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Vanishing Raiders  作者: MCFL
12/43

第12話 欲望のたまり場

翌朝、

「ユウ、起きてください。ユウ。」

もはや恒例となりつつあるファリア目覚まし。

でも今日はいつもより近いところから聞こえた気がした。

「ほら、起きないと遅刻してしまいますよ。ユウも私も。」

ファリアはいつも準備してから起こしてくれるんだから遅刻しないだろ、と手を伸ばすとなにやらやわらかい感触の抱き枕があった。

抱きついてみるとすごくやわらかくて温かくて

「ちょ、くすぐったいです、ユウ。」

そしてとても可愛い声で…

「…」

嗜好が、じゃなくて思考が事実を認めることを拒否しようとしている。

それでも視覚以外の触覚と嗅覚と聴覚がそれを現実だと告げている。

最後の砦だった視覚も恐る恐る目を開けてみれば

「やっと起きてくれましたか。おはようございます、ユウ。」

すぐ目の前で優しく微笑む、高校生というには発達しすぎた肢体を男物のワイシャツ1枚で包んだだけの格好をしたファリアがいた。

う、鼻血が出た。

「ユウ、大丈夫ですか?ティッシュを。」

「ありがと。」

差し出されたティッシュを紙縒りにして鼻に詰め込むなんとも情けない姿を見てファリアはベッドから抜け出した。

記憶を改ざんされていないなら断じて同衾はしていない、残念ながら。

ファリアは丈がギリギリのシャツのすそを懸命に抑えながら

「そ、それでは朝食は準備してありますから降りてきてくださいね。わ、私も着がえたらすぐに食卓にいきますので。」

いそいそと部屋を出て行ってしまった。

俺はファリアが出て行ったドアをボーっと見つめてしまう。

アレは俺の願望の1つ、昨晩語らされてしまった俺の汚い部分、

「朝起きたときにシャツ1枚の女の人が隣にいてくれるのってすごい幸せだと思う。」

その言葉をファリアは叶えてくれた。

それはすごくファリアに愛されていることのような気がしてすごくうれしくなった。

「さて、朝からいいもの見せてもらったし、今日も頑張るぞ!」

現金な俺はいつもよりも元気な寝起きで1日の始まりを迎えたのだった。



 ちなみに昨晩メールをすることをすっかり忘れていた俺たちが作戦会議室に向かうと

「…ずっと報告を待っていたのだが…どうせ私なんて…」

会長は広い部屋の隅の暗幕の裏で体育座りをしながら拗ねていた。


「我々はヴァニシングレイダース、夜の学校に徘徊する化け物を狩る者たち。」

気落ちした会長を宥めて会議を始めるといきなりそんな事を言われた。

俺とファリアは顔を見合わせる。

「どうしたんですか、会長?いきなり説明的な語りで。大人の事情ですか?」

「ユウ、そっと見守ってあげることも時には優しさですよ。」

労しげな目で見たら会長にふかーいため息をつかれてしまった。

「大人のではないが事情があるのだ。ここ数日校内でいたずらが多発していて生徒会にも事態解決の要望が寄せられている。」

会長は椅子の脇に置いてあった段ボール箱をドンと机の上に置いた。

中身はわら半紙に印字された意見書、生徒会室の前に設置されていて滅多に生徒が利用しないことで逆に有名だったものだ。

それが人気アイドルのファンレターみたいに山積みになっている。

上の方から見てみると

落とし穴に落ちた、

縄で木に逆さ吊りにされてパンツ見られた、

完成間際だったオブジェが粉々に砕かれた、

ピーターパンが空から降ってきた、

テスト問題が難しいなどなど

「便乗した悪乗りも多いみたいですけどそれでも結構な数ですね。」

「総数102件、ある程度信頼のおける内容だけでも57件もあり現在も増加する一方だ。」

「半分がいたずらだというのは悲しいですね。」

確かに、切実な意見がくだらないお遊びのせいで見落とされては不条理すぎる。

「生徒会もこんな訳の分からない事件まで追いかけなきゃいけなくて大変ですね。」

生徒会役員はあくまで学園生活の向上を志しているだけであって警察や探偵のような働きは想定されていない。

誰が引き受けるのかは知らないがご苦労なことだ。

隣に目を向けると他人事だというのにファリアは困ったような顔をしていた。

我が彼女ながら優しい人で彼氏としては鼻が高いよ。

「うむ。そこで非常に申し訳ないのだがヴァニシングレイダースは少し解釈を拡大して学校に潜む謎を究明する団体にしようと思う。」

その言葉の意味を理解する前に会長の手が俺の方を強く叩いていた。

