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八話

「あら、そのドレスきれいね!着ているのがお姉さまじゃなかったら見れたものだったのでしょうに、もったいないわ!」

「…………」



 言い返す気力すらない。

 そういわれると、ドレスに対して申し訳ない気さえしてしまう。



「ボナム、こいつは?」

「あ、ええと……」



 何やら不機嫌な顔つきになったアリアス様に何を言おうか悩んでいると。



「あら?」



 リンダのピンクサファイアに似た瞳が、彼を捕えた。



「あらあ、はじめましてえ、わたくしリンダ・ゴールドシュタインと申しますわ!」



 彼女には王太子殿下がいるだろうに。

 いつもそうである。

 彼女は、その容姿で、無邪気さで、両親をはじめとした多くの人から愛されてきた。

魅力で、誰もかれもを虜にしてきた。

 両親も、王太子殿下も、彼女を選び、彼女だけを愛した。

 常々「不細工」「欠陥品」「かわいげがない」と言われていた私とは正反対だ。

 いや問題は、リンダとアリアス様が出会ってしまったことだ。

もし、アリアス様がリンダを気に入ってしまったら。

 彼も、リンダを愛するようになったら、私はどうなってしまうのだろう。

 いやきっとそうなる。

 そうなると思ったから、彼を一人にしておきたくなかったから、リンダと合わせたくなかったから同行を申し出たのに。

 こうして王都まで戻った結果、私のみすぼらしさと彼女の美しさがよりはっきりと際立ってしまう。

 わかりきっている。

 これまで誰からも愛されなかった経験が教えてくれる。

 そう思っていると。



「これは、何のつもりでしょうか?リンダ嬢」



 ぴしゃりと、冷水を頭からかけられるような声が脳裏に響く。

 恐る恐る顔を上げると、アリアス様はリンダを見ていた。

 ただし、その目にあるのは好意などではなく、侮蔑と嫌悪だった。



「ええと、私、何か粗相をしてしまったでしょうか?」

「粗相どころではありませんな。私がアナタの姉と――ボナムと婚約していることはご存じのはず。何を考えていらっしゃるのか?」

「えっ」



 リンダは、ようやく気付いたらしい。

 目の前の人物が、彼女が田舎者と馬鹿にしていたアリアス・パラディ辺境伯であると。

 貴族の顔写真は、社交界において共有される。

 当然相手の顔と名前が一致しないなどあってはならない。貴族にとって貴族の顔を覚えるのは義務なのだが……リンダはそれすらやっていなかったらしい。

 我が妹ながら、そこまでやっていなかったのかと呆れるより先に感心してしまった。



「ええとお。私は貴方と仲良くなりたいなと思ってえ、よかったら二人でお話――」



 リンダは、今更ながらあわててアリアスとの距離を詰めようとする。



「リンダ嬢、貴女は王太子殿下と婚約されていると伺っております。そのうえで、私と二人きりになりたいとおっしゃるのですか?」



 初対面の時と同じくらい、あるいはそれ以上に冷たい声で彼は言い放つ。



「今の言葉は、聞かなかったことにいたしましょう」



 言葉は、穏やかだった。表情は、笑顔だった。

 しかし、彼が身にまとっている雰囲気はその対極に位置していた。

 極北がごとき冷気が、彼から発せられている。

 そう感じられるほどに、アリアスはリンダに怒り、そして拒絶していた。

 どうして、と思う。

 しかし、次の言葉で私の疑問は氷解した。



「私の婚約者を、ボナムをこれ以上侮辱するなら、次はないと思いなさい」

「ひっ」



 リンダは、ぺたん、と腰を抜かしてしりもちをつく。



「行こうか、ボナム。あいさつ回りの途中だ」



 アリアスはそう言って、左腕を私の右腕に絡めてきた。

 恥ずかしいけど、悪い気はしない。

 むしろ、私を見つめる先ほどとは打って変わって真逆の優しいまなざしと声色に心が温かくなるのを感じる。



「アリアス様」

「どうかしたか?」



 さっき言い損ねた言葉を、言うことにする。



「アリアス様は、とても格好いいです」

「……ありがとう」



 顔が真っ赤だったのは、気のせいだと思うことにしよう。



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― 新着の感想 ―
[一言] 妹ちゃんは貴族に生まれてしまったのが不幸ですね。普通の生まれなら、ちょっと抜けてる可愛い子として普通に楽しく生きていけそうですが。
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