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Vanishing Raiders  作者: MCFL
16/43

第16話 絶望の黒

帰宅直後自室に軟禁されて超絶スパルタ指導の下、平時の数倍の速度で勉強させられた俺は本気でオーバーヒートするかと思う体験をした。

「ヴァニシングレイダース、ミッションスタートです。」

それもすべてファリアの願いのため。

(俺も割といい男だよな。)

女のために尽くすことができる自分をちょっと自画自賛してみる。

「どうかしましたか?」

「いや。ファリアは俺が守るから。」

普通でなくなるときに願ったファリアと一緒にいたいという思い。

それを実現させるためには化け物を倒してファリアの目的を遂げさせてあげなければならない。

だから俺は戦い、ファリアを守る。

佐川との会話で思い出した俺の根幹は俺の中でしっかりと根を張った。

「…今日のユウは、なんだか凛々しいです。」

ファリアはぼーっと俺の顔を見ていたみたいだったが視線に気付いて顔を向けると思い切り逸らされた。

「は、早く行きましょう。すぐに終われば勉強する時間があるかもしれませんよ。」

途端にやる気が無くなったが俺に頑張る以外の選択肢はない。

腰に携えた剣の柄に手を添えて気持ちを奮い立たせた。

「今日の俺は本気だぜ。なんでも来いってんだ!」

「その意気です、ユウ。」

ファリアの声援を受けた俺は意気揚々と学校に向かうのだった。



「なっ…」

「あら…」

俺たちは学校に入ってすぐに広がっていた光景に足を止めた。

静かな羽根音を響かせて目の前を手のひらサイズの女の子が横切っていく。

水着やドレスのように大きく開いた白い背中には昆虫のような薄く虹色に輝く4枚の羽根が生えていた。

それが右にも左にも前にも上にも、恐らくは学校中に無数飛び交っていた。

「なんなんだー?」

俺の叫びに近くにいたそれらは驚いて飛び去っていった。

「悪戯者の妖精です。ピクシーというそうです。」

名前はどうでもよいのだ。そんなことよりももっと重要なことがある。

「もしかしてあれを全部退治しないといけないのか?」

視線を巡らすとピクシーは物陰に隠れてしまうがパッと見100に届く数がいる。

視界の中でそれなのだから校内全体では数千かもしかしたら万でいるかもしれない。

1体は払えば消えそうだがそれを膨大な数繰り返すのは無謀というか無理。

蝿叩き持って戦うのと変わらないその間抜けな姿にやる気がどんどん失せていく。

「さあ、どうなんでしょうか?」

ファリアも頬を手を当てて悩む素振りを見せ、本当に知らないらしい。

「とりあえず校内を探索して解決策を練りましょう。」

結局力業で終わらせる予感を漂わせながらヴァニシングレイダースの活動開始となった。

飛んでいたピクシーは俺たちに気づくと蜂の子を散らすように飛んでいってしまう。

「でもなんか視線を感じるんだよな。」

窓の外には1体もいないのだから前から後ろから見られているのだろう。

「それはですね。ピクシーは悪戯好きですか…」

ファリアが物知顔で講釈するのに目を向けた俺は気づいて、間に合わなかった。

足元を這うように飛んできたピクシーがファリアのスカートを舞い上がらせて飛んでいった。

俺の目の前には何が起こったのか理解できずキョトンとするファリアと逆風で舞い上がったスカートと大人っぽいデザインの下着があった。

ピクシー、グッジョブ。

後方に親指を立てると同じ仕草を返してくれた気がした。

「…ユウ。」

「ハイ、ナンデショウ。」

地獄の底から出たような声に自分がちっぽけで矮小な生物のように感じた。

弱者は強者に逆らえないのだ。

ファリアはニコリと、世界が凍りつくほどの冷たい笑顔で言った。

「私、ピクシーの血の雨を見たくなってしまいました。」

キャー、俺とピクシーは揃って声にならない悲鳴をあげる。

ファリアはなんだかもう完全にキレていらっしゃる。

「は、早まるな!確かに学校の制服にあの下着はちょっと過激だと思うけど似合…ぶっ!」

メキッと顔面をグーで殴られた。

「ユウ、スケベさんも度が過ぎると犯罪なんですよ?」

いつもなら恥じらってくれそうなところだが今は駄目っぽい。

然らば

「ここは二手に分かれよう。俺は特別教室棟に行ってみるから。ファリアも気を付けてな!」

三十六計逃げるに如かず、周囲にいたピクシーも巻き込んでそうそうにファリアから逃げ出した。

「ユウー、待ちなさーい!」

ファリアを守ると決めたけどファリアから自分を守れない時はどうすればいいのか真剣に悩む俺だった。


いつから学校はお化け屋敷になったのだろう。

