#2件目:パンツ1枚の温情
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「……んん?ここはどこだ……?」
ヤマトは眩しい光を受けて意識を取り戻した。目をこすりながら周りを見渡す。最初に目に入ったのは豪華な装飾が施された天井だった。
体を起こし、ふらふらと周囲を確認する。大理石の床に、ズラリと並んだ立派な石柱。大きなガラス窓の前には……玉座?座っているのは王様か?
そして、ヤマトのすぐ隣には謎の少女が一人。凛と美しく姿勢を伸ばしている。さらに周りには、15人…いや20人くらいの人たち。みんなこちらをガン見している。
「ここは、城の中……なのか?」
状況が全然飲み込めないヤマトは、必死で自分の記憶を探ろうとした。そういえばさっき……スライムに飲み込まれて……。あの瞬間のあの感触……まだ鮮明に残っている。あのぷよぷよした感じ……ムニュムニュしてて……
「悪くはなかったな」
などと呟きながらヤマトはふらっと立ち上がる――
「はい。マスター」
隣の少女がすっと手を貸してくれた。
「お、おお、ありがとな。……ん?マスター?」
ヤマトがまだ状況を把握する前に、腹に響く大きな声が飛んできた。
「おお、勇者たちよ!ついにおいでくださったか!」
「へっ?勇者?」
声の主は間違いなく玉座にドカンと座っている王様らしき人物だった。ガタイの良い大男。今にも戦場に飛び出して先陣を切りそうな、いかにも武闘派の王様だ。
その大男がヤマトにまっすぐ視線を向けて「勇者」と呼んだのだ。
(いや、むしろあんたが勇者でいいんじゃない?)
――などと心の中でツッコんだとき、ヤマトは「へくしょんっ!!」とド派手なくしゃみをかました。
「うぅ、寒っ!」
そのときになって、ようやく彼は自分がどういう姿でいるのか気がづいた。王の間の……衆人環視のど真ん中に立っている自分は、なんとパンツ一丁ではないか。
「なんで俺、パンツ一丁……?俺の服……ライダースーツは??」
慌てふためくヤマトに、王は淡々とした声で説明した。
「こちらの世界に渡るとき、高度な文明の所持はすべて許されんからな。そのライダースーツという衣服も失われたのだろう。」
「え、じゃあ、このパンツは?一応これ、高機能なお高いおパンツなんですけど?ムレないし脱臭機能付き!」
「高機能かどうかは知らんが。……おそらく、女神さまの温情であろう。」
温情でパンツ一枚とは――
「お優しい女神さまなことで。」と、ヤマトは苦笑いを浮かべつつボソッと呟いた。
王は意に介さず、改めてヤマトを見据えた。「そんなことより、勇者どの。」
(そんなことって……、俺にとっちゃ結構重大なことなんだけど……)
それにしても「マスター」だの「勇者」だの、わけわからん呼び名が飛び交う日である。というか、この人たちはパンイチの男に向かって「マスター」だの「勇者」だの言っていたのか。実に滑稽である。
いや、むしろその愚直な真剣さが怖い……。
「あのぅ、ちょっと待ってもらえます?俺はただのバイク便ドライバーなんですけど……。勇者とか言われても、それはちょっと困るというか、なんというか……」
ヤマトはビビりながらも丁重にお断りをいれた。
しかし、王は高らかに笑い声を上げ、有無を言わせぬ調子で言い放つ。
「謙遜なさるな!あなた方こそ、選ばれし勇者たち。この世界を救うために、我々のもとへ導かれたのですぞ!」
(うゎ……聞く耳持ってねえ……)
作戦変更――。こういう輩にはガツンと言うのが一番だ。
ヤマトは【人間性のギア】を【ロー】に入れ、王に向かってまくし立てた。
「ていうかさー、"あなた方"って何? "あなた方"って!?俺は常にぼっち!天涯孤独のぼっちなんですけど!? 勇者かなんか知らないけど、俺なんかがそう簡単にパーティーを組めるとか思わないでもらえますぅ!?」
「なに?」
王の眼光がギラリと光る。
「い、いえ……その……。」小動物がどんなに威勢を張ろうが、所詮は小動物である。調子に乗りすぎるのは命取りだ。ヤマトは縮み上がった。
王の視線がスッと横に移動した。つられてヤマトもそっちを見る。
隣に佇む青髪の少女。クールな瞳に、美しい氷細工のような姿。そんな美少女がじっとこちらを見ている。
「もしかして、"あなた方"って……俺とこの子?」
ヤマトは失礼なほどにジロジロと観察した。腰のくびれ、程よい肉付きの手足。そして……うおっ、豊満な胸!その胸を強調するようなデザインの……甲冑?鎧?いや、もっとメカニックな…… てか、なんかやけに露出が多くね?
「はい。マスター。」
また少女が「マスター」と呼んだ。ヤマトは戸惑いつつ尋ねる。
「マスターって……。俺、君の主人になった覚えはないんですけど?」
「いいえ、マスター。私はあなたのものです。」
「俺のものかー、そうかそうかー。ぐへへへへ……」
どこの誰だか知らないが、こんな美少女に「あなたのもの」と言われて悪い気はしない。ヤマトは思わず鼻の下を伸ばした。
「ん、んんっ……!」
どこからか若い女性の咳払いが響く。ヤマトが反射的にそちらを見ると、そこにはエレガントで品の良い服をまとった見るからに高貴な少女が立っていた。
遠目にも彼女の姿は目を引き、周囲の景色の中で特別な存在感を放っていた。小柄ながら背筋をまっすぐに伸ばし自信に満ちた佇まい。しなやかな体のラインは引き締まっており、健康的な肌が柔らかな光を反射している。彼女の存在感は、静かな空間の中でひときわ目を引く。
雰囲気から察するにおそらくまだ十代後半の少女……こんなところにいるということはお姫様か?ベールのようなもので隠れていて顔はよく分からない。
「あんな人もいるのか……さすがは異世界って感じだな。」
ヤマトがじっと見つめていると、その視線を遮るように一人の屈強な男が前に立ちはだかった。ヤマトは慌てて目をそらす。
「や、ヤバい……。」
男の無言の圧力に思わず下を向く。
「いや待て、この男……どこかで見たような……?いや、異世界に知り合いなんているわけないよな。」
ヤマトは頭を掻きながら、記憶を掘り起こそうとした。
「あーっ!」とヤマトは突然大声を上げた。
「思い出したぞ!その顔の傷……!あ、あんたは……!あわわわわわわ……!」
恐怖と驚きで、ヤマトの足がガクガクと震え、そのまま腰が抜けてしまった。目の前の男がゆっくりとヤマトに向かって歩いてくる。
「く、来るな……!」
必死に後ずさりしようとするが、地面に座り込んだまま逃げられない。男がヤマトの前で膝をつく。
「うわぁぁぁぁっ!」ヤマトはその場で力が抜け、白目をむいてパタンと倒れた。
「……やれやれ。」男は小さなため息をついて立ち上がる。
そして王に向かってうやうやしく進言した。
「突然のことで勇者様はかなり混乱されているようです。」
「…………余には、そなたにビビって気絶したように見えたのだが。」
「気のせいでございましょう。ここはいったん、勇者どのにお休みいただいて、心を落ち着けるのがよろしいかと。」
王はゆっくりとうなずき、提案を受け入れた。「服も用意して差し上げろ。」
「御意――。それから……」男は高貴な少女に向き直り続けた。
「姫様、例の準備をお願いできますかな?」
姫と呼ばれた少女の楽しげな声が飛び跳ねるように王の間に響いた。
「もちろん、任せてちょうだい♪」
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