第11話 真夜中のプールの怪
そして日も沈んだ夜、両親がいないから気兼ねなく出発の準備をしていると部屋のドアがノックされてファリアが入ってきた。
「ユウにこれを渡しておきます。」
そういって差し出されたのは会長の(親の)所有物だったはずの西洋剣だった。
「今後必要になると思ったので拝借しておきました。」
にっこりと告げるファリアの背中に小悪魔のしっぽが見えたような気がした。
剣を腰のベルトに通して懐中電灯やら非常食を詰めた鞄を肩にかけて準備完了。
「行くか。」
「はい。頑張りましょう、ユウ。」
互いに頷きあい、俺たちは夜の学校へと繰り出していった。
校門前に見張りはなく俺たちはすんなりと校内に侵入することができた。
一応剣を抜いて俺が前を歩きながら進んでいく。
「それで、俺たちは何をすればいいんだ?」
以前のような興味本位とゲーム気分だったのとは違う本当のヴァニシングレイダース。
世界の滅亡に立ち向かう正義の戦士たち、とまでいってしまうとかっこつけすぎな気がするがあながち間違いではない気がする。
世界を塗り替えるということは今ある世界の滅亡を意味するのだから。
「当面はこれまでどおり学内を探索して徘徊している魔物を狩っていきます。」
ファリアの様子も普段の穏やかさのうちに強い決意を宿しているように見える。
俺たちは周囲を警戒しながら無言で学内を散策していく。
玄関から1階を回り、上からの襲撃を警戒しながら階段を上って2階を巡る。
いつもなら意外と早く出くわすのに今日に限って化け物はおろか生き物1匹見かけないわけで、正直気を張るのに疲れてきた。
「…出てこないな。」
「そうですね。」
対するファリアは真剣に敵を探しているから雑談を持ちかけるのも悪い。
一緒にいるのに思いの違いからすれ違いを感じてしまう。
俺には遊びの延長で始まった探索もファリアにとっては絶対にやらなければならないことなのだろうから仕方がないとも言えるが。
「ここに出てくる化け物ってなんか法則性があったりするのか?」
だから関連のありそうな話題を振ってみることにした。
これまでに出くわしたのはたぶんゴブリンから始まって不明な2体目、幽霊、西洋鎧、ヴァンパイアと海外産のモンスターばかり。
ぬりかべとか猫娘とか昼行灯…は違うか、とにかく日本妖怪はいるのかどうかちょっとだけ気になった。
「法則、ですか。」
何気なく尋ねた質問にファリアは深く考え込むように足を止めた。
「ユウの質問の意図するような姿かたちという意味で言えば特に法則性はないと思いますが、共通点はあります。」
ファリアの口調があまりにも真剣だから俺も緊張してしまった。
ごくりと生唾が喉を鳴らす。
「彼らは全て1つの存在だということです。全は個であり、個が全である。」
それは謎かけのようで俺にはさっぱりだった。
ファリアはフッと息をついて表情を和らげ
「少し休憩にしましょうか。気を張り続けるのも疲れてしまいますから。」
と提案してきた。
俺が飽きてきているのに気づいて気を使わせてしまったみたいで申し訳ない。
せめてゆっくり休める所を探して辺りを見回していた俺は
「いっ!?」
思わず声をあげてしまった。
「どうかしましたか、ユウ?」
ファリアに返事を返す余裕もなくそれを指差す。
それを見てファリアも目を丸くしていた。
2階の校舎からちょうど見えた体育館脇のプール、
そこでは異形による場違いなシンクロナイスドスイミングが催されていたのだった。
近づいてみてみればそれはある意味において壮観だった。
うろこだらけのお世辞にも美しいとは言いがたい半魚人が1人で華麗に学校のプールでシンクロをしている。
醜いものがみすぼらしい場所で1人、それでもその演技のすばらしさは俺の心を震わせた。
「…不気味です。」
…尤もファリアには不評なようだったが。
とにかく延々と演技を続けそうな勢いの半魚人を放っておくわけにも行かない。
手近に転がっていたビート板をフライングディスクの要領で投げてみた。
うまくいかず起動が逸れてしまったビート板は
「おおっ!」
イルカのように水中から飛び出した半魚人がしっかりキャッチ。
空中で俺に投げ返す芸まで見せてくれた。
俺が感動して拍手を送ると半魚人は演技を続けながらも手を振ってくれた。
俺たちの間に友情みたいな感情が芽生えた瞬間だった。
