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いじめられないという選択

作者: わたあめ

あんなに明日が来ないように願ったのに、あっさりと朝は訪れる。


「おはよう、華。朝食すぐできるからね。」


リビングに降りると母が台所で朝食とお弁当を作っている。

カウンターに置かれたお弁当の中はトマト、ブロッコリー、卵焼きが鮮やかに彩を添えていた。母が朝早く起きて、すべて手作りで私のために作ってくれたものなのだ。こんな私のために。


出されたスクランブルエッグとパンを食べるが味がしない。心がざわざわしてかすかに手が震えている。それでも母に悟られぬよう、無理やり押し込んで、飲み込んで、ごちそうさま、とだけ言い残してその場を去る。


絶望した気持ちで着替えをする。入学前はあんなに着るのが楽しみだった制服が、今では見るのも心が苦しくなる。

準備をすませて玄関に行くと、母が笑顔でお弁当を差し出した。

「はい、お弁当。気を付けて行ってらっしゃい」

笑顔の母を見るとどうしようもなく苦しくなる。こんなに私を大切にしてくれる母は、私がこれから地獄へ向かうことを知ったら、きっと悲しむだろう。


学校に近づくにつれて心臓の鼓動は激しくなっていく。どんなに晴れた日でも、そこは私には真っ暗な闇に見える。誰も私と目を合わせない。誰も話しかけない。ただ、すれ違う時私に聞こえるように声が聞こえる。


「ブス。よく学校に来れるね」


くすくすと周りが笑う。私はいたたまれず下を向いて走り出す。高校に入ってから、ブスという言葉をよく投げかけられるようになった。それ以来、私は鏡を見るのも怖い。授業が始まれば、始まってしまえば、彼女たちは静かになる。ただひたすらに休み時間が過ぎることだけを祈る。


一番つらいのはお昼ご飯の時間だ。みんな私を避けるように机をくっつけて昼食をとっている。私は一人ぼっちで、お母さんの作ったお弁当を開ける。クラスメイトの一人がわざとらしく私の机にぶつかってお弁当が床に落ちる。母が早起きして私のために作ってくれたお弁当。あんなに彩り豊かでかわいいお弁当が床の上でぐちゃぐちゃになっている。

つらい。

お弁当を手ですくい上げ、お母さんごめんねと心の中で繰り返しながらゴミ箱へ捨てるしかなかった。あんなに優しい母のお弁当をこの手で捨ててしまった罪悪感と、いじめられている自分への嫌悪感。もう私に生きてる価値はない。存在してはいけない。今日こそ、今日こそ人生を終わりにしたい。


ピコン

LINEの通知が来る。中学時代にいつも一緒にいた友人二人とのグループラインだった。二人は同じ高校に通っている。


明日、暇?3人で集まろうよ。


これが最後になるかもしれないし。


私は行くと返信する。すぐに既読が付き、喜んで動き回るウサギのスタンプが送られてくる。今はこんな風に接してくれていても、もし、この友人たちが今の私を見たら、嫌いになるだろうか。


待ち合わせ場所の駅前のオブジェの前で二人を待つ。待っている間、今の私を見て、二人は私をブスだと思うだろうか、嫌われてしまうだろうか、とそんなことばかりを考えてしまう。


「華!」

二人が手を振ってこちらに走ってくる。

中学でいつも一緒にいた二人は少し大人びていたけど相変わらず無邪気だった。

私を見ても、いつも通りの二人、むしろとてもうれしそうな姿に私は驚いてしまう。


「華、高校どう?」

「まぁまぁかな」

雰囲気を壊すのが怖くてそう言うのが精いっぱいだった。


「まぁ、華はどこでもやっていけるよね」

「そうそう、だって嫌われる要素ないもん。」

二人は私が中学生の時に赤点をとって追試になった二人に勉強を教えたことや、バレンタインの時に夜遅くまでチョコの相談に乗ったことを楽しそうに話す。私は二人に嘘をついているような気持になる。


「私たち華に会いたくてさ。でもほら頭いい学校行っちゃったからもう遊んでくれないかなって。でもどうしても会いたくてさ、LINEしちゃったんだよね。」

照れ笑いしながら言う。


私にはそんな価値はないのに。私はブスで、みんなに嫌われていて、生きてる価値のない人間なのに・・・。二人をだましているような、そんな気持ちに私は耐えられなくなった。


