第10話 偽りの現実
午前中の授業が終わり昼休みに入った。
俺は席を立たず現状を整理する。
はじめは周囲の環境がものすごく変わってしまったと思っていたがそうでもなかった。
要するにみな「ファリアと付き合っていることが羨ましい」という感情が増えただけなのだ。
そういうやっかみや突っ込みを除けばいままでとなんら変わらない。
ただ佐川と館野は違っていて徹底的に俺を避けていた。
一馬に尋ねたところ
「お前が彼女を作って、それがものすごく美人で優秀で勝ち目なんて何にもないから拗ねてるだけだろ?」
と言っていた。
つまり、変わってしまったすべてはファリアの存在が割り込んだために起きたからでありそれ以外は何も変わっていなかったのだ。
そのことに俺は安堵していた。
普通ではなくなることの代償がこの程度だったことを知って。
「ユウ、お昼にしましょう。」
(ギロッ!)
…尤もこの殺意に満ちた視線はそうそう慣れるものではないが。
ファリアは不思議そうに首を傾げるだけだった。
ファリアと2人で屋上に移動して昼食を取る。
一馬たちを誘ってはみたものの
「そんなに仲睦まじい姿を俺たちに見せつけたいのか!?」
と涙ながらに言われてしまいそれ以上誘うことが出来なかった。
手渡された弁当を食べながらファリアを眺める。
高校生というには…少し無理があるような気がする。
年齢的にはそれほど違わないはずなのだが醸し出す大人の雰囲気に俺は違和感を覚えてしまう。
それでも
(ファリアの制服姿は、いいな。)
ちょっと変態的かもしれないがそそるものがある。
「…なんだか不穏当な目で見られている気がします。」
「き、気のせいじゃないか?」
ジト目で見つめられ冷や汗が流れる。
ごまかすために弁当を傾けてがむしゃらに食べていく。
「む、ふぐ、んん!」
「もう、そんなに急いで食べるからです。はい、どうぞ。」
呆れたようにため息をつきながらもファリアはお茶を出してくれた。
それを受け取って一気に煽るとようやく人心地がついた。
「ふー、危なかった。」
「それは良かったです。…それで、どんな疚しいことを考えていたんです?」
笑顔なのに笑っていないファリアに俺は戦慄を覚えた。
ファリアさん、意外と根に持つタイプですね。
できるだけ褒めているように聞こえるように説明したもののどこで覚えたのか
「つまりコスプレのようだといいたいわけですね?」
とにっこりバッサリ切られて撃沈した俺は深く深く土下座をして謝ったのだった。
そうして楽しい食事も終わり本題に移る。
「ユウもわかったと思いますが私が存在していることにより周囲の認識が変化しています。本来いなかったものが加わったのですから当然ですね。設定としては新入生だったユウが上級生の私に一目ぼれして片思いをすること約1年、痴漢から私を守ったことをきっかけに仲良くなり今から一月ほど前にユウから告白されてお付き合いをすることとなり、つい先日晴れて同棲をスタートした、ということになっています。」
彼女いない暦=実年齢の身としては嬉しい知らせなのにいまいち嬉しさがこみ上げてこないのはやはりその過程に実感がないからだろう。
それはおいおい理解していくとして、当面の動きについて考えようとしてふと思い出した。
「そういえばヴァニシングレイダースは今後どうすればいいんだ?もう化け物たちと戦う必要はないのか?」
何気ない、それでいて核心的な質問にファリアは笑みを消して目を落とした。
さっきまでの穏やかな空気が嘘のように消え去って重苦しい沈黙が訪れる。
ファリアの表情は暗く、それは悲壮感というよりは巻き込んでしまったことへの後悔に見て取れた。
「先に言っておくけどこうなったのは自分の意志だから、ファリアのせいなんかじゃないからな。」
図星だったらしくファリアはきょとんとした表情で顔を上げた。
無駄に胸を張ってうなずくとファリアはくすりと笑みをこぼした。
「…ありがとう、ユウ。」
ふわっと肩に寄りかかられて心臓がバクバク鳴る。
それでもファリアが心地よさそうにしているので邪魔するわけにもいかず、かといって手を出すわけにもいかない天国地獄を味わった。
ファリアが俺の胸のところから顔を上げてにんまりと笑う。
「ユウ、真っ赤ですよ?可愛いです。」
「///~~!!」
声にならない声を上げてオーバーヒート。
そんな俺をファリアはおかしそうに、それでいて嬉しそうに見つめていた。
昼にはうやむやになったうちに休み時間が終わってしまいヴァニシングレイダースの活動をどうするべきか話し合えなかったため放課後にファリアを呼びに3階に向かうとちょうど会長とファリアが一緒に降りてこようとしているところだった。
「ちょうどいいところに。今から君を迎えに行こうとローテシア君と話していたところだったのだ。」
向こうも同じことを考えていたらしい。
会長を先頭に作戦会議室に向かった。
部屋に入ると勝手知ったるといった感じにファリアがお茶を入れ始め、会長はそれに不思議がる様子はない。
やはり会長も「ファリアが存在する世界」を普通として認識しているようだった。
ファリアが入れてくれた紅茶が芳醇な香りを室内に満たし、席に着いたところで真っ先に俺が口を開いた。
「はじめに確認させてください。会長は一昨日の晩のことを何か覚えていますか?」
「土曜日の夜のことは覚えていない。昨日君からの救援を求めるメールは確認したが…君は何か覚えているのかね?」
