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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

精霊の愛し子をお求めですか?貴国にその価値はないので差し上げません。

作者: 佐古鳥 うの

序盤から毒と呪い、途中薬物(幻覚幻聴)の症状でグロテスクな表現が出てきます。

人によってはホラーやスプラッタに感じる可能性があります。ご留意ください。


※誤字脱字報告ありがとうございます。

 


『こんな牛蛙のようなブスと結婚など誰がするものか!!』


 耳にこびりついて離れない罵詈雑言。それを婚約者が周りの目も気にせず叫ぶのだから始末が悪い。

 その結果がこれか、と倒された馬車から引き摺り出され剣を構える襲撃者を見上げた。



 ◇◇◇



 わたくしタシュカ・ハル・ワドゥスンフィールはセスバル王国の王子と婚約関係にあった。

 この婚約は亡き父が治めるオールセン公国とセスバル王国の先王が交わした約束だった。


 隣国の良き友人として結婚で繋がりを太くしていくことまではタシュカも理解していた。

 燃え上がるような恋愛はなくとも互いを尊重しあい、尊敬できる結婚生活を送れるのだとセスバル王国に来て一年目までは信じていた。


 おかしいなと思い始めたのは二年目に入った頃だ。

 思い返せば最初からおかしかったかもしれない。


 会う度に豚だの牛蛙だのと人以下だと見た目を罵り、定例のお茶会などのドタキャン、隣にいてもエスコートなどされたためしがない。またパーティーに出るためのドレスを贈られたこともなかった。


 ドレスは兄が気を利かせてくれたので多少きつくとも出席はできたがパーティーに出れば見た目の嘲笑の嵐で肩身が狭かった。


 味方であるはずの国王や王妃は見て見ぬフリ。未来の伴侶は友人や恋人を侍らせ一緒になってタシュカを貶す。

 なんのための婚約かわからなくなってしまった。


 我が公国はセスバル王国の隣にあるくらいしか繋がりがなく、婚姻を結んだところで公国に旨味などない話だった。


 婚姻の話が持ち上がったのはオールセン公国には精霊の愛し子がいてその力に守られているとどこからか聞きつけたためである。

 年々国力を落とし続けているセスバル王国は藁にも縋る思いで打診したのだろう。

 懇願する先王に父は隣人として交流を深めるために承諾した。



 しかしその父は流行り病で儚くなり、悲しみに暮れた母は兄にさっさと引き継いで自分は妖精国へと渡ってしまった。


 精霊の愛し子である母がいなくなったことで公国は少し不安定になったが兄と一緒になんとか頑張ってきた。


 せめて兄が結婚し子が生まれるまでは公国に留まりたいと思ったが、亡き父が結んだ約束と困っているというセスバル王国を見捨てることもできず兄に頼み約束通り婚約することにした。


 兄は『お前の好きにしていいんだよ』と言ってくれたが約束を守ることで公国の立場を保つこと、兄や国の役に立ちたかった。



 いずれ結婚し王妃につくのだからとセスバル王国で住むようになれば王子に見た目のことで貶され、貴族の大人達からは後ろ盾がいない子供として嘲られ、使用人からいじめを受けた。


 そのことを兄に告げようとすれば周りから公国はマナーがなってないと窘められ、国王や王妃に伝えても慣れれば気にならなくなるとそんな子供騙しのようなことを言われ続けてきた。


 連れてきたメディアがいなければわたしはとっくに壊れていただろう。


 国のトップや高位貴族がそうなのだからその子供達も大人達に倣うのは当然の帰結だった。


 国で最高の教育と謳われた学園では王子を筆頭に留学生であり王子の婚約者であるタシュカを公然で貶してもいいという暗黙のルールが出来上がり、ものを破損させ怪我をさせても教師は見て見ぬフリをした。


 扇動する王子達高位貴族に逆らえないから、というのが大半の理由だが他国の分際でセスバル王国の王妃におさまるなど許しがたいという偏った思考の者達からも嫌われていた。


 逃げ場がないタシュカはストレスでどんどん太り、肌や髪質が荒れていった。侍女が波うつ爪を見て慌てて銀食器を使えばどれもこれもが黒く染まりタシュカは益々疑心暗鬼になる。