理科室では白骨標本と人体模型がダンスを踊っており、家庭科室では食材や食器、ナイフにフォークがポルターガイストのように飛び交っていた。

音楽室では独りでにピアノが物凄い演奏を披露してくれたし美術室では絵画でドミノが行われていた。

しかしこれらすべてが未知ではなくピクシーによる悪戯だとわかっているので全然怖くはない。

それどころか

「いたた、耳を引っ張るな。」

俺はなぜかピクシーに好かれているようで何体ものピクシーがまとわりついてきた。

動く人形みたいでそういう趣味のない俺でも純粋に可愛いと思ってしまう。

手を差し出すと1体のピクシーが手のひらに乗ってきた。

まるで警戒する様子はない。

俺が手を握れば潰れてしまうかも知れないのにピクシーは無垢な瞳で俺を見つめていた。

俺はもう一方の手でピクシーの頭を撫でながらため息を漏らした。

「全部退治するのは無理とか言ったけどそもそもこれを倒すのだって無理。基本的に俺は女の子に剣は向けられないから。」

独り言のつもりだったがピクシーは言語を理解しているらしく瞳を輝かせて抱きついてきた。

周りからもわらわらと出てきてあっという間に埋め尽くされてしまった。

「わー、やめろー!」

これが攻撃なら振り払えるのだがピクシーに悪意はないのでどうにもならない。

「本当にたくさんの女の子を侍らせて、楽しそうですね、ユゥウ?」

世界が色を失った。

ピクシーたちの震えが俺に伝わり俺の体も震え出す。

俺たちの眼前にはボロボロに汚れたファリアがもはや笑顔も繕えないらしい怖い顔で立っていた。

ズン、ファリアが一歩踏み出すだけで地面が揺れた気がした。

「ユウの変態的な性質は理解しているつもりでしたがよもや人外にまで色香を振り撒いているとは思いませんでした。」

悲しそうな声色なのに目が怒りで灼熱の業火に燃えている。

俺が指を動かすとその意を汲んでくれたピクシーが逃げ出した。

それに続くように皆飛び去っていく。

「待ちなさい!」

ファリアは怒りの形相でピクシーたちを追いかけて…なぜか俺の横でピタリと足を止めた。

「…何をしているんですか?追いかけますよ。」

「はい。(ごめんよ、ピクシーたち。)」

心の中で謝りつつ追跡を開始する。

隣を走るファリアを観察すると転んだのか服のあちこちは煤けていて上履きは片方しか履いておらず綺麗な髪もボサボサだった。

(きっと悪戯されたんだろうな。)

今それを切り出すと被害に会わなかった俺に怒りの矛先が向きそうなので黙っている。

余計なことは言わない、それが人生を安全に生き抜くための術なのだ。

「どこに行きましたか?」

「逃げ足速いな。」

結局ピクシーは見逃してしまいホッとしたのもつかの間怒りの矛先がやっぱりこっちに向いてお説教を受ける羽目になってしまった。


学校を一通り回ってみたが結局ピクシーを統べる存在のようなものは見つからなかった。

「もしかして本当に1体ずつ倒していくしかないのか?やだな。」

ピクシーと戦うのは嫌だがピクシーからは殺意を感じなかった。

それが余計に俺のやる気を削いでいく。

ファリアは俺の話を聞いているのか、怒りは収まったようだが今度は考え込むように難しい顔をしていた。

「…そういうことですか。」

いや、それは悔しそうというべきかもしれない。

「今日は私たちの敗北です。もはやピクシーを倒したところで意味はありません。」

ファリアは唐突に告げた。

俺には展開が早すぎて訳が分からない。

確かに1体1体倒さなければならないならものすごく大変だろうが決して不可能なわけではないし、

一度に大量のピクシーを、言い方は悪いが殲滅する方法だって考えれば見つかるかもしれない。

なのに簡単に諦めてしまう理由が俺にはわからなかった。

「何でだよ?夜の学校に蔓延る化け物を退治するのがヴァニシングレイダースの役目だろ?ピクシーをこのままにしておいていいって言うのか?」

「はい。ユウも感じたはずです。ピクシーは中性的な存在、あちら側に属していながらユウとも友好的な態度を取っていました。ピクシーは放っておいても害になることはないでしょう。」

ファリアは話の主幹となる事柄を隠しながら話しているせいでひどく遠回りだ。

できればファリアを信じたいが何も知らされずに戦うのはいい加減疲れてきた。

「そういうことかって、ファリア、何に気づいた?」

ファリアの様子が淡々としている事も気にかかる。

まるで何かを必死に隠しているような、溢れ出す何かを押さえ込んでいるような風に見える。

心臓の鼓動が早い。

口が乾き、息が荒い。

(聞くな。)

何かが言う。

(何も知らずただ人の世で普通に生きろ。)

