#1件目:危険な荷物
「まじ無理だって!頼む、なんとかしてくれーっ!」
少女の背中にしがみついたまま、青年――ヤマトは叫んだ。
ヤマトを背負いながら、少女は人間離れしたスピードで荒野を駆け抜けていた。フリルたっぷりのミニスカートがひらひらと舞い、むっちりとした太ももが露わになる。アイドル衣装の胸元に付けられたリボンもまた激しく上下している。
だが、ヤマトにとってはそれどころではない。目も開けられないほどの風圧で、彼の顔はぐにゃぐにゃに崩れ、歪んだ景色が目の前を猛スピードで駆け抜ける。二人の背後では、獰猛な魔獣の群れが牙をむき出しにして追いかけてきていた。
「リリィ、前!前!前!」
二人の目の前には、今まさに迫る渓谷があった。どこまでも深く、下の底が見えない。もう逃げ場所がない、万事休すだ。
「どーすんの、これ?どーすんの??」
「ヤマトさん!飛び越えます!」
「いや、無理でしょっ!ムリムリムリムリ!わーやめて―!」
少女は叫ぶヤマトを背負ったまま、迷いなく渓谷に向かってダイブした――
***
――数時間前。
佐川ヤマトは、東京の街をバイクで駆け抜けていた。
「うぉっしゃあ!今日も絶好調だぜっ!」
秋めく日差しを浴びて、愛車のリリィは青いボディを輝かせ、羽の生えた駿馬のように高速道路を疾走した。風を切る感覚に彼のテンションは最高潮だ。
「いやぁ~、やっぱ俺のリリィが一番だな!心に響くエンジン音!最高のフィーリング!俺とリリィは一心同体だぜ!」
ヤマトの心はいつにも増して踊っていた。なんといっても、午後からは待ちに待った愛しのアイドル”ひよりん”との握手会が控えているのだ。
「ひよりぃぃぃぃぃんん!君のためならこのブラックなバイク便稼業でいくらでも稼ぎまくってやるぜぇぇぇ!」
彼は大通りの真ん中で、まるで少年漫画の主人公のように叫びをあげた。
「……っと、そうだ。ちょっと待てよ?」
ヤマトは急に我に返って、顔をしかめた。
「今日の荷物…いや、これってやっぱヤバいやつだよな……?」
背後のバイク便ボックスに収まっている“ブツ”。
渡してきた送り主はどう見ても堅気の人間ではなかった。顔には傷、スーツはピッチピチで明らかに普段着慣れてない感じ。そして、なによりその目つき――まるで一度でも失敗したら命を奪い取るかのような圧力。
「まあ、細けぇことは気にしない!おれはただのバイク便ドライバーだし!俺にはひよりんが待ってるからなぁ!」ヤマトは再びテンションを振り切ろうと、アクセルをぶん回した。
しかし、彼が背後で起こる異変に気が付くのに、それほど時間はかからなかった――
***
グリップを思いっきりひねると、リリィはさらにスピードを上げて東京の街をかっ飛ばす。風を切る感覚はまさに最高!……のはずだったが、やはりヤマトの頭には一抹の不安がよぎる。
「いや、待てよ。あの怪しげな依頼主、やけに迫力あったし…もしかして、俺って危険な仕事に手ぇ出しちゃった?」
そんなことを考えていると、背後のボックスがゴトゴトと音を立てはじめた。まるで中の“ブツ”がここから出せと主張しているかのようだ。冷や汗がヤマトの首筋をつたった。
「おいおいおい、やめてくれよ、まさか生き物とかじゃないよな?」
間違いなく何かが動いている振動をリリィ越しに感じる。
「なんだよこれ?こんなの聞いてないって!」
しかし、ここで立ち止まってる暇はない。そうだ、今日は握手会!大事な握手会!ひよりんが待ってるんだ!さっさと仕事を終わらせなければ。
「知らん知らん!俺の仕事は荷物を届けること。ただそれだけっ!」
問題は後で考えればいい……たぶん。
「今日はひよりんに会う日なんだ!厄介ごとは御免だ!」彼はそう叫ぶと、後ろを振り切るようにスロットルを開けた。
2分後――
『ゴトゴト……、ゴトゴトゴト……』
「気のせい気のせい!気にしない!リリィのエンジンは今日も快調だし!」
5分後――
『ガタガタガタ、ガタガタガタガタ……!!』
「お、おい!?さすがに音がデカくなってきたぞ!?いやいや、気にしない気にしない!俺には関係ないしな!リリィも問題ないし!」
10分後――
『ガシャンゴシャンッ!!ガクガクガタガタガタガタ!!!』
「ぎゃあああっ!?ちょ、何の音だよ!?後ろで何が起きてんだ!?爆発でもすんのか!?それとも、宇宙人でも閉じ込められてんのか!?」
ついに限界を迎えたヤマト、顔面蒼白でリリィを公園の脇に停めると、震える手でボックスに手を掛けた。
「くそっ!めんどくせぇ。しかし、俺には見る義務が……ある!たぶん!」
「覚悟は決めた……。いくぞ!いいな?いいな?」
「……ゴクリ。……いざ、オープン!」
ヤマトは意を決してボックスのフタをそっと開けた。隙間から飛び出してきたのは、何と無数のカラフルでぷよぷよした物体だった!
「おおおおっ!?何だこれはぁ!?スーパーボール?……い、いや、生きてる。……スライム的な……??」
スライムらしき生物は一斉にピョンピョン跳ね回り、そこらじゅうを色という色で埋め尽くした。青、緑、オレンジ、ピンク……。ヤマトは思わず後退り、リリィのハンドルを握りしめる。
「生きたスライム!?ゲームじゃあるまいし!モンスターを運ぶクエストなんて受注した覚えねぇよ!」
リリィにまたがりイグニッションに手を伸ばす。 「とにかく逃げないと!」
その瞬間、スライムたちが一斉に集まり、ヤマトを包み込むように押し寄せてきた。
「な、何だ、こいつら!?おい、待て!近寄るなぁ!!」
あっという間にヤマトはスライムに飲み込まれてしまった。視界は色とりどりのスライムたちに囲まれ、まるで夢の中にいるかのようだった。もちろん悪夢だが。
息が苦しい、鼓動が治まらない、でも全身が包まれる感覚がちょっと心地良い……。
「ああん、そこはダメ……っ」
何が起きているのか全く理解できないまま、視界が遠のいていく。
「うわあああああっ!た、助けてくれぇぇぇぇぇ!!!」
最後の力を振り絞り叫び声を上げた次の瞬間、何かの力に引き寄せられるように光の渦に包まれ、次第に意識が薄れていった。
ありがとうございます。次の話も読んでいただけると嬉しいですm(_ _)m