「学校の平和を頼む。」

こうして夜な蔓延る化け物を狩るはずのヴァニシングレイダースは昼の学校に横行する悪戯を解決する使命を得たのだった。

「…こんな風に今後も面倒事を押し付ける気じゃないですよね?」

一応嫌な予感がして尋ねてみたら目を逸らされてすっとぼけられた。


昼休み、今朝はあんなことがあってファリアがお弁当を作れなかったと言うことで学食に来たのだがそこは合戦場だった。

怒号と悲鳴とわめき声と金切り声と打撃音と金属がぶつかり合う音が響く場所が本当に学校の施設なのか疑問を抱かずにはいられない。

この学校こんなに人がいたのかと思ってしまうほど人で溢れ返っている。

正直ここに入って生きて帰れる自信はない。

しかも今は腕に怪我まで負っている。

負傷兵が戦場に出たとて足手まといにしかならない。

「というわけで諦めよう…」

と振り返った先にはすでにファリアはおらず学食に足を踏み入れていた。

瞬間、モーゼのように食券券売機の前に並んでいた生徒が皆ファリアの歩む道を作るように左右に割れた。

ファリアは皆に笑みを返しながら悠々と券売機の前にたどり着く。

「ユウ、どうかしましたか?」

早く来てくださいと催促されるが左右で割れた海を再現されている皆様からとてつもない殺気に満ちた目で睨まれては怖くて動けない。

ましてや間を通れば押し寄せる人の津波に飲み込まれて沈みかない。

「ユウ?」

でも結局ファリアを待たせるわけには行かず

「やってやるぜー!」

「おオおおおオー!」

迫り来る人の波に必死に追いかけられながら飲まれる寸前でなんとかファリアの下にたどり着いた。

ファリアは鯖味噌定食で俺はカレーライスにした。

しかし食堂はここから先が難所。

如何に良い座席を得るかで食事の満足度が変わってくる。

ここは長年鍛えた観察眼で

「すみません。いつもの所、よろしいですか?」

「はいはい。あんたも大変だねぇ。」

「いえ。ユウと一緒ですから。」

俺の知らない所で交わされた密談により気がつけば俺たちはトレイを持って食堂裏の休憩室にいた。

「今日もこっちかい?ほんと、人気者は大変ね。」

「何言ってんのさ。他の男どもより彼氏との方がいいに決まってるじゃない。あはは。」

どうも話から察するに普段からジロジロ見られることの多いファリアを不憫に思った心優しいおばちゃんたちがこの場所を貸してくれるようになったということのようだ。

ファリアが何か細工をしたようにしか思えないが怖いので聞かない。

おばちゃんたちは後は若いもん同士、とか冗談を言いながら出ていってしまった。

「…いいのか?」

「大丈夫ですよ。プールが地震の煽りを受けて倒壊したせいで使用禁止になっているという情報に比べれば些末なことですから。」

笑って受け流せないような話題に俺は気を引き閉めてファリアの向かいに座る。

「それは昨日の戦闘で壊れた壁とかのことだよな?」

やったのは半魚人とはいえ責任の一端は俺にある。

なんだか気が重くなって食欲がなくなった。

「はい。世界は本来あり得ない筈の倒壊を一月前にあった比較的大きな地震によって起こったことにしました。」

確かに俺も一月前の夜中にあった地震は覚えている。

それがこんな形で出てくるなんて思っていなかったが。

「ユウには当然身に覚えがないので実感はわかないでしょうが他の方々にとっては比較的大きな事件です。新聞にも載っています。あまり大きく食い違うようなことは言わない方が良いですよ。」

ゾクリと背筋に氷を入れられたような気分だった。

俺の記憶は俺にとって間違いなく真実、この身で体験した事実だというのにその世界の事実自体がねじ曲げられて正しいと思い込まされている。

世界は不変だと漠然と考えていた、いや考えることすらしなかったが実際はこんなにも簡単にすり変わってしまうものなのだと知ってしまった。

気にするだけ無駄なのだろう。

ファリアは平然と器用に箸を使って鯖を食べている。

俺が見ていることに気づいて手を止めた。

「どうかしましたか?」

首をかしげていたファリアは何を思ったのか鯖を一切れ端でつまんで俺の前に差し出した。

「鯖が食べたいならそう言ってください。はい、アーン。」

ピチャーン

俺の背筋を衝撃が駆け巡り体が震えた。

(アーンて、あの恋人が人前でやるとすごい白い目で見られるっていうか前にやってたやつをすごい馬鹿にしたことのあるあれか!?よく考えろ。あの箸は今もファリアが食事に使っているものだ。それが俺の口に入る、さらにその箸がファリアの中に入るのだ。それはアレだぞ?でも物凄く恥ずかしいぞ!)