「ユウ、いつまで遊んでいるつもりですか?」
どうやら友情ごっこもここまでのようだ。
ファリアは律儀に待っていてくれたらしくちょっとむくれていた。
ファリアのご機嫌を取るためにもここからは真面目に行かねばならない。
「やい、半魚人。不法侵入は立派な犯罪だ。すぐに立ち去らないと痛い目見るぜ?」
指を突きつけて叫ぶ俺の姿を半魚人はジッと見ていたかと思ったが、突然お風呂で子供がやるように手を合わせて間から水をかけてきた。
ただし威力は段違い、
「うわっ!」
慌てて避けたら後ろのコンクリートに穴が空いた。
「ウォーターカッターかよ。ひえぇ。」
「退くつもりはないようですね?」
半魚人は俺たちをあざ笑うかのように水を噴き上げて潜ってしまった。
こうなれば何が何でも引きずり出して成敗してやる。
「よし!やろうぜ、ファリア。」
こぶしを高く振り上げて叫ぶ俺、
「はい。頑張ってください、ユウ。」
しかしファリアはニコニコと1歩引いたところで手を振るだけだった。
「え?」
そんな俺に容赦なく水鉄砲が浴びせかけられるのだった。
さっきのはあまりに無防備な俺への嫌がらせだったようで濡れた以外にはたいした被害もなかったわけだが
「それで、どうして助けてくれないんだ?」
俺たちは洗浄用の水槽の壁の裏に回って作戦会議中。
議題はファリアのやる気がないこと。
「どうしても何も、私に戦う力なんてないからです。はい、握手。」
言われるままに握手をしてみれば細くてやわらかい手の感触が伝わってきた。
ファリアが力を抜いている可能性はあるがそれでも非力といって差し支えないものだ。
ちょっとドキドキしてしまい手を離してごまかすように話題を振る。
「それなら、ほら、ヴァニッシャーの力で攻撃できないのか?」
「ユウ。この力はそんなに万能ではありませんし、そもそもいつでも自由に使えるというわけではありません。」
めっと窘められてしまい落ち込む俺。
ファリアはそんな俺の頭を撫でて微笑んだ。
「戦闘での支援は出来ませんが、知恵と声援は捧げることが出来ます。一緒に頑張りましょう。」
これだけでやる気になってしまうのだから本当に男なんて単純な生き物だと思う。
思うが結局俺も男なわけで、好きな女に期待されれば
「ああ、やってやるさ!」
気合が入った。
壁の裏から飛び出すと狙い済ましたように水鉄砲が襲ってきた。
それを剣で防ぎながらジグザグに走って近づいていく。
そのままプールに…
「ダメです!」
飛び込もうとした所にファリアの声がかかり慌てて急制動をかける。
迫っていた水鉄砲を横っ飛びで回避して距離を取りつつ構えを取る。
「敵は水中戦を得意としています。ユウが水に飛び込んだら敵の思う壺ですよ。」
「あ、そうか。でも近づかないと攻撃できないぞ?」
ファリアは考え出したのか黙ってしまったので俺は自分が出来ることをする。
水鉄砲を避けつつ水際まで寄って敵の攻撃を待った。
半魚人が顔を出した瞬間を狙ってと思っていたら
「って、うわっ!反対側から攻撃してくるなよ!」
敵もさるもの、自分の得意分野から危険は犯さずに俺たちを仕留めるつもりでいるらしい。
長期戦となれば体力の低下で水鉄砲にあたる確率は増える。
一方半魚人はこちらの攻撃圏外から攻められるのでリスクはない。
つまりこのままでは勝ち目はないということだ。
ならば危険を冒してでも水中に飛び込むべきか。
「…。」
ファリアは何も言ってこない。
やるなら今。
「…ってわけにもいかないか。」
今やろうとしていることは限りなくハイリスクノーリターンに近い愚行。
ならばそれよりも手前には必ずハイリスクローリターンくらいの戦術はあるはずだ。
それにかけるほうがまだましというもの。
俺は連続的に打ち出される水鉄砲を避けながらプールサイドを駆け回る。
飛び込み台の後ろに滑り込んでコースロープをすばやくはずして鞭の要領で顔を出していた半魚人にぶつけた。
「ぎゃ!」
うまく顔面にヒットしたがダメージとしては軽微。
逆上した半魚人は水鉄砲を乱れ撃ちしてきた。
おまけに口に含んだ水を高圧縮した水弾まで打ち出し始めた。
水弾はコンクリートの壁を次々に破壊していく。
飛び込み台が、フェンスが砕けてひしゃげ、洗浄槽の壁まで砕かれた。
あそこにはファリアが!