 夏季休暇でこのまま中退して公国に帰ってしまおうと動いたところでの襲撃だ。


 宣戦布告と取られても仕方がないような暴挙も公国(タシュカ)相手ならばこちらが優位に立てると侮ったのだろう。

 辱めを受ければ気の弱い公爵令嬢は醜聞を恐れて口を閉ざし犯人探しも有耶無耶になるだろう。そんな打算が垣間見えた。



 未来の家族や臣下達にぞんざいに扱われても不思議と涙は出なかった。王子が自分を愛していないことも、政略としても認めていないのも最初からわかっていた。

 自分だって会話もせず歩みよりもしない貶すだけの相手など好きになるはずもなかった。


『精霊の愛し子ならもっと美しいはずだ。せめてエルフや精霊の姿を模倣しているべきだろう』


 だったらエルフや精霊と結婚すればいいでしょうに。

 精霊の愛し子である母はそれは綺麗な方だがその容姿を受け継いだのは兄だ。

 わたしは父似でエルフや精霊の姿からは程遠い。だが父の笑みはとても安心するし柔和な父が好きだったから損をしたなんて思ったことは一度もない。


 だからこそ慕っていた父がいなくなった喪失感に耐えかねて過食するようになり、寝ると父を失う夢を見てしまい寝不足になった。


 母が渡ってしまった後はもう誰も失いたくなくて兄にべったりになり、セスバル王国に来てからは侍女のメディアに手を握ってもらわないと寝られない日もあった。


 ぶくぶく太った体に吹き出物が多い顔。そのくせ虚弱体質ですぐ赤ら顔になる。

 公爵令嬢として教育されてきたが味方のいない場所でどんどん自信を喪失していき他人の顔色を窺うのが癖になった。


 成績はなんとか上位を保っているがそれすら気に食わないと王子らに詰られる。

 過激な言葉を使いタシュカをこき下ろす王子と向き合うと緊張で何か触っていないと落ち着かない。


 勉強しかできないタシュカは学園や社交界でいい笑い者にされた。

 王子や国王らはタシュカが貶される光景をガス抜き程度にしか考えていない。


 逆に『王妃になるなら毅然とした態度ですべてを笑顔で受け止めるべきだ』と叱咤する。ろくに王妃教育など施されていない、むしろ王族に召し上げるつもりがあるのか怪しいとすら思っている他人に王族とは何かと説かれる。



