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Vanishing Raiders  作者: MCFL
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第25話 戦士たちの円舞

校庭は惨劇の舞台と化していた。

血は地面に染み込み大地を赤く染め上げ、2桁の亡骸がその数を増やして無造作に転がっている。

俺は荒く呼吸をしながら周囲を見回したが追撃がある様子はない。

「ちっ。」

せっかく何かを掴みかけてきたというのにここで打ち止めなんて拍子抜けだ。

校舎は眠ったように静かで化け物が隠れ住んでいるとは到底思えない。

「逆に静かすぎて不気味だから化け物にはおあつらえ向きか。」

その化け物もこんなものか、フッと息を漏らした。

「アオーン!」

一際大きな遠吠えに顔をあげると屋上に霞む月を背負った人ならざる者の影があった。

「見つけたぞ。次の獲物!」

敵を見つけた喜びを隠すこともなく俺は校舎へと駆け出した。


「ローテシア君!」

会長は狼がファリアに向かっていくのを見てただ叫ぶことしかできなかった。

気丈に振る舞っていても夜の校舎も狼も怖く、会長は正直もう歩いているのも限界だった。

そこに突然襲いかかってきた狼、その爪はファリアが助けてくれなければその身を引き裂いていた。

これが決定打となりもはや会長には立ち上がる力もなくなっていた。

この危機的状況だというのにファリアは考え事をしていて狼のことなど見てもいない。

(もうダメだ!)

惨状を前に会長は固く目を閉ざした。

最後の踏み切りを経て狼がファリアに牙を向く。

(すまない、葛木君!)