「ファリア!」
呼びかけるが返事はない。
近づこうにも半魚人の攻撃は激化の一途をたどりまともに動くこともままならない。
「邪魔するな!あそこには、ファリアがいるんだ!」
俺が物影から姿を表すと怒りにみちた瞳が俺を捉え
「ぎゃー!!」
両手をバタつかせて波を起こした。
波は伝わるごとに大きく膨れ上がり、
「マジ?」
俺の目の前には大津波が押し寄せてきた。
慌てて更衣室の鍵を壊して逃げ込んで身を固める。
直後地震のような強い衝撃が更衣室を襲い怒涛の音に全ての音がかき消された。
俺はうずくまって更衣室が持ちこたえてくれることを願った。
やがて滝のような音が消え去り、浸水したものの何とか建物としての形を保っていた更衣室から出た俺は
「…何を持っているんですか?」
とてもお怒りのご様子のファリアさんに睨まれた。
よく見たら俺の手には女子の水着が握られていた。
「うわぁ!ち、違うんだ、これは!」
水着を放り投げて弁解するとファリアはため息をついてプールの方を向いた。
「いいですよ。それについては後で伺います。それよりも今が勝機です。」
ファリアに続いてプールに目を向けて、ファリアの言葉の意味を理解した。
さっきまで満ちていた水はもはやくるぶしくらいまでしかなくなっており、半魚人はその中心でおろおろしていた。
「私はユウと半魚人の目を盗んでプールの栓を開けに行っていたのです。少しずつ減っていく予定でしたがユウがうまく挑発してくれたおかげでこうしてチャンスが訪れました。」
洗浄槽が崩れたときには裏にはいなかったことがわかりホッとした。
剣を強く握ってプールに飛び込む。
「散々嬲ってくれたお礼だ。受け取れ!」
陸上では動きの鈍いらしい半魚人は俺の突き出した剣を避けることも出来ず驚きの表情のまま貫かれた。
「ぐぎゃー!」
剣を引き抜こうと掴んだ手から緑色の炎に包まれて半魚人は断末魔の叫び声を上げて消えていった。
ヒュッと血払いをするように剣を振って鞘に納める。
プール端のはしごから上がるとファリアが待っていてくれた。
「2人の勝利だな。」
俺の笑顔にファリアも笑みを返してくれる。
「そうですね。さて、帰りましょう。」
先立って歩き出したファリアを追いかける俺。
「早く帰って、ユウの変態的な嗜好について詳しく聞きださないといけませんから。」
背筋を冷たいものが走った。
家に帰るのが憂鬱になった反面、このときばかりはファリアの顔が見えない位置でよかったと心から思ったものだ。
…この日、俺の部屋に厳重に隠してあった秘蔵本含めて赤裸々な趣味嗜好全てを打ち明けさせられた挙句それらを全て抹消された俺は一晩中枕を涙で濡らしたのだった。