第23話 両手に花と剣を
夢はいつだって突然だ。
ドラゴンに喰われかけた恐怖で目が覚めることもあればファリアとラブラブであなたなんて呼ばれたりしてものすごく幸せな光景が消えてしまうこともある。
俺はリゾルドを打ち倒して世界の平和を取り戻した夢を見た。
見つめ合う俺とファリア。
2人の間にはもはや障害はなく徐々に近づいていき、その距離がゼロになった。
「…ところで目が覚めるんだよな。」
夢オチならそれはそれでありがたいがリゾルドの脅威は本物だ。
夢に見た幸せな結末のためにはドラゴンカインドを倒さなければならず、俺にはそのための力が授けられた。
光凰裂破と剣、この2つと俺の意志で必ず世界を救ってみせる。
意気込んで寝返りを打った俺の目の前に
「すう、すう。」
ものすごく可愛らしいファリアの寝顔があった。
(落ち着け、落ち着くんだ俺。昨晩はお楽しみだったみたいですな…ってそんな記憶が欠片もないんだが、おのれヴァニッシュか?俺の幸せを返せ!)
冷静になれるわけもないこの状況に大混乱。
「んん。」
「!?」
身動ぎしたファリアは布団を抱き込もうとしたようだったがそのまま俺を抱き締めてきた。
幸か不幸か制服にエプロン姿だったがムニムニと触れる温かくて柔らかい感触は朝からは少々刺激が強い。
もぞもぞ動かれる度にいろいろと追い詰められていくが抜け出すのも勿体無くてできない浅ましい俺はファリアが覚醒するまで天国と地獄を同時に味わったのだった。
久々に通学路を2人で並んで歩く。
周囲からの視線も本物の殺気を肌で感じた後だからか気にならなくなっていた。
尤も今日は人に避けられている。
それは頬に赤い紅葉が咲いているからだろう。
「うう、すみませんでした。」
隣を歩くファリアもすっかり恐縮してしまっていて目立っているが注目されない状態だった。
「気持ち良さそうに眠るユウを見ていたら布団に潜り込んで眠ってしまうなんて。」
それで目覚めたファリアは早とちりして平手打ち、さらに作り途中だった朝食のおかずを全滅させる失態まで演じてしまったためただいま人生最大級に落ち込んでいるらしい。
そんなわけで俺が何を言っても
「うー。私が悪いんですよ。」
と拗ねるか
「うー。気を使われてしまいました。」
といじけるかしかなくとても気まずい。
かと言って距離をとろうとすれば
「うー。ユウが私を見捨てようとしてます。」
と涙目になるのだから八方塞がりだった。
横目で見ればファリアはどんより雲を背負い込んで落ち込んでいた。
そんな顔は見たくない。
俺は周囲に人影がないことを入念に確認して近くの路地にファリアを引き込み
「ユウ…ん。」
勢い任せでキスをした。
驚き見開いていたファリアの目がとろんとした所で離れてファリアの顔を両手で包む。
視線が絡み合い回りが意識に入らなくなった。
「誰だって失敗することはある。だから反省は必要だけど後悔したら駄目だ。次に失敗しないようにすればいいんだからさ。」
「ユウ。…はい、わかりました。」
涙を浮かべたファリアがしっかりと頷いたのを見て手を離し、右手をそのままファリアに差し出した。
「ユウがとっても紳士です。」
ファリアがまるでダンスを受けるようにスカートを摘まんでお辞儀をしてから俺の手を取った。
ちゃっかり恋人繋ぎをしてくるあたり抜け目ない。
いつも以上に殺伐とした通学路、それでも幸せな俺たちは周りなんて全く気にしないで楽しく学校へと向かったのだった。
下駄箱で靴を履き替えた後もギリギリまで一緒にいると言うファリアを連れ立って教室に入ると
ギヌロンッ
親の仇に出会ってもしないだろう怒りに満ちた視線が男女問わず向かってきた。
普段はこういった気配にはまったく無頓着なファリアすら警戒するほどの悪意、それがなぜ俺たちに向けられているのか?
(まさか俺たちが外れた存在なことに関係があるのか?)
