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二話

「あ、頭を上げてください。そんなふうにされるようなことは」

「いえいえ旦那様の奥様になられるのですから、私が敬うのは当然のことでしょう」

「そ、それは、でもいつ追い出されるかわかりませんし」

「まあ確かに坊ちゃん……いえ旦那様は気難しいところがありますからね」



 ソーニャさんは苦笑する。



「どうか旦那様を嫌いにならないであげてくださいね、ボナム様」

「いえ、嫌いなわけではないです」

「そうなんですか?」



 嘘ではない。私はパラディ辺境伯のことを怖がりこそすれ嫌っているわけではない。



「この五年間で帝国の侵攻をもう二十三回も退けている救国の英雄にして、結界魔法の技術体系を百年分推し進めた偉大な研究者でもありますから」



 帝国と隣り合う辺境都市パラディは、国防の要だ。

 並みの人間ではパラディ領を治めることはできない。

 胆力と武力が同時に求められる。

 パラディ家は代々結界魔法を開発し、国防に役立ててきた歴史があるのだ。



「あら、よくご存知なのね」

「特に画期的なのは感知学習機構結界ですよね。まず一枚目の防御性能を持たない感知結界で攻撃の属性を把握して二枚目の結界が特定の属性に特化した結界へと変質する。このシステムによって消費魔力は従来の結界と同じなのに耐久力は二十倍になっているのですから技術革新どころかもはや産業革命といっても過言ではありません」

「あの」

「さらには特定の属性だけを防ぐ結界の延長として防音や遮熱の魔道具生産まで手がけるだなんて」

「ええと」

「以前から炎を出して暖を取る魔道具は多数ありましたが、結界を使って熱を逃さないというコンセプトがまず素晴らしいです。欠点は部屋一つごとに術式を組み直す必要があるので量産ができないことですが、公共施設に使うだけでも十分ーー」

「ボナム様?」

「あ」



 しまった、つい熱中して語ってしまった。



「申し訳ありません、つい……」

「魔法が好きなんですね、ボナム様は」

「あはは、はい」



 私は生まれた時から魔法が使えない。

 だからこそ、私は魔法の勉強が好きだった。

 リンダと違って家の外に出ることも、学校に行くことも許されていなかったが家にあった本をこっそり読んで、独学で学んだ。

 一応体裁のために最低限の読み書きだけは教えられていたのが役に立った。

 六歳になってからは朝から晩まで家事ばかりやらされていたけれど、深夜に人目を盗んで勉強し続けていた。

 魔法というものを使えないからこそ、私は魔法に憧れて、好きになっているのかもしれない。



「魔法が好きというのもあるんですが、人のために役立っている魔法技術を見るのが好きなんです」



 だから、正直パラディ辺境伯に会うのは楽しみではある。

 国防の要を担う結界魔法を開発した天才。

 魔法が使えず、何の役にも立たぬと厄介払いされた私にとっては対極の存在であり、憧れの人。

 会いたいという気持ちはある。

 だがしかし、それは群衆の中の一人という意味であって、結婚したいという意味ではない。

 推しは近くではなく遠くから眺めるものなのだ。



 ◇



「ここが、パラディ邸です」



 通された屋敷は、はっきり言って立派とはいえなかった。

 いや、十分豪邸の範疇ではあるのだ。二階建ての大理石でできた邸宅は外も中も白く、普通の家屋の五、六倍の体積がある。

 王都の公爵邸や王城と比べると小さいだけで。

 思えば、一貴族の邸宅でありながら王城に次ぐ大きさのある公爵邸がおかしかっただけで、これが普通なのかもしれない。



「ええと、ここには他に使用人の方はいらっしゃるのでしょうか」

「いいえ?ここには私とぼっちゃーー旦那様しかいませんよ。二年前の戦争の際、臣下を巻き込みたくなかった坊ちゃんが莫大な退職金を払って暇を出したのです」

「……なるほど」


 従者をクビにしたとは聞いていたが、そんな事情があったとは。

 やはり悪人ではないのだろう。


「お前が、件の婚約者か」



 声がした。夜風を連想させる涼やかで清浄な声。

 かつんかつんと階段を下りる音が聞こえてくる。

 降りてきたのは、藍色の髪の偉丈夫だった。

 軍服を完璧に着こなし、星を連想させる銀色の冷たい瞳で、こちらを見下ろしている。

 パラディ家当主、アリアス・パラディ。

 十三歳の時家督を継ぎ、弱冠十八歳でありながら、伯爵として国防と結界魔術開発の第一人者として五年間王国を守っている。



「ボナム・ゴールドシュタインです。お初にお目にかかります」



 スカートをたくし上げ、貴族令嬢としての礼をする。

 彼女としては、最善の行動をとったつもりだった。

 しかし。



「ふん、また婚約者か。くだらないな」

「…………え」



 冷たい目のまま、彼は私を通り過ぎた。



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