第1話 生徒会未知騒動対策班
寂寞とした平野に佇んでいた。
周囲には鉄の臭いが立ち込め、さまざまな残骸が打ち捨てられている。
「―――…。」
自分が何かをつぶやいた、その言葉が理解できない。
ただ冷たすぎる風に身を任せて地面を見下ろしている。
ここにはもう、何もない。
あったはずのものがなくなった喪失感だけが胸を締め付ける。
暗い足元に目を向ければ闇が迫っている。
フッと、寂しい笑みが浮かんだ。
「―――。」
もう一度、何かをつぶやいて…意識が、感覚が途絶えた。
「おい、勇。いい加減に起きやがれっ!」
「んあ?」
目を開ければ後光を携えた美少女…ではなく幼なじみかつ腐れ縁のお隣さん、遠藤一馬が腰に手を当てて立っていた。
「なんだ、もう朝か。ふあああ。」
「もう朝かって、昨日何時に寝たんだ?」
俺はもぞもぞと布団から這い出ながら緩い頭で考える。
「…9時くらい?」
一馬はものすごく納得いかなそうな顔で、それでも何も言わず部屋を出て行った。
用意は済んでいるのでぱっぱと着替えて鞄をつかんで部屋を出る。
今はもう6月も終わる頃、学生最大のイベント夏休みを間近に控えた初夏だった。
通学路を2人で歩くのももう何も思うことはない。
一時期は
「葛木君と遠藤君て仲がいいわよね。」
と邪推されて一馬を亡き者にしようとすら考えたこともあったがもうそれも昔のことだ。
今は
「2人は本当に仲がいいわよね。私たちのことは気にしないで続けて続けて。」
…さらに悪化しているので諦めた。
以前美術部の女子のスケッチブックに俺と一馬のラブシーンがあったときは本気でへこんだがな。俺は受けじゃない!
「体育祭も終わったし後はテストさえ乗り切れば楽しい楽しい夏休みだ。」
「ああ、そうだな。だが俺はそれまでの間生徒会の手伝いがある。」
一馬がご愁傷様と手を合わせた。
南前高校生徒会は非常に活発で何事も適当に大人が決めてしまえばいいやと思っているとしか思えない教師陣と日夜戦う学生の味方だ。
ただ、少々強引といえば強引で人材が必要なら生徒から徴兵することに疑問を持たず、時にはカンパ(まあ1人100円程度だが)を徴収することもある。
で、今回は人手不足ということで夏休みまでの間雑用係として呼び出されたというわけだった。
「まあ、有能な所を見せて内申点でも上げてくるがいいさ。」
「雑用にそんな機会があるかどうかはわからないけどな。さて、そろそろ急がないと遅刻するぞ。」
「…お前がいつまでも寝てるからだろうが。」
一馬の愚痴は聞き流して俺たちは学校へと足を速めるのだった。
放課後、
「2年B組、葛木勇さん、生徒会室まで来てください。繰り返します…」
行こうかと思っていた矢先に向こうから呼び出しがかかった。
「お呼び出しみたいだな。それじゃな。」
一馬は手を振って帰っていった。
俺は鞄をつかむと微妙に哀れむような目で見送ってくれるクラスメイトに手を振って教室を後にした。
向かうは教室棟1階の奥にある生徒会室。
部屋の前で一度深呼吸をしてノックした。
「入りたまえ。」
凛々しい男の声に気を引き締めてドアを開く。
中は、真っ暗だった。
なぜか一瞬、体が入ることを拒んだがその感覚もすぐになくなり薄暗い部屋に足を踏み入れた。
バタン
突然ドアが閉まり部屋の中央に置かれた椅子がライトアップされた。
凝った演出に苦笑しつつ席に着くと今度は正面がライトアップされて生徒会長の雷道誠太郎が現れた。
「よく来てくれた、葛木勇君。」
「いえ。ところで、何で俺が呼ばれたんでしょうか?」
会長はちっちっと指を振った。
「そう慌てることもない。物事には順序というものがあるのだよ。国枝君。」
「はい。」
「うわっ!」
いつの間にか俺の椅子の隣に眼鏡をかけた女子が立っていた。
確か生徒会書記で2年の国枝美和だったはず。
国枝は持っていた書類を俺に渡してまた闇に消えた。
ここ、本当に生徒会なのか?