それが事実なら学校はすでにドラゴンカインドたちの手で何らかの細工をされたことになる。
俺たちが警戒を強め、この世界の存在には見えない剣の柄に手を添えた。
「何をやっているの?そんなところに立っていたら通行の妨げになるわよ、葛木君。」
悪意に染まった世界でただ1つのからかうような声に俺とファリアは驚きの声をあげそうになった。
「おはよう、葛木君。ローテシア先輩も。」
そこには芝中がいつものように席についてフッと笑みを浮かべていた。
「お、おはよう、芝中。」
「…。」
ファリアは本気で警戒心を露にしていることが何も言わなくても気配が雄弁に思いを伝えている。
こんなところで何をやっているのかこいつは、と。
今にも噛みつきそうなファリアを宥めつつ俺の教室から屋上に移動する。
屋上の重たいドアを閉めた瞬間
「どういう精神構造をしていれば私たちの前に堂々と姿を現せるのでしょうか?理解に苦しみます。」
いきなり毒舌ファリアさんが降臨された。棘と黒いオーラしか見えない。
しかし、芝中は笑みを崩さず俺たちを見ていた。
「あまり難しく考えるからややこしくなるのよ。私は女で勇君は男。なら側にいたいじゃない。」
それを聞いた瞬間、万力染みた握力でファリアに腕を掴まれた。
「いたいいたい!」
「ムッ!ユウまであれの肩を持つんですか?」
「ちーがーうー!」
すっかり取り乱したファリアを落ち着かせた俺はぼろぞうきんみたいに地べたに倒れ伏した。
少し冷静になったファリアが敵意は隠さずに芝中に問う。
「何を企んでいるんですか?」
敵対心むき出しのファリアにも芝中は動じず黒髪を吹く風に任せて笑っている。
「上には好きにしろって放り出されたから私の望みを叶えるために、私自身のために動くことにしたのよ。」
「望み?」
リゾルドの配下にとって主の復活こそが唯一にして絶対の望みのはずだった。
芝中は自分に対して苦笑を漏らし、頬にかかる髪を指で掬いながらファリアの足元に目を向けた。
お世辞にもかっこいいとは言えない俺のへばった姿を見てしっかりと顔をあげた。
「勇君を私のものにすること。簡単に言えば寝取りね。」
芝中の宣戦布告にファリアの眉間がピクリと反応した。
「…そうですか。諦める気はないと。」
「ええ。諦めが悪いのは知っているでしょう?」
2人の女が火花を散らす。
芝中の額にうかんだ汗が頬を伝っていった。
ファリアはぼろぞうきんの首筋を掴んで出口へと向かう。途中振り返った瞳は
「絶対に、勇は渡しませんよ。」
本気の色をしていた。
ファリアたちが出て行くと同時に余鈴がなった。
「望むところよ。」
芝中も一歩も引かない決意を呟き屋上を後にした。
昼休み、芝中に強引に連れられて食堂に向かい、その途中でファリアがやってきて言葉による喧嘩が始まってしまい動くに動けなくなった俺は針の筵だった。
あのローテシア先輩と同級生の両手に花なんて許せない、仲裁に入ってやられてしまえ、色魔葛木の本領発揮だ、などなど友好的とは言い難い視線と言葉を前に恐縮して小さくなる他ない。
『2年3組、葛木勇さん。大至急生徒会室に来てください。』
だからその校内放送は救いの鐘の音、天恵とさえ思えた。
「じゃあ、俺急ぐから。2人ともあんまり喧嘩するなよー。」
俺は手を挙げつつ早口で捲し立てると返事も聞かぬうちに戦場から逃走する。
後ろから何か声が聞こえた気がしたがもはや全速力で走り始めていた俺の耳には届かなかった。
「失礼します。」
「よくきてくれた。まあ、かけたまえ。」
予想通り生徒会には会長が待っていた。
勧められた向かいの席について手渡された資料を見る。
「夏休みの過ごし方、ですか?」
わら半紙数枚の書類には一般的な休み期間の注意事項が並んでいる。
なぜか高校生として節度ある生活をするようにという部分が強調されているがまさかこれが用件ではないだろう。
「夏休みの過ごし方は仮の姿。実は少々厄介なことが起こっているのだ。」
やや遠回しな言い回しにエルフの事件を思い起こした。
会長が指を鳴らすとカーテンがザーッと閉じホワイトボードにプロジェクターで写真が映し出された。
…こんな演出を手伝う国枝はいいやつである。
写真には無惨に荒らされた看板や布切れが散乱していた。
「これは学校の資材倉庫なのだが見ての通り何者かによって荒らされていた。最近あまり使われていなかった倉庫だったので犯行がいつ行われたのかわかっていない。」
「あの。そういうのは警察に…」
「無論、君が休んでいる間に発見されたので学校側から通報して現場検証も行われた。」
会長は首を横に振った。
昨日一昨日はそういう事件の話は聞かなかったのでみんなの中ではもう終わった事件なのだろう。
だが会長はその事件について俺を呼んだ。
つまり不可解な何かがあったということだ。
「それで、犯人は見つかったんですか?」
「犯人は見つかってはいないが分かっている。目撃者がいたのだ。」