 それだけでも十分つらかったのに大切なメディアも毒を摂取していたことを知り絶望した。


 幼い頃から付き従ってくれていた家族が危険に晒されるなんてあってはならない。誰も失いたくなかった。

 王国に連れて来なければメディアは毒におかされずにすんだのに、と自分を責めた。


 もう限界だった。


 母から受け継がれた銀の短剣はお守りだった。飾りなので剣先は丸い。だが強く押し込めば刺さるだろう。


「申し訳ございません。お兄様…」


 震えた手で何度も持ち変えながら己の胸に短剣を突き刺した。



 ◇◇◇



「あんな国、俺が滅ぼしてやろう」


 顛末を聞いた兄ゼウリス・ナツ・ワドゥスンフィールの一言目がそれだった。

 笑みを浮かべているが漏れ出ているオーラが怒りに満ちていて花瓶や窓ガラスにヒビが入った。


 兄も唯一の家族であるタシュカと引き離され怒り心頭だったのだ。

 本来なら定期的に帰ってきてもいいはずなのに体調不良で行けないと何度も手紙で断られた。

 その時に気づくべきだったが無断で他国に介入して妹の立場を悪くさせたくなかった。


 国内を平定するために尽力してきたが妹がいるからこそ頑張ってこれたことだ。

 妹が幸せになれるのならと泣く泣く預けたのにタシュカを身も心も傷つけ、命まで奪ったセスバル王国を許すものかと公国の民すべてが誓った。


 元々散らしていた影を呼び戻し、婚約破棄に繋がる証拠を次々まとめていった。


 約定の控えには『タシュカや公国に不利益なことがあれば即契約を打ち切ることができる』と書いてある。

 あちらの国にも同じものがあるのになぜこの文を失念しているかが理解できない。


 証拠が出揃ったので婚約破棄の書類を送り付け結果を待たずに繋がっている商会らに声をかけ順次帰国、ないし国外へと出てもらった。

 セスバル王国と交流を絶つからだ。


 それと同時に国境の城壁を更に高くする工事が急ピッチで進められ入国するには今までの三倍の値段を支払わなければならなくなった。


 セスバル王国は公国を足場にして他の諸外国に商売の手を伸ばしている。


 公国にも卸しているが山や谷を越えて迂回するよりも公国を抜けて移動できる方が中継地としても利便性があった。

 セスバル王国が卸してる店の税率をあげればすぐに悲鳴が上がった。


 不満を訴える者にはセスバル王国が精霊の愛し子であるタシュカにしてきたことをすべて教えてやった。

 すると彼らは顔を真っ青にして非礼を詫びてくる。

 公国にいればどれだけ自分達が恩恵を受けているのかわかるからだ。



「我々が欲したのは精霊の愛し子だ。醜い化け物ではない!」


 軍を率いてセスバル王国にやって来ればバカ王子がそんなことを宣った。


「なら我が妹で間違いない。貴殿は我が母を所望していたのか?たしかに二児の母親にしては若く美しい部類だが人妻を欲するなど下衆の極みだと思わないか?」


 国王もそう思わないか?と剣を構えると目に見えて狼狽えた。

 母が妖精国に渡ったのは喪に服す期間にこのバカ王が愛人にならないか?と言い寄ったからに他ならない。


 そのせいで妹は更にさみしい想いをする羽目になった。

 その責任の一端は国王にあるというのにタシュカを貴族達のガス抜き要員にしたことを断じて許さないと宣言した。


 同時に至るところから絶叫と悲鳴があがり使用人達を中心に転がりのたうち回った。


「な、何をした?!」

「何をした?それはこちらが問いたい。

 貴様らは公女であり王子の婚約者であるタシュカに毒を盛っていたな?タシュカを守る立場でありながら貴様の指示で毒を混入させていたと報告があがっている。

 その実行犯に()()()を飲ませただけだ」


 妹の体を蝕んだ毒は十数種類。精霊の愛し子の恩恵で致死量に至らないだけで体の不調は目に見えていた。

 だが実際に死なないから手を替え品を替え罪を重ねていったのだ。


 回数も両手では足りないほど摂取させられている。

 飲ませた実行犯のほとんどは王子に仕える使用人だが中には宰相や王妃の使用人も加担している。


 関わる人間が多ければ多いほど公になり王家が困るはずなのだが誰も異議を唱えなかった。誰もタシュカを助けなかった。

 それだけいじめが常態化していたのだと思い知り兄は血が滲むほど手を握りしめた。



「そんなバカな!俺は、私はそんなことはしない!自分で勝手に飲んだに決まっている!……ヒメシュカ!」

