#7件目:ねえ、今どんな気持ち?
(いや、ただの他人の空似だな。世の中には自分にそっくりな人が三人いるって言うし……うん、きっとそれだ)
ヤマトは自分に言い聞かせるように納得しようとするが、その心は揺れに揺れていた。正直、ひよりんとヒルメリアの関係が気になって、ロウランの話など頭に入ってこない。
「うーむ…… そうですな。このままでは埒があきませんので、ここではっきりさせておきましょう。ヤマト様、よくお聞きください。」
ロウランがヤマトの目をじっと見据え、深刻な表情で改まって口を開いた。
「3年前―― ヒルメリア様はこの世界からヤマト様の世界へと渡り、それからはアイドル“ひよりん”として活動されていたのです。そして、私はそのマネージャーとして共に過ごしていました。」
「……は、はひ?」
ヤマトは完全に硬直し、頬をピクピクと引きつらせた。ロウランの言葉を反芻するが、全く飲み込めない。
「つまり、ここにいるヒルメリア様こそが、貴方が応援していたアイドル“ひよりん”の正体なのです。」
ロウランの断言に、ヤマトの視界がグラグラと揺れた。まるで、頭上から巨大な鉄槌を振り下ろされたかのような衝撃だった。
(そ、そ、そんな……ひよりんが、アイドルじゃなくて異世界の王女だったなんて……!)
ヤマトは自分の中の何かがガラガラと崩れ落ちていくのを感じた。
「ちょっと驚かせすぎちゃったかしら?」
ヒルメリア――いや、ひよりん(いやヒルメリア?)はヤマトに向かってからかうようにウィンクを投げかけた。その仕草がまた、“ひよりん”そのもので、混乱するヤマトに追い打ちをかける。
「ねえねえ、今どんな気持ち? どんな気持ち?」
(く、クソガキ……! 俺のひよりんが、こんな生意気な王女様だなんて!)
ヤマトの脳内ではひよりんのイメージがバラバラに崩れ去り、憧れのアイドル像は粉々に粉砕された。彼は混乱と衝撃とその勢いのままロウランに飛び掛かり、襟首を掴んで懇願するように問いただした。
「ちょっと待ってくれ!ロウランさん! 俺が応援してたのは純粋で可憐で、愛らしいひよりんだぞ? それが王女って……しかもこんなクソガキだなんて、嘘だと言ってくれよ!」
ロウランは手を後ろに組んだままじっと動かず、ヤマトに哀憐の言葉を投げかけた。
「心中……お察しする……」
「ちょっとー!それどういう意味よ!」
ヒルメリアがふくれっ面でロウランを非難した。
***
ロウランの説明によると、この国には古くから伝わる伝承があるそうだ――
『闇より目覚めし邪神が、世界を混沌に陥れんとするとき、遠き異界より現れし勇者と神に仕える若き姫巫女、互いに手を携えん。彼らの導きにより、四方の国は一つとなり、その旗のもとに全ての王が集結せん。勇者と姫巫女は幾多の試練を乗り越え、黒き影を断ち、世界に再び光と安寧を取り戻すであろう――』
「この伝承は、時を超えて語り継がれ、多くの人々に希望と勇気を与えてきました。」
「……まるでおとぎ話だな」
ヤマトは半信半疑でロウランを見つめた。ロウランは黙って頷いた。
「そちらの世界の方からすると、そう聞こえるかもしれませんな。しかし、この国の人々は真面目に、本気で信じている話なのです」
「そんなに?」
「ええ、ファンがアイドルの清純を信じているくらいには」
ひよりんが横から茶々を入れる。
「全然信じてねぇじゃねーか!」
「姫さま!」
ロウランが制止すると、ひよりんは肩をすくめていたずらっぽく笑った。
「冗談よ。でも、熱狂的なファンがアイドルを妄信するのと同じくらいに、この国の人たちは勇者と姫巫女のことを熱く信じている……信じたいの。これは本当」
「勇者と姫巫女……」
ヤマトがぼそっとつぶやくと、ひよりんはにっこりと笑って指をさす。
「そっ、つまりあなたと私よ」
「……俺たちが?」
「そうよ。推しのアイドルと一緒に世界を救えるなんて、ファン冥利に尽きるでしょ?」
ひよりんが「さあ!」という感じで手を差し伸べた。しかし――
「……断る!」
ヤマトはハッキリとした口調で言い放った。
「ええー!? どうして?」
信じられないという表情のひよりんに、ヤマトは思い切り顔をしかめて詰め寄った。
「ひよりんさんよぅ、『反転アンチ』って言葉、知ってるか?」
「もちろん。この世で一番惨めで可哀想な人たちのことよね」
ひよりんがあっけらかんとして答えた。
「……違いねぇな」
ヤマトの目にはうっすら涙が浮かんでいる。
「俺はこの一年、ずっとひよりんのために頑張ってきたんだ。暑い日も寒い日も、雨の日も風の日も、ひたすらバイク便で荷物を届けてきたんだよ……」
「私も一緒でした!」
リリィが勢いよく割って入った。
「ああ、そうだ。リリィも一緒に」
「じゃあ、今度は二人で私を届けてよ。国民の希望っていう大荷物と一緒にね♪」
「やだね」
「なんでよ!」
「なんでって、そんなの決まってんだろ!俺はアイドル追っかけたくて必死に働いてたの!そのアイドルがこんなんって分かって傷心してんの!そんなときに、急に世界を救えとか言われても困るっつーの!」
言い争いが白熱し、互いに譲らない二人。その様子にロウランもリリィも呆れ顔でため息をついた。
「伝承の勇者と姫巫女が…… こんな姿を民が見たらどう思うか……。」
そのときだった――
「はっはっはっはっ!」
威厳ある笑い声が響き、争う二人の前に国王が姿を現した。鍛え抜かれた肉体、鋭い眼光、荘厳な衣装をまとい、威圧感たっぷりだ。が、その表情はとても柔らかく、不思議な魅力を感じる。
「それではヤマトどの、まずは儂からの依頼を聞いてはくれぬか?」
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