十一話
「リンダが、私に会いたいと?」
「ああ、私とお前に謝罪したい、とのことだ。もっとも、どこまで本気なのかはしらんがな」
「…………」
正直、信じられないという気持ちが強い。
それくらい、私の中で家族との間に碌な思い出がなかった。
「断っておくこともできるぞ。というより、私としてはぜひそちらを勧めたい」
アリアス様の言うことは正論だ。
私も、会いたくないと思う。
あるいは、数日前の私なら受けていたかもしれない。
逆らうなと、私に向かって怒鳴りつける父親の罵声が脳裏に浮かぶ。
けれど、今は。
私は、目の前にいる人を、アリアス様の端正な顔をじっと見る。
今は、私を大切にしてくれる人がいる。
「お断り、したいです」
「決まりだな。私から断りの手紙をだしておこう」
じっと彼を見つめていて、私は思った。これほどまでに私を想って、大事にしてくれている人に、私はまだ隠し事をしてしまっている。
私は、魔法が使えない無能であると、まだ伝えていない。いうのが、怖い。
「アリアス様」
「なんだ?」
「私、は?」
意を決して、私が真実を話そうとした時。
こんこん、とノックの音がした。
「失礼します、旦那様」
「何だ?」
「客人を名乗る方々がいらっしゃいました」
「客人?誰だ?」
言い方から察するにフィリップ様などではないのだろう。
まさか、と思った。
そんなはずはない。
まだ手紙の返事を出してもいないのに。
だがもしも。
彼らが断られることを全く考慮していなかったとしたら、どうだろうか。
「私が応対してくる。ボナムとソーニャはここに残ってくれ」
◇
アリアスが一階に降りた時、それは来た。
「「「「「【紅蓮破城】」」」」」
攻城兵器として使われる魔法。炎の破城槌が五十本。
一斉にアリアスに向けられる。
「ふむ」
だが、それを向けられたアリアスは無傷だ。
全自動防御結界である【恒星】が展開され、彼を守っている。
攻城魔法であろうと、国を滅ぼしうる強大な魔法であったとしても、彼に傷をつけることはできない。
戦場では一万人の魔法攻撃を無傷で受け切った逸話もある。
だが。
「動けない……」
炎の柱による圧力が、彼の移動を阻んでいる。
こちらの足止めが目的らしいと、アリアスは悟った。
自分を囲んでいる三十名ほどの魔法使い。
その中に、見知った顔を見つけた。
「これは、どういうことだ?」
「すまんなあ、アリアス殿」
「ヴィジャード殿、私の質問に答えろ。何が貴様の最後の言葉になるのかわからんぞ?」
「端的に言えば、我々の役割は集中砲火による貴殿の足止めだ。しばし付き合ってもらう」
「何を……」
「アリアス殿、君の魔法には欠陥がある。防御は隙がない代わりに、攻撃系の魔法は大雑把で加減が利かないものばかりだ。帝国軍を潰すために山ごと潰した時のようにね。つまり、ここで我々に反撃すれば君以外は全員生き埋めだ」
パラディ辺境伯邸には、長らく仕えてくれたソーニャと、婚約者であるボナムがいる。
石造りの邸宅が崩れてしまえば、彼女たちがどうなるかは考えるまでもない。
「貴様、自分の部下も巻きこんで……」
「君の仲間もいる。だから、君は大技は使えない」
強力な魔法攻撃と人の命を以て、無理やりアリアスをその場に固定する。
(動けない。とはいえ、これだけの出力。わたしはともかく、五分と経たずに彼らは魔力切れを起こすだろう)
そしてそれだけ攻撃を続けていても、アリアス自身には傷一つつけることが出来ない。
だが、五分あれば。
「何をするつもりだ?」
いや訊くべきはそんなことではない。
大事なのは、誰に対して危害を加えるつもりなのかだ。
「狙いは……ボナムか!」
ヴィジャードは何も言わなかった。
その沈黙こそが、すべての答えだった。