十三話
「なにを言っているのかしら。この私が、リンダ・ゴールドシュタインが、誰からも愛されていて最も優れた女性である私が、頂戴と言っているのよ……。ちょっと心が狭いんじゃないの?」
またそれか。
結局何もかも誰かがやってくれて当たり前で、失敗するのは誰かのせい。婚約者を譲れという常識はずれのお願い兼強迫をしているのに、拒絶されれば私が狭量だと断罪する。
けれど大事なのはそこにはない。
「私は、アリアス様を愛しています」
「は?」
正直王太子殿下に対する愛情はない。
婚約した時も顔合わせはしていなかったから、そもそも家から出してもらえず朝から晩まで家事をずっとやらされていたから。
でも、アリアス様は違う。
出会ってまだそれほど時間はたってないけどずっと見てきたから。
「あの人が全部与えてくれたからです。人の温もりも、優しさも、安心も。私に初めてあの人がくれたものです」
「え、な」
「もしも、私があの人を諦めることがあるとしたら、それはあの人自身が私を拒絶した時だけです」
「ぐ、ぬ」
歯を軋ませ、リンダは反論しようとして、言葉が出てこない。
これまで、私は一度たりとも彼女に反論をしたことがなかった。
だってどうせ無駄だと思っていたから。
彼女のバックには父と母がいたし、そもそも全ての人間が妹の味方だと思っていたから。
「けれどもう迷いません、私はここで自分を見つけられたから」
アリアス様に救われた。
ソーニャさんやレオナルド様などよくしてくれる方々との関わりに救われた。
このパラディ辺境伯に住まう人々の表情を見て、ここは地獄なんかじゃなくて天国のような場所なんだと思った。
魔導書を読んで、料理を作って、大切な人たちと語り合う。
些細な、それでいて愛おしい日常を私は手に入れることができた。だから。
「絶対に私は婚約を破棄したりはしません!」
「この、クソ姉貴が!」
狂ったようにリンダは髪をガシガシとかきむしる。
自分ではセットし直すことさえできないだろうに、子供のように苛立ちを撒き散らす。
「出来損ないのくせに、私の愛の邪魔をするな!」
絶叫と共に彼女の右腕には火が灯る。
それは何かの比喩表現などでは決してない。
文字通りに炎の球が彼女の右手に出現しているのだ。
私と違ってリンダは魔法を使うことができる。
と言ってもまともに練習したことはないと思うけど。
炎弾はリンダの体から離れてふわふわと近づき、10秒ほどかけて私の顔に着弾する。
「つうっ」
世界から見捨てられている無魔の私には魔法は効果がない。
が、空気を介した予熱の影響は受ける。
服が、髪が、皮膚が焼けこげる。でも大丈夫。
こうしてリンダに燃やされるのは慣れている。
全身にあるあざが疼くような気がするけど、別にいい。むしろ痛みが紛れる。
「私はもう、折れない!」