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Vanishing Raiders  作者: MCFL
24/43

第24話 獣の咆哮

準備をして学校に戻ると校門の前で会長が待っていた。

「葛木君、ローテシア君。」

「お疲れ様です。」

軽く挨拶を交わして本題に入ると会長は鍵をぶら下げて見せた。

さすが会長だ。

鍵を受け取ろうとした俺の手が空を切る。

なんだか嫌な予感がして顔をあげると笑みを浮かべた会長が見えて予感が確信に変わる。

「会長、まさか…」

「君たちばかりに苦労をかけさせるわけにもいかないのでな。私も微力ながら手伝わせてもらいたい。」

少年みたいに瞳を輝かせた会長を止める術は俺にはない。

助けを求めてさっきから静かなファリアに目を向けるとなにやら難しい顔をしていた。

「ファリア?」

「は、はい。何ですか?」

「会長が一緒に来たいって、どうする?」

「その言い方だとローテシア君の方に決定権があるように聞こえるな。」

相変わらず鋭い会長の指摘に動揺しつつそれを隠す。

あくまでファリアは俺の彼女で心配だからついてきていることになっているのだから。

「もしもの時に会長に気を取られて危ない目に会うかもしれないけどどうするって意味ですよ。はは。」

会長は納得したように頷く。

「なるほど。だが自分の身は自分で守るから安心したまえ。しかしローテシア君はいい男を捕まえたものだな。」

「はい。本当に。」

ファリアの曇りのない笑顔によるのろけに会長は苦笑してごちそうさまと言った。

大人な反応の2人を前に俺は恥ずかしさに赤くなる自分を子供だと感じたのだった。


会長の同伴が決定したところで俺を先頭に校庭の隅にある倉庫に向かった。

「件の倉庫は古くなった資材や備品を保管しているところで頻繁に人が出入りするような場所ではない。かといって価値があるほど重要なものが保存されているとも思えないがね。」

つまりそれ以外の理由で中を荒らしたということになる。

(でもいったい何を探していた?化け物専用の万能薬?美味しい食事?まさかリゾルドの一部とかじゃないだろうな?)

周囲を警戒しながら後ろに目を向けるがファリアは大人しくついてくるだけで何も答えてくれない。

あくまでついてきただけの女の子を演じている。

ファリアが口を開かなければ化け物たちの情報も戦略も何も決まらない。

(俺は本当に何も知らないんだな。)

かつての俺なら知っていたのだろうか、そう考えると自分の無力さが際立って悔しかった。

「葛木君、着いたぞ。」

会長の声に意識を戻すと普段あまり近づくことのない倉庫が目の前にあった。

コンクリート打ちっぱなしの倉庫は見た限り朽ちた様子は見られない。

「さあ、開けようか。」

会長から真新しい鍵を受け取って鍵穴に差し込む。

カチリと音がしてノブを回すとゆっくりと扉が開いた。


瞬間、視界が歪んだ。


目は確かにボロボロになった倉庫を映しているのにその映像に被さるようにしてこの世のものとは思えない化け物と人間の戦争があった。

鎧で武装した人間に対して多種多様な姿をした化け物の群れが激突し、人の悲鳴と化け物の嘆きが響く。

化け物は死してなお立ち上がり、人間たちも命を燃やして立ち向かっていく。

恐らくはこれがやつらとの戦場、地獄と呼ばれる世界だと理解した。


「ユウ、大丈夫ですか!?」

「!…ファリア?」

呼ばれた声に自分が呆然としていたことに気づいた。

会長はすでに中を物色していた。

ファリアは俺を支えるように顔を近づけてきた、その真剣な様子にさっきのことが夢ではないことを告げている。

「ライカンスロープであることは間違いないようですね。」

「あ、ああ。」

その事実よりも目の前にファリアの顔があることにドキドキしてしまいうまく考えられない。

「しかしここにはもう何も…聞いてますか、ユウ?」

「いはい。」

聞いてないのがバレてつねられた。

室内を見ても荒らされた形跡だけで何かがあるような感覚はない。さっきのは残されていた気配を感じたのだろう。

「特にめぼしいものは見つからないな。葛木君、どうする?」

一通り確認して何もなかったみたいだが、十分な収穫があった。

「会長はここにいてください。…わざわざ出迎えてくれるみたいですから。」

振り返った先、夜の校庭には足並みを揃えてにじり寄る狼の群がゆっくりと俺たちに向かって進軍してきていた。


倉庫を取り囲むように近づいてくる狼は20匹程度でライカンスロープの姿はない。

俺は鞘から剣を抜き放ち狼の前に立ち塞がる。

「何をやっているんだ!丸腰で狼の大群を相手にするなんて自殺行為だぞ!」

分かってはいたことだが鞘から出してもこの剣は会長には見えていない。

その事実はこれ以上会長をこんな戦いに巻き込んではいけないという思いを強くさせた。

「ここは俺が時間を稼ぎますから会長はファリアを連れて校舎へ逃げてください。ここよりは安全です!」

本来の意図を覆い隠した偽りの言葉で会長をその気にさせる。

ただ逃げてくださいというだけだと留まろうとするだろうがファリアを逃がす口実があればここから離れてくれる。

「わかった。だが無理はしないでくれ。」

俺がファリアに目配せをするとしっかりと頷いてくれた。

走り去る足音を背中で聞きながら追いかけようと駆け出した狼の1匹を剣の腹で叩いて弾き飛ばした。

グルルと敵意を剥き出しに唸る狼を前に俺は剣を構えた。

「化け物の仲間なのかただの狼なのかは知らないが、ただの犬っころで俺を倒せると思うなよ!」


ファリアは会長に連れられる形で校内へと駆け込んだ。

(やはり中にいるようですね。)