「手元の資料を見てもらえればわかるが…」
手元の資料には「生徒会未知騒動対策班の設立とその心得」と書かれた書類がある。
「まったくもってわかりませんが。」
「…。」
あ、会長が困ってる。
あ、何処からともなくお茶が出てきて一気飲みした。
「仕方がない。時間は惜しいが説明するとしよう。実はこの学園に最近奇怪な現象が多発している。君も噂くらいは聞いたことがあるだろう?」
「それは幽霊を見たとかゴブリンを見たとか化け物が校庭で宴会をしていたとか、そういう話ですか?」
女子たちがそんな話をしていたがあまりのばかばかしさに詳しくは聞いていなかった。
「そう、そんな話だ。実際に多数の生徒が目撃しており、教師陣も「ゴーストバスターを呼べ。ゴーストスイーパーでも構わん。」と本腰を入れ始めたところだ。」
ツッコミどころは多いがとりあえず放置する。
気分が乗ってきたのか会長は眼鏡を上げる仕草をした。
いや、あんた、眼鏡してないだろ?
「そこで我々もそのUnknown(未知)なTrouble(騒動)に対応するチームを結成することにした。栄えある第1号の生贄、げふん、もとい隊員は葛木君、君だ。」
闇の中から拍手が沸き起こる。
どこぞの秘密結社の演説会場なのではなかろうか?
「今、生贄って…」
「もちろん君だけに苦労をかけるつもりはない。生徒会は全面的にバックアップをする予定だし今後優秀な人材を加えていく予定だ。」
「いや、だからいけに…」
「それに内申も良くなるぞ。なんならリバーファンタジアの無料招待券もつける。だからぜひやってくれ!」
会長はすでに涙を流して深く頭を下げている。
「すでに十数人に声をかけたが誰1人として首を縦に振ってはくれない。何故だろう?」
「誰だってそんなわけのわからない組織に入って化け物と戦いたくはないでしょう?」
会長はなるほどと思案顔になった。
本気で気づいていなかったのか。
「…。とにかく、葛木君が引き受けてくれたことでようやくこのプロジェクトを旗揚げするに至った。ここにプロジェクトを開始を宣言するっ!」
再び上がる歓声の中
「いや、承諾してないし。」
という俺のつぶやきは聞こえそうになかった。
その未知騒動対策班とやらに参加させられることになった今日、いきなり教えてもいないメールで呼び出されて夜の学校に訪れてみれば校門前で黒子になんだか細長い布で包まれた棒とイヤホンマイクをつけた携帯を手渡された。
イヤホンをつけるとねらいすましたかのように携帯が振動した。
訝しみながらも通話ボタンを押す。
「あーあー、聞こえているかね、葛木君?」
「聞こえます。聞こえますから状況を詳しく教えてもらえますよね?」
ちょっと不機嫌なのですごんでみると会長はたじろいだ。
「そ、そう怖い声を出さないでくれ。我々の初任務だ。学校に巣食っていると思われる化け物を退治せよ。」
いきなり本題だった。
俺は頭をかいて状況を整理する。
「では会長。敵戦力の規模はどのくらいですか?」
「おそらく…たくさんだ。」
「敵が陣形を組んで攻めてくるという可能性は?」
「宴会を開いていたというくらいだからそれなりの知能はあるだろう。」
「では最後に、援軍の到着予定は?」
「ない。」
「…了解。」
どうやら俺の人生は今日ここまでのようだ。
ああ、せめて恋愛の1つでもしてから死にたかった。
ああ、なぜか年上なのにそそっかしくて可愛らしい笑顔をする女性が目に浮かぶ。
こんな人と付き合えたら幸せだったろうな。
「葛木君、現実逃避しているところ悪いのだがあまり時間がない。さっそく任務に取り掛かってくれ。」
「そして突貫して散れというんですね?」
「そうは言わん。さっき武器は受け取ったはずだ。」
俺は走りながら布袋を開き、驚きのあまり取り落としそうになった。
「会長、思いっきり銃刀法違反の品じゃないですか!」
それは細身の西洋剣だった。
柄を握るとなぜかしっくりと手になじんだ。
「細かいことは気にするな。それに相手は人間じゃないのだから法に従う必要もない。」
「…それ、悪人の理論ですから。とりあえず感謝します。」
俺は苦笑を漏らしながら手の中の感覚に勇気をもらって靴を履き替えて1階から調査を開始した。
2階に上がると廊下の先にはうろちょろしている小人みたいな人影が見えた。
「ゴブリンと思われる敵を発見。会長、指示を。」
いつの間にか俺も乗ってきていた。
このやり取りがなかなか楽しく思える。
「うむ、とりあえずは現状維持だ。敵の目的を調査せよ。」
「了解。」
俺は剣の柄に手をかけたまま慎重にゴブリンの後を追うことにした。
ゴブリンはちょろちょろと動き回っては立ち止まり、まるで何かを探しているようでもあった。
動きそのものはなかなか可愛らしいのだが顔が醜悪なのでなんとも複雑な気分だ。
やがてゴブリンは家庭科室のドアに手をかけた。
ガタン
「…。」
当然鍵がかかっているわけで開くわけがない。
しかしゴブリンは手に持ったハンマーを振り上げて一撃の下にドアを叩き壊してしまった。
「…。」
もしかして、あれと戦うのか?