「あがっ…サイデル様ぁ、いだい、痛いです!だずげで……」

「ヒィィ!」


 戯れ言を吐く王子にべったりくっついていた自称恋人は豊満な胸を押さえ床の上でのたうち回った。

 その形相と苦しむ姿に王子は尻餅をつく。腰が抜けたようだ。


「ああ、やはり貴様の恋人とやらも毒を盛っていたのか。側近達も屑ばかりだな」


 王子が振り返ると側近達全員が泡を吹きもがき苦しんでいる。

 あの屑共は公開処刑だと言って衆人環視の中、タシュカを力尽くで跪かせ毒を無理やり飲ませたのだ。それを蔑みながら悦び眺めていたのがこのバカ王子と自称恋人だ。


 この自称恋人は侯爵令嬢らしいが純潔をすでにバカ王子に捧げた売女だ。貴族令嬢が婚約者がいる男に自分を投げ売りするなどバカの極みだ。

 学園では自分が王子の正式な婚約者で次期王太子妃になるとか、『精霊の愛し子はこのわたくしよ!』と嘯いていたらしい。


「精霊の愛し子だと言うならその毒を自力でなんとかしてみるといい」

「そうだ!ヒメシュカ!君は精霊の愛し子なのだろう?その力で側近達の毒も浄化してくれ!」

「無理無理無理でずぅ!あだ、あだぐじにはそんなぢがらなんでありません!いやぁ!ぶたないでぶたないでぇ!」

「ヒ、ヒメシュカ?」


 過剰にバカ王子を怖がり逃げようと這いずる自称恋人に王子が訝った。


「ああそうだ。毒の中に幻覚や幻聴を見るものを混ぜておいたんだった」

「なんでだ?!なぜこんな卑劣なことをする?!貴様には人の心がないのか?!」

「…あると思うか?」


 コテン、と自称恋人が頬を染め一目惚れした顔を傾けバカ王子を見下ろした。


「この者共は我が妹に手を下した外道だ。幻聴幻覚、痛み苦しみは貴様達がタシュカに与えた毒だ。すぐに死なないように薄めてあるのも同じ仕様だ。

 貴様は卑劣だと言うがタシュカには笑っていただろう?だから私も笑ってやろう」


 ハハハハハッと声をあげたが瞳孔が開いた目と笑ってもいない口にバカ王子は恐怖におののいた。


「そうだ。タシュカには呪いもかけられていたんだったな。まあまあ強い術者に複数の呪いをかけられていたのだが誰が指示したか知っているか?」

「うぎゃああっ」


 椅子から転げ落ち悲鳴をあげる王妃に国王は顔が強張った。

 次に宰相や重鎮の数人が同じように頭を抱え皮膚が爛れる者、肉体が肥大し色が変わる者、王妃は顔中に吹き出物ができて掻きむしる度に黄色い膿が流れ落ちた。


 威厳ある美しさを持っていた王妃は見る影もなくなり「見ないで見ないで」と蹲る。しかし痒みは我慢できずボリボリという音が聞こえた。


「お前だよ」


 そう兄がバカ王子に囁くと悲鳴と共に顔が溶けた。

 赤く筋張ったところから赤と黄色の液体が滲み落ちていく。

 ぼとりと落ちたものを見れば白い球体の中央に青い目があり、それが自分の目だと認識してまた悲鳴をあげた。


 自分が溶けていく姿を客観視していることに気づかないバカ王子は異物感を感じ無理やり吐き出そうと指を喉に突っ込んだ。

 しかし嘔吐したのは自分の内臓で、悲鳴をあげ一生懸命戻そうとする。


 そこに()()()()のにバカ王子は何かをかき集め一生懸命飲み込んでいた。

 その姿はだんだんと肥え太り服のボタンというボタンを吹き飛ばし布を引き裂いた。


「妹を実験台か何かと勘違いしてる貴様らには丁度いい餞別だろう?」

「王子は、タシュカ嬢に何をしたのだ…?」


「……何を食べても太る呪いと飢餓の呪いをかけていた。この国では尊き無実の者に複数の毒を飲ませ呪うことが流行っているそうだからな。罪人にはもっと手厚く呪ってやらんと帳尻が合わないだろう?

 タシュカが飲まされた毒を私が選別してこの王子に与えてやったまでのこと」


 まさか知らぬとは言わぬよな?と睨まれ国王は顔を背けた。知ってはいたがここまでとは思ってなかったのだろう。

 だからこの国には妖精がほとんどいないのだ。


 薄汚い者達が蔓延るこんな国に清浄な者は近寄りたくもないだろう。タシュカはずっと不浄を吸いあげこの国を正常に戻そうとしてくれていたのだ。


 そんなことにも気づかないこの愚かな者共を救う必要などあるだろうか?


「協力した民の一部と貴族の半分、学園に通っていた貴族の子供らほぼ全員が毒や呪いをかけられたが死に至ることはない。

 呪いは一人につき枢機卿クラスが一週間寝ずに祈れば治るし、毒も滅多に出回らない万能薬なら元に戻るだろう。……ああ、万能薬のレシピや材料はオールセン公国にしかなかったか。