守ると約束したのに何もできない自分を嘆きながらせめて苦しまないでほしいと願う。

だが、いつまで経っても悲鳴は上がらなかった。

恐る恐る目を開けた先には

「乙女の柔肉を喰らおうとはずいぶんと図々しいですね。」

不機嫌そうな顔で動かなくなった亡骸を見下ろすファリアの姿があった。

普段の柔和な人を癒す笑顔を見せる人間と同一人物だとは一瞬信じられないほどファリアの瞳は冷たかった。

会長は尻餅をついたままわずかに後ずさる。

目の前に立つ人物は狼なんかよりもずっと恐ろしかった。

「雷道会長、やはりあなたを連れてくるべきではありませんでした。だってあなたがいるだけでこんなにも面倒なことになっているんですから。」

ファリアが少しだけ体をずらし、そちらに目を向けた会長は見た。

階段や廊下、教室から出てくる狼を。

たった1体で危ない目にあったのにそれが複数現れたことで会長が震え出した。

ファリアは怯える会長には目もくれず短剣をもてあそぶ。

「あなたがいたことで戦力を分断しなければならなくなりこんな状況を作り出してしまいました。」

「ローテシア君、君はいったい?」

会長にはもう目の前に立っているのが誰なのか不鮮明になっていた。

脅威を前に平然と佇む少女が同じ人間だとすら疑ってしまうほどに。

ファリアは振り向いてにこりと、いつもの笑みを浮かべた。

「私はファリア・ローテシア。ユウの恋人にしてヴァニシングレイダースの1人ですよ。」

ファリアは短剣を逆手に握って会長の前に立った。

「あなたがいなくなるとユウが悲しみますから。絶対に動かないで下さい。」

ファリアが腰を落とした瞬間、狼が一斉に襲いかかってきた。

しかしファリアの顔に翳りはない。

「邪魔をするならこの世から消滅させてあげますよ。」

短剣を握っていない左手が無色に輝き、世界の色を拭い去った。



ファリアたちがいる教室棟とは逆の特別教室棟の屋上に駆け込むと筋骨隆々とした体躯を灰色の毛で包んだ両足でフェンスの上に立つ狼が待っていた。

ライカンスロープ、人狼と呼ばれる化け物だ。

「部下に戦わせて高みの見物とは悪趣味だな。」

目を閉じていたライカンスロープはタンとフェンスを蹴ると静かに屋上の床に降り立った。

「部下ではない。この世界で俺を受け入れてくれた仲間だ。」

その声は悲しみと後悔と怒り、様々な感情が隠っていた。

「だけど、それを差し向けたのはお前だろ?何を探していたのかは知らないが利用するだけ利用して敵に向かわせたんだ。」

「…否定はしない。主のためとはいえこの世界の住人であった彼らをこちらに引き込みその心を利用したことは事実だ。」

ライカンスロープが瞳を開くと瞳の端から涙が溢れて毛皮に吸い込まれた。

静かな闘志が空気を伝わってくる。

「ならば死んでいった仲間のために貴様の命を弔いの花とする。それが主と俺の意志だ。」

格闘術のように両手を開いた形で腰を落としたライカンスロープに対して俺も正眼に構えを取る。

ジリ、ジリと2人の足が地面を擦る音が嵐の前の静けさを思わせる戦場に響く。

「1つ聞く。お前は何のために戦っている?」

「ファリアを守り、ドラゴンカインドを倒して平和を守るためだ。」

ライカンスロープは静かに目を閉じて、カッと開いた。

「守るべきものがある戦士よ。主の大願を成就させるための礎となれ!」

「リゾルドは絶対に復活させない!」

ダンと地面が爆発したような勢いと共にライカンスロープの姿が眼前から消え去った。

「!?」

脳が理解する前に駆け出そうとしていた足が急制動をかけて後ろに飛ぼうとする。

だが一瞬遅く上空から繰り出されたライカンスロープの蹴りが俺の腹に突き刺さった。

「ぐああ!」

そのまま地面を数回転がってフェンスにぶつかる。

「どうした?まさかこの程度だとは言わないだろうな?」

「あ、たりまえ、だ!」

勢い良く立ち上がり剣を振り上げてライカンスロープに向かう。

剣は予想した通りの軌道を通ってライカンスロープに迫ったが

「そんな攻撃に当たるものか。」

予想外に速い回避をされ、振り抜き直後の隙だらけの脇腹に拳を叩き込まれた。

「ぐふっ!」

空気が一気に追い出されて意識が飛びかける。

地面にぶつかる感覚で意識を保ち、剣を支えにして起き上がる。

「げほっ、げほっ!」

咳をすると唾に混じって赤いものが出た。

口の端を拭いながらふらつく足を叩いて活を入れる。

「体が、ついてこない。」

意識では避けているのに体がワンテンポ遅れている感覚があった。

狼との戦いでは気にならない程度だったがライカンスロープが相手では致命的な弱点となっている。

「この程度か。主に手傷を負わせたと聞いていたが何かの間違いだったようだ。」

「くっそー!」

思い通りに動かない体が疎ましい。

迫るライカンスロープに剣を振り上げ

「もういい。沈め。」

振り下ろすこともできずに俺の体はフェンスを越えて中庭へと落ちていった。


ドゴ、バキッと激しい音を立てて木の枝を巻き込みながら土の上に落ちた。

「…っは!」

いくらかクッションがあったとはいえ地上4階からの落下の衝撃は凄まじく呼吸も心音も意識もすべてが不規則になった。

(それでも、生きてるのか。)

指は剣の柄を握って離さない。

視線もボヤけているが敵の姿をずっと捉え続けている。

「なら、やれる。」

俺はまだ戦える。

たとえ腕が折れて足が砕けても立ち上がり頭だけになっても噛みついて倒してみせる。

「ユウ!」

「葛木君!」

窓が開く音がして2人が駆け寄ってきた。

多くの狼が中庭に集まってくる。

「…面倒くせえ。」

俺は剣を杖がわりに立ち上がり頭上を見上げた。

なんの感慨も映さない冷めた目に堪忍袋の尾が切れた。

「降りてきやがれ、ライカンスロープ!俺と勝負しろ!」

叫ぶだけで肺が悲鳴をあげるがやめるわけにはいかないしやめようとも思わない。

「ユウ、無理しないで下さい。」

ファリアがふらつく体を支えてくれるがそれすらも疎ましい。

「俺に構わずファリアは狼の相手をしててくれ!俺はライカンスロープを…」

パンッ

俺の言葉は頬に走った痛みと音に掻き消された。

何が起こったのか理解できず頭に空白ができる。

ファリアは正面に立って俺の目を睨み付けてきた。

「何を粋がっているんですか?その剣を手に入れただけで強くなったつもりですか?」

冷や水を頭からかけられた気分だった。

どんなに意識がすべての動きを捉えていても体は大したトレーニングを積んでいるわけでもないただの高校生なのだ。

なら追従しない体に憤るのは筋違い、体の動きにあった戦いをすればいいだけだったのだ。

そんな簡単なことに気づかなかった。

ファリアは俺の顔を両手で包んで言い聞かせるように優しい笑みを浮かべる。

「その手に握っているのはどんなに強力でもただの武器です。ユウが武器に振り回される必要はありません。そして何より、1人で戦う必要なんてないんです。私も一緒に戦います。1人でダメでも2人でなら、ですよ。」

何もかもが完敗だった。

話してもいない感情を見抜かれ、叱られて慰められて、最後には笑ってくれる。

「ファリア…。」

「無茶をしないで下さい。私はユウが一番大切なんです。わかっていますか?」

やっぱりファリアは俺の味方なのだと気持ちが安らぐ。

互いに抱き締め合うと満たされた気持ちになった。

「…同一人物とは思えん。」

会長が何か言っていた気がしたがファリアを感じるのに夢中で聞いていなかった。

名残惜しいが今はやることがある。

俺はファリアから離れて構えを取った。

(ファリアがいてくれるなら俺はもう迷わない。俺は俺のままファリアを守れるくらい強くなる。)

想いは内に秘めて闘志を燃やす。

「ライカンスロープ!降りてこないって言うならとりあえずお前の仲間たちにお相手願おうか?」

会長を間に挟む形で俺とファリアはそれぞれに武器を構える。

背中を預けられる安心感があり、前だけを見ていられるから負ける気がしない。

「会長は動かないで、危なくなったら叫んでください。」

「ああ、わかった。」

誰かを守りながらの戦いはかなり厳しいものがあるが大丈夫だ。

「気負ってませんか?」

「平気だ。俺は守るべきものがある方が燃えるからな。」

ファリアは小さく笑い

「では、行きましょう、ユウ。」

「ああ、反撃開始だ!」

狼の群れが一斉に動き出した。


それは舞踏のように優雅に気高く麗美だった。

さっきまで見えなかった勇の剣が会長にも見えた。

その姿は騎士。

襲い来る敵の群れを殺さずに打ち倒していく。

荒々しくも太刀筋は澄んでいて勇の握る剣の刀身のように曇りのない鏡を思わせた。

反対側ではまるで月夜を舞う妖精のようにスカートをふわりと翻してダンスのような動きで狼を翻弄するファリアの姿があった。

こちらも短剣を振るうだけで狼の群れを消滅させた謎の力は使っていない。

会長は自身が危険な身であることも忘れてその光景にただただ魅入っていた。

「これが彼らの戦い。これが、ヴァニシングレイダース。」

2度目であり初めての戦闘を目の当たりにした会長はもはや恐怖を感じることはなかった。


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