自分が俺に言う。

だが俺はもう普通じゃない。

どんなに取り繕ったところで形の変わってしまった歯車は入り込めず、やがて世界から弾かれてしまう。

ならば俺はすべての真実を知ってファリアと共に歩む。

「ピクシーは、化け物たちは何をしようとしているんだ!」

長い沈黙が降りた。

さっきまで視界を埋め尽くすようにいたはずのピクシーは何処にもなく、夜の学校の静けさが体の芯を冷やしていく。

俺は目を逸らさなかった。

逸らすわけにはいかなかった。

「仕方ありませんね。正直にいえば今のユウには話してもどうしようもないことですが事態は急を要します。お話しましょう。」

「話してくれるのか?」

「はい。化け物たちはあるものを探すために校内を徘徊していました。そして私の目的もそのあるものの探索、ですが最終的な目的は違うため私たちは相容れず敵対していたんです。」

「やつらがファリアを狙ってるのもその目的のためなのか?」

ファリアは小さく首を横に振った。

「私はまた別の目的で狙われていますが。化け物たちはそれを探し出して復活を目論み、私はそれを消滅させることが使命です。」

ファリアの口調にはいつものような暖かさがまるで感じられない、機械のように事実を告げているだけだった。

その坦々とした様に怖気立った。

怒りも悲しみもあらゆる感情が消滅してしまったような無の表情は俺の知るファリアではない誰かのようで、それが怖かった。

気がつけば俺はファリアの手を握っていた。

驚くファリアなんて構わずに手を握りしめる。

それは怖かったこともある。

でも、それ以上にファリアが俺の知らないファリアになってしまいそうで怖かった。

そっと首に回された腕も引き寄せられてファリアの胸に抱き締められた。

「ユウは甘えん坊ですね。」

それは暖かく優しく嬉しそうないつものファリアの声だった。

ファリアはそうやって俺の震えがなくなるまで優しく包み込んでくれていた。

「ファリア。」

勇気をもらい覚悟を決める。

まっすぐにファリアの瞳を見つめた。

ファリアは頷いて話を続ける。

「それを探すために化け物たちは夜の学校を徘徊し、目撃者を消すために襲いかかってきたのです。その時私とも何度も出会っていますよ。」

そう言われても普通でなくなる前の事件のことはヴァンパイアしか知らない。

ファリアの名前が引き継がれたのは偶然だったとしか言いようがない。

消えた記憶はもう二度と戻りはしない。

「それじゃあ裏の林でエルフが守っていたのは…」

「はい。それの一部でした。その場で消滅させようとしたのですが目を離した隙に逃げられてしまいました。」

話を聞いていく度に足元から闇が絡み付いてくるような嫌な感じが増していく。

それでも尋ねなければならない。

真実を知ってファリアのそばにいると決めたから。

「さっきから出てきていたやつらの目的、それって一体何なんだ?」

音が止む。月の僅かな光も雲に隠れてしまう。

影に隠されたファリアの表情はわからないがその瞳だけはそれに対する様々な感情を映して闇の中でもギラギラしていた。

「それの正体は異界の暗黒竜、復活を許せばこの世界を破滅させてしまう正真正銘の化け物です。今までの化け物たちはそれの一部から生まれた手下になります。」

暗黒竜、その単語に心臓が大きく跳ね上がって

「…あ!」

一瞬、その全容が脳裏に浮かび上がった。

黒曜石のように黒光りする硬質の鱗を纏い山のように巨大な体と鋼のような牙と爪を持つ死を連想させる魔獣。

イメージのはずなのに明確なその姿は俺の体温を根こそぎ奪い身体中の水分をすべて吐き出すように全身から汗をかき、力が入らず膝をついてしまった。

「はあ、はあ。」

うまく纏まらない思考だったがこれだけは明確だった。

(あんなものを復活させては駄目だ!)

あれは記憶の消失なんて生易しいものでは終わらない。

世界そのものを歪め、消滅させてしまう悪魔だ。

俺は立ち上がり拳を強く握って気を持ち直す。

(つまりあれの復活を阻止すればいいんだ。この学校のどこかにある竜の一部を先に見つければ…)

ふと、ファリアの言葉が横切った。

私たちの敗北ですと。

ピクシーを倒したところで意味はないと。

学校に満ち溢れていたピクシー。

あれは竜の一部を探していた。

学校のどこかにあるものを探して。

(!まさか…)

敗北の意味に気づいて血の気が引いた。

(人海戦術か。)

小型のピクシーがあれだけの数いたのだ。

それこそ校舎下から通気孔内、あるかどうかも分からない屋根裏にまで入り込むことが出来ただろう。

そして探していたのは以前やつらのことをすべては1つの存在だと言ったように自分のものとも言える竜の一部。

見逃すはずはない。

「そういうことかよ、くそ。」

なんとか次の手を考えようとしてファリアが俺を見ていないことに気がついた。

俺の遥か後方を冷や汗を浮かべて睨み付ける姿は俺の不安を肥大化させる。

「…。」

冗談はやめろと、声に出せなかった。

ザッ、ザッと歩む音が聞こえる。

振り返らなければ危険だと本能が告げているが見ることを理性が拒否する板挟みで頭がおかしくなりそうだった。

ザッ

足音が止まった。

ファリアの表情からかなり絶望的な状況なのがわかったが意を決して振り返った。


そこには、絶望を示すような漆黒の黒を纏った人ならざる人の姿があった。


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