 だがまあ国のためなら国庫を解放するくらい造作もないだろう?」


 若造のゼウリスに嘲笑われた国王は絶句した。


 たしかにタシュカを貶めたが、本当に精霊の愛し子なら我々にこんなひどいことをするはずがないと国王は考えた。

 精霊は高潔で純粋で争いを好まないはずだと。そんな潔白な存在がこんな地獄絵図を描くはずがないと思い込んだ。

 タシュカがそれを体現しどんな姿で苛まれ耐えてきたか見ていたのにそれは国王の中では違うことになっていた。


 国王はゼウリスが悪魔に乗っ取られたか魔族が成り代わっているのだと思ったのだ。


 周りを素早く見回し、騎士達に目で指示を送る。

「この偽者を捕らえよ!反抗するなら殺しても構わん!」

 と叫べば立っていた残りの騎士達が兄に襲いかかった。

 しかし目的の人物に辿り着く前に騎士達が崩れ落ちた。皆毒の症状に侵されもがき苦しんでいる。



「愚かだな」


 歩み寄るゼウリスに国王は倒れている従者から剣を奪い取り構えた。しかし手が震えているせいで剣も震え、逃げ腰だった。


「この、悪魔め!ワドゥスンフィール家はそんな呪術は使えなかったはずだぞ!!ギャア!」


 足で剣の面を捉えそのまま床に踏みつければ手放すタイミングを失い、国王は柄と石床に挟まれ指を折った。


「愚かな人間よ。自分達の方がよっぽど悪魔の所業だというのに私を悪魔と愚弄するか。統べる者である貴様は残してやろうと思ったが気が変わった。貴様もタシュカの痛みを知るがいい」


「や、やめ……!ヒギャア!!」


 痛みと苦しみにのたうち回る国王を見てゼウリスは嘆息を吐いた。


「話ができる者を探さなくてはな」


 面倒だな、と再度溜め息を吐き阿鼻叫喚となった王宮を後にした。



 ◇◇◇



「………目が覚めたか?」

「はい。お兄様」


 起き上がるなり謝罪する妹を兄は抱き締めた。「すべて終わったから気にしなくていい」と頭を撫でた。


 胸に短剣を刺したタシュカはすぐさま妖精国に連れて行った。短剣がタシュカの魂に刺さっていたからだ。そのままでは輪廻転生に支障が出る可能性があった。


 娘の惨い姿に母は泣き崩れ自分の寿命の半分をタシュカに与えた。

 半精霊となった母が持つ寿命は長い。そして短剣はあらゆる穢れを吸い取ってくれる。

 今のタシュカは父が生きていた頃の可愛らしい、たおやかで健康な姿に戻っていた。


 精霊の愛し子の恩恵で呪いも毒も軽減していたがどちらも少しずつ重ね掛けされていてタシュカの体と心を蝕んでいった。

 恐らく普通の人間なら即死レベルのものをかけられていただろう。

 侍女のメディアも恩恵が与えられていたので気づくのが遅れたし、彼女も毒を溜め込んでいた。


 そのメディアも快復したところで妖精国に残るか公国に戻るかタシュカは悩んだ。

 セスバル王国にはもうタシュカを貶める者はいないと説明したがそれでも怖いのだと震えた。


「本物の精霊の愛し子はお母様です。わたくしではありません。殿下やセスバル王国の方々をずっと騙していてつらかったのです」


 自分には母のような力はない。

 だから偽者と言われても言い返せなかった。そう零したタシュカは美しい涙を流し、母はそんな優しすぎる娘を抱き締めた。

 妹はセスバル王国にいる間に尊厳を傷つけられ自己評価を著しく下げていた。


 精霊王と精霊の愛し子である母が認めたのだからタシュカは精霊の愛し子で間違いない。


 だからこそ精霊王がゼウリスに手を貸したのだ。


 その日の朝まで普通の日常だったのに突如地獄と化したのは悪魔ではなく精霊王と妖精達の仕業だ。妖精達が井戸水に人間には毒になるものを混ぜ、精霊王はタシュカが苛まれた呪いを術師に三倍返しした上で指示した者や関係した者に与え返した。