表面上静かに葛藤していたが

「いらないなら…」

とファリアが手を引っ込めようとした瞬間諸々の欲望に負けて食いついた。

何だかもう幸せの味しかしない。

おまけに俺の行動が理解できず不思議そうな顔をしながらファリアは箸を可愛らしくくわえていた。

(う、もう死んでもいい。)

「実は私、ここのカレーライスを食べたことないです。一口もらってもいいですか?」

こうして再び幸福と欲望と羞恥の葛藤の果て、昼休みが終わって教室に戻った俺は

「勇、お前はいい友達だったよ。」

「きっと腹上死をした人間はこんな顔をしているのね。」

と友人たちに言われるような顔で机に倒れたのだった。



放課後、普段なら帰宅するところだが今日は会長に頼まれた出張ヴァニシングレイダースとして学内で悪戯を仕掛けている犯人を捕まえなければならない。

「人の役に立つ行いをして悪いことはありません。頑張りましょう。」

ファリアが妙にやる気なので2人でサボるというわけにも行かない。

俺たちは会長が作ってくれた被害資料を元に現場を回ってみることにした。

「それにしても会長ってマメだよな。」

手元の資料には学校の見取り図と被害報告内容が簡単に記されていた。

どこで被害が多いのかどういう悪戯が多いのか一目瞭然だった。

「まずは校舎裏ですね。行きましょう。」

南前学校の校舎は南側に開けたコの字型をしている上に校舎の周囲をフェンスで覆い、

さらにその回りには林が生い茂っているため校舎裏と言っても意外と広くて年中暗い。

片側が校舎だとわかっていても深い森の中を歩いているように錯覚してしまう。

「それにしても妙ですね。」

資料に目を落としていたファリアの呟きに俺も目を向けた。

「これは事件の発生頻度ですよね?これによると校舎裏が一番多いことになります。」

「そうだな。」

印は多少のズレはあるものの校舎裏に多くついている。

「しかし、先ほどから歩いてみて思ったのですが、何もありません。」

「そりゃ、目に見える罠がそうそう転がってはいないだろ?」

ファリアはなにか確信があるらしく首を横に振った。

まるで推理小説で探偵が犯人を明かそうとしているような緊迫感が2人を包み込む。

「確かに見通しがいいとは言えませんが罠は見当たりません。ですが同時に校舎裏にはめぼしいものが何も見当たらないと思いませんか?」

「あっ。」

確かに落ち葉が足元にあるくらいで後は校舎の壁とフェンスの向こうに見える林しかない。

つまり実質的には何もない。

ファリアはピッと指を立てた。

「では被害にあった方々は何のためにこんな人気のない場所にやって来ていたのでしょうか?」


この事実を元にもう一度会長と話した結果大変なことが判明した。

「実は私もそれが気になって調べてもらったんだが、あそこはその隠蔽性から明るみに出るとよろしくない代物のやり取りが頻繁に行われているらしい。」

高校生なら興味津々な18禁DVDや本、人目につくと後ろ指を指されるフィギュアの受け渡し、果ては売春まがいの行為までやり取りがあったとのこと。

「こちらから頼んでおいてすまないがこの件は教員側とも競技しなければならないので君たちは首を突っ込まないでもらいたい。」

「わかりました。」

「…。」

ファリアは難しい顔をしていたが反論もなかったので会議がある会長とはその場で別れた。

「で、何が気になってるんだ?」

「え、もしかして独り言言っていましたか?」

図星だったらしくおろおろと慌て出すファリア。

「顔に出てた。自分で解いておいて答えが不満ですかな、探偵さん?」

俺がおどけてみせるとファリアは小さく笑い、力強い目で顔をあげた。


俺たちは資料を見ながら別の被害現場に向かった。

「確かに校舎裏の件は不正な何かがあったために多くの被害が出ていたようですが、彼らが取引がバレてしまう危険を冒してまで意見書を出したのにはどんな意味があるのでしょう?」

校舎裏で何かが起こったと報告があれば秘密の空間の存在が危うくなる。

それを天秤にかけて勝ってしまう理由となると

「…命を狙われた、とかか?」

もしそれが本当ならますます大事だ。

下手に犯人を刺激して無差別殺人を起こされては敵わない。

だが、ファリアはやる気なのだ。

「大丈夫です。ヴァニシングレイダースは強いですから。」

傍目にはお遊びでやっているように見えるであろう活動と会話。

だけどファリアがヴァニシングレイダースと名乗った以上これは俺たちの使命となった。

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