#5件目:ソロライブ!
メイドに案内され、ヤマトとリリィは王の間へと向かう長い廊下を歩いていた。途中、リリィがそっとヤマトの耳元で囁く。
「ヤマトさん、何か様子が変だと思いませんか?」
「そう? 別に変わったことはないと思うけど? 」
「人が見当たりません。先ほどここを通ったときにはメイドや兵士、城の人たちと何人もすれ違いました。」
「言われてみれば……お昼休みとか?」
リリィは周囲を警戒しながら歩を進めた。彼女の背筋はピンと張っており、一瞬たりとも隙を見せないという構えだ。一方、ヤマトはそんなリリィの後ろを吞気にダラダラとついていく。
やがて、二人は再び王の間の重厚な扉の前に立った。メイドが無言で扉を押し開くと、先ほどの豪華な輝きとは打って変わって、そこには不気味なほど真っ暗な部屋が広がっていた。シャンデリアも蝋燭もすべて消えており、窓には暗幕が下ろされ薄暗い光すらない。
二人は一瞬立ち止まり、顔を見合わせた。
「えっ、なんでこんなに真っ暗なの? 罠にしてはあからさまに過ぎない? 入んなきゃだめ?」ヤマトが不安げに呟く。
メイドは無言のまま頷くだけで、二人に先へ進むよう促した。リリィは少し眉をひそめながらも、慎重に一歩ずつ進んでいく。「何かが隠れているかもしれません。気をつけてください」と、小さな声でヤマトに告げた。
ヤマトはごくりと唾を飲み込みながら、リリィの背中を頼りに歩みを進める。心臓の鼓動が次第に速くなり、暗闇に向かって足を踏み出す度に嫌な汗が背中を伝う。やがて、二人は王座の近くまで差し掛かった。
その時だった――突如、床から白い煙がふわりと立ち込め、冷たく湿った霧が二人の足元を覆い始め、瞬く間に部屋全体を覆った。思わず後ずさりするヤマトの目に、ぼんやりとした淡い光が映る。目を凝らすと霧の中には複数の人影が浮かび上がった。皆一様に黒いローブをまとい、杖を構えている。
「魔術師?」
次の瞬間、魔術師たちの杖から一斉に閃光が放たれ、激しい光がヤマトとリリィ、そして部屋中を包み込んだ。
「うわっ!」ヤマトは思わず腰を抜かし、その場に尻もちをついてしまう。
リリィは素早くヤマトの前に立ち、両手を広げて彼をかばった。「ヤマトさんは私が守ります!」
絶体絶命……!ヤマトが覚悟した、その時だった。
今度は突如、爆音が王の間に響き渡った。
「ぐわぁぁぁぁ……!!」
大げさに倒れこむヤマト。
「ん?何ともない。俺、生きている?」
「ヤマトさん、ただ音楽が流れているだけです。少々大音量過ぎますが。」
「そ、そうなの? いやぁもう、恥ずかしいなぁ。アハハハハ……。 えっ!?」
冷静さを少し取り戻し、大音量にも耳が慣れ始め、そのイントロがはっきりと聞こえた瞬間、ヤマトはハッと目を見開いた。
「この曲……まさか、ひよりんのデビュー曲『Fate Brings Us!』じゃないか?」
異世界でこの曲を聴けるなんて……!彼は音の出どころを確かめるため、霧の向こうに意識を集中させた。
すると、部屋中に放たれていた光が霧の中の一点に集まり始める。眩い輝きが闇を切り裂くように重なり、その中からゆっくりと一人の少女が浮かび上がった。
「え、まさか? いや、そんなはずは……」
「いや、そんなはずはない……でも、このシルエット……」彼は半信半疑で目をこするが、見間違いではなかった。
霧の中から現れたのは、まさしく彼の推しアイドル、ひよりんその人だったのだ。
***
「ひ、ひよりん……!」
ヤマトの目は歓喜に輝き、心臓がドキドキと高鳴った。彼がこの一年、親の顔よりも見続けてきたアイドルの姿がすぐそこにあるのだ。
彼女はいつもの眩しい笑顔でおなじみのポーズをキメた。
「みんなー! 今日は思いっきり楽しみましょうー!」
魔術によって生み出された霧と光、音が飛び交う中、ひよりんのライブパフォーマンスが始まった。
「この声、あのダンス、間違いなくひよりんだ!」
いつの間にか、ヤマトたちの周りには大勢の人たちが集まっていた。兵士に文官、メイドに料理人まで、観客たちは思い思いに体を揺らし、コールや手拍子で盛り上がっている。杖を持った魔術師たちが操る光、増幅魔法で作り出された音響、王の間は今や壮大なライブステージと化していた。
煌めくライトの中、ひよりんの動きが一層際立ち、観客たちの興奮は高まるばかりだ。
瞬く間に熱狂の渦に包まれた会場。リリィは状況が飲み込めず、戸惑いながらヤマトの方を振り返った。
「ヤマトさん、これは……何が起こっているのでしょうか?」
しかし、床にへたり込んでいたはずの彼の姿はそこにはなかった。慌ててヤマトの所在を確認するリリィ。「ヤマトさん!どこですか!? ヤマトさん!!」
ヤマトの姿はすぐに見つかった。彼はいつの間にか最前列に躍り出て、目をキラキラと輝かせながら一心不乱にオタ芸を繰り出していたのだ。周囲の観客たちと声を合わせ、絶妙なタイミングでコールを入れる。その姿は、まさにドルヲタの真髄。激しくうねるようなダンス、ペンライトのリズム、そしてひよりんへの熱い叫び――
「ひよりん!最高だーーーっ!!!」とヤマトが叫ぶと、他の観客たちも口々に歓声を上げる。ひよりんが小さく手を振るだけで、その動きに合わせて観客全員が歓喜する。その一体感と圧倒的な熱気に、ヤマトの心は完全に支配されていた。
「ひよりん、ずっと応援してるからな!俺はお前のために生きてるんだ!」
ヤマトは涙を浮かべながら声を振り絞った。
「……何やってるんですか、ヤマトさん。」
呆れるリリィをよそに、ヤマトは最高のライブを楽しんだ。
アンコールに応えて新曲が歌い上げられた後、ライブパフォーマンスは幕を閉じた。拍手喝采が巻き起こり、喧騒は治まることはなかった。汗だくのヤマトは夢見心地で宙を仰いだ。
「俺、もう死んでもいい。」
「何てこと言うんですか!」「何言ってるのよ、バカ!」
二人の少女が同時にヤマトに詰め寄った。一人はリリィ。そしてもう一人は……なんと"ひよりん"だった。
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