俺は返答に詰まりファリアに目配せをした。
ありのままの事実を告げてしまっていいのか俺には判断できなかったからだ。
ファリアはわずかに目を伏せ小さく首を横に振った。
「…いえ。気がついたらベッドで寝ていてファリアに看病されていて左腕がこんなになっていました。」
ギプスで固められた腕を持ち上げて見せる。
嘘をついた罪悪感に気分が重くなる。
「ふむ、やはり土曜日の夜にも化け物との戦いがあったわけだ。しかしなぜ彼らはこの学校を夜な夜な徘徊しているのだろうな?」
「そう言われてみれば、そうですね。」
いままで気にしなかったが確かに妙な話だ。
怪談話のモチーフとして夜の学校はうってつけだとはいえ向こうにとってそのメリットはない。
ここに住んでいるだけとも考えられるが一昨日の話を聞く限りそんな些細な-自分の家を守るために戦っているような-物ではないように思える。
「…きっと彼らには目的があるのですよ。成し得たい願いが。」
その答えは今まで黙っていたファリアからもたらされた。
同時に思い出す。
ヴァンパイアの言い放ったヴァニッシャーを手に入れて世界を塗り替えるという話を。
「なるほど。しかしそれとこの学校にいったい何が関わっていると?」
「さすがにそこまでは。あくまで私の推察ですので。」
ファリアはあくまで自分の考えとして述べたと言っているがもっと本質的な何かを知っているような気がしてならない。
でも今問いただすわけにはいかないから後で尋ねるとしよう。
「それはそうと今晩はどうするかね?君もその腕ではつらいのではないか?」
「そうですね。それじゃあ…」
「大丈夫です。私がユウを支えますから。」
やめておくという言葉を遮ってファリアが決行を宣言してしまった。
会長もふむと唸っただけで制止するつもりはないらしい。
「ちょっと会長。止めてくださいよ!」
「いや、しかしな。そもそも君が『ファリアは必ず俺が守りますから連れて行きます。』と言ったのだろう?そう惚気られてしまってはいまさら口出しをするのも憚られるというものだよ。それに、そのだな…」
会長は珍しく歯切れが悪くそっぽを向いて
「せっかく2人きりになれる状況を邪魔するほど野暮なことはせんよ。ただ、誰もいないからといって羽目をはずし過ぎないようにしてくれたまえ。」
わざとらしくごほんなんて咳払いをして会長は話を打ち切る。
俺としては会長の言わんとすることがわかってしまい絶句した。
ファリアは俺が守る、それは俺が言いそうなことではあるし実際にそう思ってもいる。
だけどそういうことをするために忍び込んでいると思われていたことは少なからずショックだった。
ファリアに目を向けるとすまなそうに笑って手を合わせている。
(都合のいいように設定したんだろうな。ふぅ。)
ファリアにどの程度それをいじる力があるのかは不明だが他にもいろいろやっていそうで正直知るのが怖い。
「それでは今までどおりヴァニシングレイダースの任務を行うということだ。しかし良かったではないか。自分の彼女が人員として加わってくれたことでようやくレイダースと複数形を名乗ることができるようになって。いや、良かった。」
はっはっはと笑う会長を見て俺もようやくこの状況を受け入れていくことが出来るようになってきていた。
帰宅するとすぐにファリアをリビングに連れてきた。
向かい合わせに座る。
「それで、やつらの目的は何なんだ?」
「ユウ、それは…」
「ファリアのことはまだよくわからないこともあるけど少なくとも俺が無茶をするのを止めてくれるはずなのはわかる。だからこの怪我をおしてでも任務を続けさせようとするからには急がないといけない理由があるんだろ?」
「…。」
ファリアは驚き、見抜かれたことを悔やむように目を伏せた。
俺はファリアをじっと見つめて答えを待つ。
たとえここで話してくれなくても今晩行くことには変わらない。
だが普通から抜けた以上俺だって本気なのだ。
一刻も早くこのわけのわからない状況を解決して元の生活に戻りたいと思っている。
「先日ヴァンパイアが言ったとおり、彼らの目的の1つは私、ヴァニッシャーの力です。」
「1つってことは、まだあるんだろ?」
そして、それこそがファリアが急ぐ理由のはずだ。
もしそうでなければファリアがヴァニシングレイダースとしてわざわざ敵の前に姿を現してやる必要はないのだから。
予想通り、ファリアは頷いた。
「はい。ですが、今のユウにはまだお話できません。あなたがすべてを思い出したとき、お話しします。」
「…そうか。わかった。」
納得は出来なかったがファリアの真剣な様子を見る限り出し惜しみではないことがわかった。
自分の記憶を悔やんで立ち上がる。
「そういや母さんたちはいないんだったな。夕飯どうしようか?」
明るい調子で尋ねるとファリアも笑顔で立ち上がった。
「そうですね。ユウの食べたいものを作ります。何がいいですか?」
「そうだな。今日はあるもので…なにがあるかな…うーん、オムライスで。」
「ふふ、ユウはオムライスが大好きですものね。わかりました。腕によりをかけて作ります。」
「ああ、楽しみにしてる。」
エプロンをつけてキッチンに立つファリアと入れ違いにテーブルについてその背中を眺める。
ものすごく幸せな気分で待つ俺は、出された絶品というにも生ぬるい至高のオムライスに昇天しかけるのだった。