一話
頭がどうにかなりそうだ。
「ボナム・ゴールドシュタイン!お前との婚約を破棄する」
婚約者である王太子殿下は、開口一番にそんなことを言ってきた。
「そ、そんな、お待ちください殿下」
「ふんっ、お前が魔法を使えていればこうはならなかったのだ。恨むなら己の無能と魅力のなさを恨め」
努力を怠ったつもりはない。
けれどどういうわけか。
どれだけやっても私は魔法を使えた試しはなかった。
赤子でもできることなのに、どうして私だけができないのか。
生まれつき、才能が欠けていたらしい。
「ゆえに、私は新たな婚約者を迎えることにした」
「ごめんなさいね、お姉さま。でも、貴方が欠陥品なのがいけないのよ」
妹のリンダが、にやにやと笑いながら、私を見下ろす。
ピンクサファイアを思わせる美しい髪と瞳。
顔立ちも整っており、体型も妹ながら非常に魅力的である。
くすんでいてどうしたってまとまらないぼさぼさの黒髪と、骨ばった無駄に背が高い体つきをした私とは正反対だ。
「お前の嫁ぎ先も用意しておいたぞ。パラディ辺境伯だ」
「ぶふっ」
「…………」
リンダが吹き出す。どうやら相当面白いらしい。
しかし私にとっては微塵も面白くない。
"金剛伯爵"というのがパラディ辺境伯の通り名である。
私達が住まう王国は隣国である帝国と幾度となく小競り合いを起こしてきた。
帝国との国境にあり、代々国を守ってきたのがパラディ辺境伯である。
パラディ家は結界魔法の大家であり国防の中枢を担っているといっても過言ではない。しかし国に尽くしてきた仕事ぶりとは裏腹に、彼の評判は異常に悪い。
曰く、「使用人をある日突然一斉に解雇した」だの、「舞踏会で百人の女を泣かせた」だの……。
流石に誇張されている部分もあるのだろうがそれにしたって酷い。
パラディ辺境伯は確かまだ独身だったはずだが、なんで私が結婚することに。
というか王都内でさえこんな扱いなのに田舎に送られたらどうなってしまうのだろう。
それこそ本当に殺されてしまうのではないだろうか。
パラディ辺境伯領は王国の最北端。
切り立った山の麓にある。
山を越えれば帝国だ。
帝国は山を越えてでも我が国の領土が欲しいらしく、幾度となく小競り合いを起こしている。
今のところ、全ての侵攻が食い止められているのは幸いだが。
改めて考えると私は戦争中の最前線に送られたわけで。
貧乏くじを引かされたのだろうな。
私なら戦乱での流れ弾で死んでも構わないということなんだろう。
魔導列車に揺られること約十二時間。
王都から始まる、魔力によって動く魔導列車。
その終点が、雪と山岳の辺境都市、パラディである。
駅を出て、街を見た時の印象は白。
季節はまだ秋だというのに、もう雪が降っている。
一年の大半が雪と寒波に覆われているとは聞いていたが。
ぎゅっと実家から持ち出したぼろきれにくるまる。
彼らは一着のコートすら用意してくれず、着の身着のままで私を放り出してきたのだ。
「失礼。貴方がボナム・ゴールドシュタイン様ですか?」
「あ、はいそうですけど」
私に声をかけてきたのは、メイド服を着た人の好さそうなおばあさんだった。
「私は侍従長のソーニャと申します」
おそらく、私の写真が向こうに送られていたのだろう。
そして、私の顔を見て声をかけてきたというわけだ。
写真を撮られた覚えがないが……まあこの際盗撮には目をつぶろう。
盗撮以上の屈辱や苦痛を受けすぎて、もはや何も感じなくなっている。
少なくともこの人は、そんな事情を知っているとは思えないし。
「遠いところをようこそお越しくださいました」
頭を下げられる。
こんなのいつぶりだろうか。
実家では使用人にすら悪口を言われるばかりで敬われるどころかまともに人間扱いされた記憶さえない。
彼女達が嫌がるトイレ掃除やごみ捨て等の汚い仕事をやらされていた。
あの家で、私の地位が最も低かったというのに。