高の決闘を飾るに相応しい戦いだ!」
「オォオオオオ!」
身体中にある力のすべてを刀身に注ぎ込むことで光が強く大きく膨れ上がる。
走り寄る力なんてあるわけもなくたった2メートル程度の距離を歩くのさえ困難なほどだ。
「貴様の力を見せてみろ!」
「葛木君!」
「ユウ!」
皆の激励を受けて前に倒れそうになった体を支える足が前に踏み出せた。
「ーーー!」
自分が何を叫んだのかすらもわからず視界すべてが白い光に包まれて
ドガン
と腕を引きちぎりそうな程の衝撃に意識を取り戻した。
光を放つ剣は交差したライカンスロープの腕と拮抗していた。
しかしその腕は沸騰するように不自然に変形し、ライカンスロープの口からは苦悶の声が漏れる。
「こ、れが…さすが、だ!」
(防がれた…やっぱり俺は…)
「ユウー!」
諦めかけた意識がファリアの叫びで蘇った。
(ここで諦めたらファリアを守ることもできず、ドラゴンカインドは完全に復活する。)
「そんなこと、させるかよー!」
ゴウと感情の爆発によって光が溢れた。
「うおおおお!」
「おおおおお!」
叫びも何もかもが光に飲み込まれて世界は白く爆発した。
それはかつての俺の記憶。
色も音もない夜の世界で俺は一心に剣を振るい続ける。
手を止めて振り返ると建物の陰からファリアに似た少女が照れくさそうに出てきてタオルを差し出してくれた。
何を話しているのかは聞こえないがひとつだけわかる感情があった。
それは期待。
かつての俺もライカンスロープとの決着を楽しみにしていた。
「ユウ、目を開けてください!」
「…ファリア?」
悲壮なファリアの呼び声と頬に当たる熱い雫に真っ白だった世界に色と音が返ってきた。
「葛木君、無事か?」
「寝覚めの野郎の声に永眠しそうです。」
まだうまく復帰していない視界で会長が蛇に睨まれた蛙みたいに震えているのだがなぜだろう?
「勝者の、余裕か。」
その声で一気にこれまでの情景が流れ込んできた。
慌てて跳ね起きようとするが体に全く力が入らない。
「限界まで肉体を酷使したんですから無理もありません。」
ファリアに支えられながら座るとすぐ前に腕は毛が一本もないほどの重度の火傷でブスブスと醜く変形させ、肩口にも超高熱の刃物で切ったように火傷と深い裂傷を刻んだライカンスロープが横たわっていた。
弱々しく開いた右の瞳で俺を見たライカンスロープは笑みを浮かべた。
「良い一撃だった。不完全とはいえ、俺の鋼のごとき剛毛を貫くとはな。」
「だけど、決闘にこだわらなければ間違いなく俺に勝ち目はなかった。」
それは紛れもない事実。
最後の攻防など普通に戦えば当たることなんてまずあり得ないのだから。
「戦いとは結果を求めるもの。その勝敗に良し悪しは、ない。だから戦いの余分は、すべて俺の、わがままだ。貴様が気に病むことはない。」
ライカンスロープの体から緑色の光が立ち上ぼり始めた。
「最後に、1つだけ、教えてやろう。この世界は、すでに限界だ。我が主に消滅の魔女、貴様、その剣。本来修正されるべき者たちが干渉を受けないために、歪みを直すための歪みが限界を迎えようとしている。」
「待て!だとしたらお前たちを倒していくと世界を破滅に導くってことか?」
もしそれが本当なのだとすれば俺たちがやって来たことのすべてが無駄になってしまう。
ライカンスロープが咳き込むと口から炎が飛び出しその体が薄らいだ。
終わりの時は近い。
俺はファリアにお願いしてライカンスロープの顔の近くに連れてきてもらい改めてそこに腰を下ろした。
すでに壊れたライカンスロープの右手に俺の右手を重ねた。
「なんだ、それは?」
「お前には手加減されまくって全然勝った気がしてないんだ。だから、次に出会うときは全力で雌雄を決しよう。約束だ。」
ライカンスロープが呆然と俺を眺め、ふいに顔を背けた。
「…望む、ところだ。今回は、1つ貸しだ。」
もうほとんど体は消え去り重ねていた手も消滅した。
最後に残った頭も緑の炎に包まれた。
「次、か。…この世界に神がいるのなら、願わくは次の世では…人として、貴様と…」
悔いを残してライカンスロープはこの世界から完全に消滅した。
(でも、最後にあいつは笑ってたよな。)
修正が始まるのか月が急速に欠けていく。
世界が闇に包まれれば今日あった出来事は修正を受けて仮初めの日常が戻るはずだ。
会長も今夜のことはすべて忘れるだろう。
これで…
ミシリ
まるで倒壊寸前の家屋のように、空が不気味な音を立てた。
ほとんど視界の消えた世界でファリアを見るとあり得ないものを見たような顔で空を見上げていた。
「まさか、破滅が始まったのか!?」
言い知れぬ不安を胸に宿したまま、世界は闇に墜ちた。