「そんなことないんだ。私、今の高校で嫌われてるの。みんなに無視されて、ブスとか言われるの」

恐る恐る二人の顔を見ると二人ともきょとんとしている。


「目が悪いんじゃない?その人」

「華がブスだったら、ほとんどの人がブスになっちゃうよ?」

私は拍子抜けする。


「そ、そうじゃなくて」

私は謎に焦る。

「いなくなればいいのにって言われるの」

「華がいなくなれば都合がいいってこと?」

二人は顔を見合わせて不思議そうにしている。

「それ、妬んでいるからじゃない?」

私はあっけにとられる。

「でもね、教科書に落書きされたり、ゴミ箱に入ってたりするの。この前は、お弁当も床に落とされちゃって。これって私が嫌われてるってことだよね」

「え、それ犯罪じゃん。キブツソンカイってやつ。次やられたらさ、警察行くねっていうのはどう?」

もう一人が目を大きくして「それいいね!」という。


私は何とか自分が嫌われていることを伝えようとする。

「それにね、無視されるの。私とは口もききたくないくらい嫌いなんだと思う」

「それはさ、華と話すと自分のみじめさがバレるから話したくないんじゃないの?」


めちゃくちゃな理論だ、だけれど不思議と気持ちは晴れていく。


「そういうことするってことは、華に嫌な気持ちにさせたいわけじゃん?とことんさ、思い通りにさせないってしたらさ、絶対悔しがるよね。」

「うん、うん、ブスって言われたら微笑み返してみるってどう?相手ひるまないかな」

「あ、それいいね!でさ、やっぱ器物損壊になりそうなことあった時はさ、証拠の写真撮ってこれ警察に持っていこうかなっていうのどう?」

「それ最高!」

二人は楽しそうだ。


「ねぇねぇ。今までされたこと全部教えてよ。とことん返り討ちにしてやろうよ」

そうして3人で返り討ち作戦を考えた。私はあんなにつらかったのに、なんだかもう面白くなっている。


「もしもの時のためにやっぱり念のため証拠はおさえとこうよ。作戦失敗したときの保険にもなるしさ。華の学校は進学校でしょ?やつら絶対内申書気にするからさ。警察、とか学校に言うとか言ったら震えあがるよ」

「うんうん、それがいい」

でもさ、と友人の一人が言う。

「つらかったらさ、何もせずに逃げ出してもいいと思うんだ。」

「うん、返り討ち作戦もあるけどさ、それはあくまで選択の一つだからね。」


私ははっとする。逃げ道なんてないと思ってた。あの地獄にいるしかないと思った。だけど、私には選択肢がある。どうするかは私が決められる。それが失敗でも、また別の選択肢がある。


なんとでもなるんだ。


次の日、学校に行くといつものように「ブス」という声が聞こえる。

私はその子のほうを向いて「おはよう」といって笑いかける。

相手は顔を真っ赤にして「こっち見んなよ」とだけ言って走り去る。返り討ち成功だ。


教室では誰も私に話しかけてこないけれどもうさみしくない。

だって、人を傷つけて喜ぶような人と仲良くしようとは思わないし、私はみんなが遊んでいるときにテストに向けて勉強する時間がある。


「がり勉」

という声がする。

「ありがとう、私良い大学に行きたいからこの高校に来て頑張るの」

と笑いかける。そう、私が二人と離れてまでこの高校に来たのは、夢をかなえるためなのだ。


このクラスの人はもう誰も私を傷つけることはできない。だって、私はいちいち傷つかないという選択をするからだ。


何かしてきたとしても、私は彼女たちがしてくることに淡々と対処するだけなのだ。


自分に対処できなければ、大好きな二人に相談すればいい。それができなくても、親がいる。先生がいる。ほかにも選択肢はたくさんあるはずだ。


私はもう、自分を責めて苦しめるような選択はしない。


お弁当のふたを開けると私の大好きなおかずがたくさん詰まっていた。


おいしい。高校で食べるお弁当の味を感じたのはいつ以来だろうか。私は幸せな気持ちで満たされていく。帰ったら、お母さんにお弁当がおいしかったことを伝えよう。そして、二人と、この前約束した再来週行くお買い物の計画を立てよう。


私はお弁当を食べながら、窓の外を見る。

良く晴れて、雲一つないきれいな青空が広がっていた。



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