 ゼウリスは毒と呪いの詳細を話し体を少し貸しただけ。丸々貸せば間違いなくあの国はなくなっていただろう。

 やり過ぎれば格を落とす可能性もあったのにそれを厭わないほど彼らは怒っていた。


 そこまで愛されているというのに自信が持てないタシュカに兄は膝をつき顔を覗き込んだ。


「タシュカに会いたいという者がいる。その者に会うだけ会ってくれないか?」


 元気になった姿を見せてやってほしい。そう願えば少し不安そうにしながらも頷いた。



 邸に戻ると家の者達や領民が快復したタシュカを喜び迎えた。

 それだけでも顔がほころんだが少し強張ってるようにも思えた。それだけ自分は笑顔を忘れていたらしい。


 ゆっくり癒していけばいいと言う兄の言葉に甘えながら顔を上げると門前に立つ一人の青年に驚き固まった。


「彼を覚えているかい?」

「は、はい。彼はわたくしを助けてくださった方です」


 ここで殺されるのだと諦めた瞬間、割って入ってきた部隊に襲撃者は次々と倒された。

 わけがわからず動けず固まっているタシュカに最初に声をかけてくれたのは彼だった。


『大丈夫か?!』


 その声色はタシュカを見て心配しているのだと知り動揺した。

 こんな醜い自分を見ても嫌な顔ひとつせず、躊躇なくぶよぶよとした手を掴み起こしてくれた。


 嬉しいはずなのに、お礼を言わなくてはいけないのに醜い自分を晒していることの方が恥ずかしくて怖くて俯いてしまった。


 大丈夫です。あなたもお怪我はありませんか?と聞きたかったのにメディアに任せてしまいそのまま何も話せず別れてしまった。


 その彼が目の前にいて言葉が出ない。

 前と違う姿だけどあの王子のように罵られたらどうしよう、と考えてしまう。


「えと、タシュカ様でよかったですよね?」

「……な、なぜそう思われるのですか?」

「え?!いや、あの、目元がそうだなって……瞳も日の光で輝く新緑のような美しい碧色をしているから同じ方だと…もしかして間違えました??」


 だったら恥ずかしいなと頬を染め頭を掻く青年にタシュカは胸を押さえた。心が震えた気がした。


「間違っておりません。わたくしがタシュカです。あの時は助けてくださりありがとうございました」

「いえ!俺もお助けしなければと無我夢中で……!ご無事でなによりでした」


 胸に短剣を刺し自殺をはかったことを知らない青年はとても嬉しそうに微笑んでいて涙がほろりと零れた。


 わたくしはこの方の優しさを無下にしようとしていたのね。

 飾らない素直な言葉にタシュカの柔らかい心を優しく撫でられた気がした。


「それで、その、もしよろしければこれからもあなた様を守らせていただけないでしょうか?」

「え?」


 兄を見上げればタシュカがいない間に雇用契約を結んだらしい。


「生まれはセスバル王国なんですけど自由な平民で、騎士職もかじってるから少しはお役にたてるかと。

 タシュカ様を守る者は多い方がいいって公爵様も言ってましたし、俺もあなた様を守る一人になりたいです」


 跪き、見上げる仕草は騎士と同じで、もしくはプロポーズとも似ていてタシュカは頬を染めた。

 プロポーズだなんて違う違う!と思ったのに顔がどんどん熱くなる。


「あなた様を守る栄誉をお与えください」


 兄が彼に耳打ちし言わされたこともわかっているのに微笑む青年の言葉にぶわりと全身が熱くなり周りにあった植物が一気に花で満開になった。

 極めつけはどこからともなく鐘の音が聞こえ色とりどりの花弁がタシュカと青年の上に舞い落ちた。


「妖精共、それはやり過ぎだ」


 うつったように青年も顔を真っ赤にすると兄が割って入り青年の頭や肩に落ちた花弁を叩くように落としタシュカに落ちた花弁は丁寧に落とした。


「わ、わたくしで良ければ……よろしくお願いいたします」


 兄に引っ張られながらタシュカは振り返るとまだ呆然としている青年に向かってふわりと微笑んだ。



 その後、順調に仲良くなっていく二人を兄が邪魔しに来たり兄の嫁探しで大騒ぎになったりするが、タシュカは徐々に精霊の愛し子の自覚を持てるようになり公国に安寧をもたらした。









読んでいただきありがとうございました。


薬物中毒と表記するか迷ったんですがそれも違う気がしたので『毒』でまとめました。ご了承ください。


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