漂う気配を感じてファリアがわずかに身を固くする。

「心配はいらない。葛木君はこれまでにも化け物と戦ってきているのだからうまくやってくれるはずだ。」

会長はそれを怯えていると勘違いして励ましの言葉をかけてきたのではいと頷いて答えた。

(しかし、どうしたものでしょう?)

ライカンスロープを探すにしても狼を迎撃するにしても会長がいると「ただのファリア・ローテシア」を演じなければならないため動きづらい。

いくつか単独で動くための策は思いつくが守るよう頼まれた会長はそう簡単には離れてくれないだろう。

「玄関にいては狼が寄ってくるかもしれない。どこかに身を隠していよう。」

「そうですね。」

ファリアは隠した短剣の感触を確かめながら会長の後に続く。

普段なら敵の気配で危機を察知するのだが会長は必要以上に緊張していて動きもぎこちない。

隙だらけで横合いから狼が飛び出してきたのなら避けることもできずに絶命してしまうほどだ。

初めてゴブリンと戦闘したときの勇と比べても何もかもがなっていない。

(でも、これが普通なんですよね。)

普通に生きている人のほとんどが命に関わるような戦いを経験することなく一生を終えていく。

化け物など想像上の存在だと信じ、科学の恩恵を受けて生きていく。

(それでいいんです。雷道会長はこんなところにいてはいけませんよ。)

こんなところにいていいのはファリアや勇のような外れた者と化け物だけ。

誰のためにも会長には退場願おうと少々手荒なことも辞さない思いでファリアはこっそりと背後に近づいた。


ヒュンと風を切る音と同時に呻き声を漏らして狼が力なく倒れた。

血飛沫が俺と校庭を赤く染めていく。

すでに半分以上倒したのに撤退する様子はなく狂気に染まった瞳がギラギラと光を放っている。

「なんて種類なのかは知らないけど狼だって絶滅危惧種じゃないのか?」

操っているライカンスロープにはそんなことは関係ないだろうし俺にとっても立ち向かってくる以上倒すことに躊躇いはない。

結局割りを食うのは狼と動物愛護団体だ。

数は減っても狼は周囲を取り囲んで攻撃の機会を窺う戦法に違いはない。

俺は片手で剣を構えて広範囲に対応できるよう広いスタンスを取った。

(この緊張感、血の臭いと温かさ。やっぱり覚えている。)

記憶ではなく体に染み付いた知識がこの状況を知っていた。

そのおかげで過度の緊張で動きが鈍ることはないし逆に痛みを知っているから慢心もしない。

全身をすべて使って敵の動きを見極めて行動する。

頭で考えるより早く体が動き背後からの爪をかわしてその無防備な胴体を下から両断した。

血の雨が降る光景はかつての戦場を思い出させる。

もはや俺は俺ではない記憶を恐れなくなってきている。

いや、俺ではないという認識が取り払われたと言うべきか。

流れ込んでくる断片的な記憶を戦いの糧とする。

複数の狼の攻撃が手に取るようにわかり、スローモーションの世界を動くことができる感覚に気分が高揚していく。

縦一文字に切り裂いた狼の向こうにもまだ獲物がいる。

狩れることの喜びに笑みが溢れる。

「いいぜ。もっと来いよ!」

ようやく怯えを見せ始めた狼たちだがもう遅い。

「俺の狩りに最後まで付き合ってもらうぞ。」


会長に手をかけようとした瞬間に飛び出してきた狼が会長を狙っているのを見てファリアは咄嗟に目の前の襟首を掴んで引き寄せた。

会長の目の前すれすれを爪が通り抜けていった。

「た、助かったよ、ローテシア君。」

「ご無事で何よりです。」

(タイミングの悪い。)

内心悪態をつきながら表に出さない腹黒ファリアさんは優先順位を狼に変更する。

狼くらい敵ではないのだが会長を守りながらとなると難易度がはね上がる。

(ユウはあまり正体を明かしたくないようですし、逃げますか。)

ファリアからすればバレたところで理解できないだろうし知ったところで世界の修正によって消滅してしまうのだから問題ないと思っているのだが勇は違っているらしい。

ファリアにとっては普通ではないことが普通なのだから。

(私は冷たい女ですね。)

人の優しさを教えてくれたのはユウで、人を愛することを教えてくれたのもユウだからファリアにとって特別なのはユウだけなのだ。

だからそれ以外のすべてに対してファリアは時に冷徹なまでに無関心になる。

たとえ誰かの命がかかっていてもユウが些細なことで困っているのを助けることを優先させる。

それがファリア・ローテシアの本質であった。

(どうしましょう?)

敵を前にして呆然と立ち尽くすファリアに向けて狼が迫り、誰かの叫びが校内に木霊した。

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