七話
「先程は、レオナルドが済まなかった」
「い、いえ私は別に」
「そうなのか……」
アリアス様は、なぜかしょんぼりとしている。
私がレオナルド様と距離が近かったことで嫉妬なさっているというのは流石に考えすぎでしょうね。
「ところで、お願いがあるのだが」
「なんでしょう?」
「水月祭に、一緒に出てはくれないだろうか」
水月祭。
それは、王国の伝統行事である。
水月という
同時に、多くの貴族が一堂に会する、社交の場でもある。
ゆえに、辺境伯であるアリアス様が参加するのはおかしなことではない。
というか、多分毎年参加しているんだろう。
私は家事を強制されていたので出る機会はなかったが、リンダはほとんど毎年参加していたはず。
そしてパートナーのいる貴族は、パートナーを連れて行くのがマナーだったはず。
「あ、あの」
「嫌か?」
選択肢などあるはずもない。彼が希望するのなら行かなくてはならない。
できれば王都には戻りたくなかったのだけれど。
「無理はしなくてもいい。俺一人で行っても、問題があるわけじゃない」
いらない人間だと思われたら。
それだけは、許容できない。
「行きます」
「わかった。ただし、無理はするなよ」
こちらを心配そうに見てくる彼に、私は精いっぱいの作り笑いで答えた。
◇
魔導列車に乗ること半日。
半年ぶりの王都は、記憶の中にあったものと大差なかった。
私とアリアス様の二人だけです。
「あの……アリアス様。どうして、手を握っておられるのでしょうか?」
「嫌か?」
「い、いえ?」
電車の中で、トイレなどに行くとき以外はほとんど常に手を握っていた。
いやなわけではない。
男性特有のがっちりした手が、私を守ってくれているようでとても安心する。
だが、その一方で手を握られているという緊張感で動悸がすごいことになっているのもまた事実だ。
異性の体に触れたことが人生でほとんどない状態で、絶世の美男子に手を握られているのだ。
心臓がはじけ飛んでしまっても、無理はないはずだ。
本当に助けてほしいと祈る気持ちでいっぱいだった。
まあ、別に嫌というわけでもなかったのだけれど。
繰り返すが、私達は婚約中の身である。
むしろ、距離が遠い方が問題である。
これはきっと、愛されているんだなと感じるし、嬉しいと思う。
同時に、自分なんかがこんな風に愛されてもいいのかとさえ思ってしまう。
◇
水月祭。
それは、冬に行われる、新年を祝う祭り。
王都はパラディ領と比べれば遥かに温暖だが、それでもしんしんと雪が降り積もっている。
そんな中で、無事に一年を乗り切れたことに安堵し、来年をより良い年にすることを祈願する祭りである。
「王城は懐かしいかい?」
「あ、いえ」
むしろ彼女にとって王城はトラウマだ。
人生で訪れたのはただ一度きりであり――その際に婚約破棄をされ家から追い出されてしまったのである。
とはいえ、そんなことをアリアス様に言ったところでどうにもならないだろう。
おほん、というアリアス様の咳払いに意識を強制的に引き戻される。
「と、ところで、その、よく似合っているな、ドレス」
「ああ、はい。ソーニャさんが選んでくださったのです」
私が来ているのは、濃紺のシックなドレス。私の地味な顔立ちを考えれば、確かにこれが一番いいのかもしれない。ドレスなんて着せてもらえたことがないからそれだけで十分ではある。
こちらを見るアリアス様の顔が赤い。
体調が悪いのだろうか。まさかね。この人に限ってそんなことはないだろう。
「アリアス様も――」
言わなければならないことを言おうとした私を遮って、鈴のような声が響いた。
「あら、お姉さま、お久しぶり!」
声の主について説明するならピンクのドレスを着た、ピンクの髪と瞳をした少女。
顔立ちは並ぶものがいないほどに美しく、彫刻と言われても納得できてしまう。
だというのに、不快感がぬぐえない。その理由は。
「リンダ……」
一番会いたくない人物だったからだ。