嫌な冷や汗が背中を伝う。
「ゴブリン、家庭科室に進入。会長、どうします?」
「殺れ。」
即断直結な指示が来た。
「家庭科室のドアを破壊した時点でやつは悪だ。そのうえおそらく家庭科室を狙ったのは食料のにおいを嗅ぎつけたためだろう。それらをみすみす明け渡すわけにはいかない。葛木君、ゴブリンを退治するのだ!」
かなり乗っているらしく声がキンキン耳に届く。
おかげでちょっとくらくらだ。
剣の柄を強く握って気持ちを奮い立たせる。
思ったよりも気負いしていないのか鈍感なのか震えはない。
まるで以前にも似たようなことがあったかのような落ち着きように自分が戸惑ってしまっていた。
「いくぞ。」
廊下の角から一気に駆け出して家庭科室に入ろうとした俺は
「?」
「な!?」
家庭科室から出てきたゴブリンと正面衝突、ゴブリンは背が低いせいで俺は前につんのめる形となりしばらく1人大車輪をする羽目になった。
「いててて。」
起き上がれば正面には敵意むき出しのゴブリンが迫ってきていた。
知らず笑みが漏れる。血が沸く。
「いいぜ。相手になってやる。」
俺は剣を抜き放ち、ゴブリンのハンマーに合わせるように振るった。
剣が弾かれて一緒に体を持っていかれる。
「くっ。重さじゃ圧倒的に向こうの方が上か。」
そういえば同じようなことがあった。
大概俺も成長していないな。
「!?」
そう思う自分に戸惑う。
自分は今何を思った?
「ぐおー!」
ゴブリンがハンマーを振り上げて突進してくる。
俺はとっさに横へとかわし、ゴブリンの足元に鞘を転がした。
「ぐぉっ!?」
ゴブリンは足を滑らせて地面に向けてハンマーを振り下ろした。
地震が起こったかのような揺れを感じてその威力に慄きながら俺は無防備な背中に剣をつきたてた。
ゴブリンは断末魔の叫びを上げて炎となって消滅した。
「葛木君、どうなった?」
「ゴブリン退治成功です。」
「…。」
てっきり喜びの声をあげるかと思っていたが会長は無言だった。
「葛木君。ゴブリンに遭遇したのか?」
「え?」
俺は耳を疑った。会長の言葉が理解できない。
「もう30分くらい前にゴブリンを発見したと伝えましたよね?それを尾行して家庭科室のドアを壊したから殺れって、それで今まで戦闘を…」
「…。」
たった1時間以内のことを説明しても会長は無言だった。
「すまない。私はそのことをまったく覚えていない。いや、知らない。」
俺は今度こそ怖くなった。
たった今自分がしていたことに確信が持てない。
目の前に突き立った剣があるだけで本当にゴブリンがいたのかすら危うかった。
「それなら…未知騒動対策班のことは?」
搾り出すような声になってしまった。
それほど、それすら覚えていないのではないかと恐ろしくなる。
「それに関しては問題ない。私が発足した化け物退治をするためのものだ。…すまないが少し混乱している。休ませてもらうよ。」
「…お疲れ様です。」
俺は安堵して電話を切った。
すべてが失われたわけではない。
ただ、俺が消滅させたゴブリンに関わることだけが世界からかき消されただけなのだ。
「…って、んなこと納得できるか!?目の前で戦ったんだぞ、痛かったんだぞ、家庭科室のドアだってぶっ壊れたんだぞ?それをなかったことになんてできるか!」
「それでも、納得するしかないんです。」
リンと、鈴のような声が静かな廊下に響いた。
俺は振り返るのが怖くて、でも振り返らずにはいられない衝動に駆られて振り返った。
月明かりの指す廊下の先には、美しい長い髪の優しい笑顔を浮かべた-見覚えのある-女性が佇んでいた。
「ファ、リア?」
自分が何かをつぶやいた。
その言葉を理解することもなく、俺は闇に落ちた。