ますますおかしな話だ。
犯人までわかっているのに捕まっていない。
もう一度写真を見て気づいた。
画面に映る布切れはまるで噛み千切ったようにボロボロだった。
人が刃物を使ったならそんな切れ方はしない。
よく見れば他の物も人がどうにかしたにしては不自然な壊れ方をしていた。
それを裏付ける形で次の写真は獣のシルエットが写っていた。
「犯人は狼だ。目撃者も狼らしき遠吠えを聞いている。」
「それなら警察なり保健所が対応するのが普通なんじゃないですか?」
一応正論を返すが俺の意識はすでに事件に向けられていた。
今はほとんどヴァニッシュと関わることができなくなった先輩だがその観察眼と未知の存在が実在するという広い視野から導かれる予想は限りなく真実に近い。
「では聞くが、狼に鍵を器用に壊して扉を開け、まるで何かを探すように隅々まで探し回るほどの知能があると思うかね?」
普通なら誰かの悪質ないたずらで終わらせてしまう事件を精査し犯人に至ろうとしている。
しかし、この事件の犯人がドラゴンカインドの配下であるなら、そいつを倒したら事件自体が消滅してしまう。
使命に静かに燃える会長の意志そのものが消されてしまう。
それは会長の努力が無駄になることと同じ、だから会長に尋ねてみることにした。
「もし犯人が会長の考えている通りだとして、なんで会長はそこまでして犯人を追うんですか?警察が放り出した事件を追う理由は何ですか?」
俺と、国枝もふむと静かに目を閉じた会長に注目する。
これまで会長は様々な形で学校のために働いてきた。
その会長がヴァニシングレイダースなんてわけのわからない組織を旗揚げした時は耳を疑ったものだ。
「私はこの南前高校の生徒の代表なのだよ。学生が可能な限り安全で快適な学園生活を送れるよう努めてきたつもりだ。だから化け物騒ぎや今回のような事件を見逃す訳にはいかない。生徒会選挙の時にも言っただろう。…」
「学生の平和を守るために私は戦い抜くことを誓う。」
その言葉は会長ではなく俺の後ろにいた国枝から発せられた。
会長の言葉に感動したのだろう、目に涙を浮かべながらそれを必死に我慢している。
会長は優しく笑みを浮かべて立ち上がり国枝にハンカチを差し出した。
国枝はハンカチをキュッと両手で包んでから涙を拭った。
「不確実な情報だが目撃者は2足歩行で巨躯の狼を見たとも言っていた。…やってくれるかね?」
ここまでかっこいいところを見せられたら引けるわけがない。
「そうじゃないでしょ、会長。総司令、任務を!」
俺はわざとらしく敬礼する。
会長はバッと腕を前に振って力強く宣言した。
「行け、ヴァニシングレイダース!学校に蔓延る化け物を退治するのだ!」
「はい!」
放課後、迎えに来たファリアと芝中の間でまた一悶着あったが結局一緒に帰る形で同意を得たためまさに両手に花の状態で帰り道を歩いている。
(どう考えても美女2人を侍らせてる嫌な男だよな。)
ファリアは言うに及ばず芝中も結構人気がある。
だからもう最近男友達が指数関数的に減少していて辛うじて一馬と会長が残っているだけ、あとはみんな俺を敵だと言い出す始末だ。
今は周囲に人影がないことから会長の指令について話していた。
「あ、そういえば芝中に聞かれたらまずかったか?」
「ユウ、そういうことは初めに気付いてください。」
ファリアは諦めたようにため息をついた。
芝中は特に変わった様子はない。
「ライカンスロープ、人狼ね。」
それどころかあっさり犯人の正体を教えてくれた。
ファリアの方を見るとますます疲れたようにため息をついていた。
「確かに話を聞く限りライカンスロープでしょう。あれは手下の狼を自由に操ることができると聞いています。」
「だけど倉庫なんて荒らして何をしてたんだろうな?」
会話をしているうちに芝中との分かれ道に差し掛かった。
「私こっちだから。それじゃあね、勇君。」
俺にだけ挨拶して芝中は意外とあっさり帰っていってしまった。
目的とか口を滑らすとまずい情報があったのかもしれない。
(信じたいんだけどな。)
芝中はわざと意味深な事を言って遊んでいるような気がする。
単にファリアをからかっているだけかもしれないが。
「時期的に考えるとドラゴンカインドの傷を治すための何かを探していたのかもしれません。」
だとするとそのあと出没しないのは目的のものが手に入ったからか。
もう現れないならそれでもいい気もするが会長の決意を無駄にしないためにもライカンスロープは倒しておきたい。
俺はファリアに握られた右手、ではなく左手でポケットから携帯を取り出して電話をする。
『もしもし、葛木君か?』
電話の相手は会長。
「今夜、現場に行こうと思います。なんとかなりますか?」
待っていて出てくるかわからないならこちらから追いかけるまで。
電話の向こうで会長が笑った。
『なんとかするのが私の役目だよ。』