#4件目:トイレくらい一人で行ける
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「状況を整理しよう。」
届けられた服を身にまとい、ヤマトはソファに腰を落ち着けた。
俺とリリィが異世界に飛ばされたきっかけは、間違いなくあのスライムたち――バイク便の荷物から飛び出してきた、あいつらだ。
しかも、その荷物を預けたのは顔に傷のあるいかつい男。驚いたことにその男がこの城の王の間にいた。
つまり、俺たちをこの世界に飛ばしたのはあの男の仕業と見て間違いない。
「仕組まれてたってことか?」
わざわざ俺に荷物を運ばせスライムに襲わせる手口を考えれば、狙われたのは間違いなさそうだ。もともと目を付けられていたということか。
何らかの理由で元の世界にいた俺の中に勇者の素質を見出した……?
「何をやらせても凡庸でこれと言って取り柄無し。バイクとアイドルが好きなだけのチェリーボーイのどこにそんなものを見出したんだか……」
「そうですね。」
「いや、そこは否定するとこですよ、リリィさん。」
ともかく、リリィも一緒に来てくれたのはありがたい。
スマホも財布も何もかも失った今、異世界で俺一人パンツ一丁だったらどうしようもなかったからな。もともとバイクってだけあって彼女のパワーとスピードは人間離れしているようだ。本当に心強い。
俺自身も何かしら特殊な力を授かっていたのならよかったのだが……どうやらその気配はなさそうだ。
ここはリリィに頼らざるを得ない、か。なんだかちょっと情けない。
「ぶるるっ、悪い、ちょっと用足しに行ってくる。」
「お一人で大丈夫ですか?」
「子供じゃあるまし、トイレくらい一人で行けるって。」
ヤマトが部屋を出ると、廊下で世話役のメイドが待機していた。
「勇者様、どちらへ?」
「あー、ちょっとトイレね。」
「では、ご案内します。」
「いいって、いいって、女性にトイレまでついてきてもらう趣味はないよ。」
「あっ、でも……」
ヤマトはメイドの引き留めも気にせず、足早に廊下を進んでいった。
「……お城の中、広すぎて使用人でも迷うことがあるんですけど……本当に大丈夫かしら」
***
メイドが心配顔で待っていると、さほど時間もかけずにヤマトが戻ってきた。
「お帰りなさいませ。迷われませんでしたか?」
「えっ? いや、普通に行けたけど……?」
ヤマトのきょとんとした顔に、メイドはさらに困惑の表情を浮かべる。
(みんな心配性なんだから……)
彼女の視線を背に、ヤマトは部屋へと戻った。
「さて、状況整理の続きだ。」
とにかく、現状では元の世界に戻るための一番の手がかりはあの顔に傷のある男だ。あの男もこちらの世界に戻ってきているということは、二つの世界を自由に行き来する方法があるということだろう。
どうにかして、その方法を聞き出すことはできないものか。リリィに一発ぶん殴ってもらうとか――
「あの……ヤマトさん」
「ん?どうしたリリィ?」
「ヤマトさんは、元の世界に帰りたいんですか?」
「そりゃあ、もちろん。また二人で東京の街をかっ飛ばそうぜ!」
「……ふふ。そうですね。」
リリィの少し淋し気な瞳にヤマトは気づけなかった。
「それに……」
どうしても元の世界に帰りたい一番の理由。それは推しアイドルのひよりんのためだ。今回の握手会には間に合わなくても……次もある、そしてその次も。新人アイドルの彼女にとって今が一番大事な時期なんだ。俺がしっかり支えないと!
そのためにも帰る方法を知る必要がある。
「やっぱり、あの男をぶっ飛ばすしか――」
そう言った瞬間、部屋の扉がノックされた。ヤマトはビクンッと驚き、緊張の表情で部屋の入口を見つめた。入ってきたのは先ほどのメイドだった。
「準備が整いました。王の間へご案内いたします。」
「は、は、はい!」
動揺を隠せないヤマトの体からは、大量の冷や汗が吹き出していた。
ありがとうございます。次の話から本題に入っていきます。読んでいただけると嬉しいですm(_ _)m