09. 悪役令嬢(仮)はあらぬ誤解を受ける
誰かが意図的にこの本を見つけさせた。
王宮図書館での出来事を思い返し、やはりそう結論付けるしかなかった。
この本の通りに行動しろという事なのか、この本の結末を阻止しろという事なのかは分からない。
「でもまあ、対策は大事よね」
きっと、お祖父様もそうおっしゃるはず。
「そうと決まればやっぱり資金集めね! 逃走資金は潤沢にあった方がいいわ」
勢いよくスツールから立ち上がったため、ドレスの重みで少しふらついてしまった。
その前にまずは着替えね……ソーイを呼ばなくっちゃ。
そう思った時、ちょうど衣裳室の扉がコンコンとニ回叩かれた。
「お嬢様、お着替えお手伝いいたしましょうか」
「ええ、お願い」
私がそう返事をすると、ソーイが衣裳室の中へと入ってきた。
そして手早く背中で結ばれているリボンを解いていき、あっという間に軽い室内用のドレスに着替えさせられていた。
「ありがとう、ソーイ。そのドレスを預けたら、ゴールデネ商会のカルロを近日中に呼べるか尋ねてくれる?」
「承知いたしました」
「あと、ここにあるこの本だけど……」
私はジュエリーボックスの横に置いておいた本を手に取りソーイの方へ向けた。
「商会への連絡が終わったらここへ戻ってきてこの本を読んでくれるかしら。それから、この本のことは誰にも言ってはだめよ」
ソーイの顔が、なぜ本? というように一瞬固まった。
基本的に感情を表に出さないソーイだが、幼い頃から一緒に過ごしてきたので微妙な表情の違いや雰囲気である程度の感情の変化などは読み取ることができる。
「……かしこまりました。ご夕食はいかがされますか?」
「部屋で軽いものを取るわ。お父様たちも今日は遅くなるそうだから。お茶も飲み過ぎてしまったし」
「では軽めの夕食をお部屋に運ぶようにも厨房に伝えて参ります」
「ありがとう。お願いね」
私たちは一通り今夜の予定を決め衣裳室を出た。
ソーイは私が着ていたドレスを持ってそのまま部屋から出ていった。
ちらりとベッドの方を見るとオルフェが小さく丸まって眠っていた。
私は静かに窓際の机の方へ座り、引き出しから紙とペンを取り出す。そして資金集めの為に必要な情報を書き出していった。
* * * * * *
次の日
朝食を終えた後、ゴールデネ商会が十時に来るまでの間、私は昨日まとめた案を自室のソファーに座り見返していた。
学院の入学まであと六日、できる事なら今日中にこの商談をまとめてしまいたい。
「お嬢様」
そう声をかけられ書類から顔を上げると、衣裳室で本を読み終えたソーイがジトっとした目をしてこちらへ足を進めてきた。
まあ、そういう反応になるわよね……
「もう読み終えたの? どうだった?」
私は持っていた書類をテーブルの上に置きソーイの方へ座り直した。
「私、お嬢様はシュネーハルト公爵家に相応しい知的な方だと思っておりました」
「へ?」
思っていた返事とまるで違った事に驚いて、あまりにも間抜けな声が出てしまった。
ソーイのことだからもっと分析をした事を言ってくるのかと思ったのだけれど、なんだかとてもご立腹のようだ。
「お嬢様はあの様な下衆な物語を好むお方だったのですか? それとも私への嫌がらせでしょうか。読む時間にかかった時間外の手当を出していただきたいです。あと、心労も負ったので有給を数週間ほど……」
「ちょ、ちょっと待って!! 違うわ! 何か誤解している様だけれど、あの本は私が王宮図書館で見つけたのよ!」
あらぬ誤解を受けていると気づいた私は慌ててソファーから立ち上がり弁解をする。
「王宮図書館にあんな出来の悪い不敬な本が置いてあったのですか?」
「そうよ。見つけたのが私でよかった……というより、誰かから精霊の力で私が見つけるように仕向けられていたようなの」
私の言葉を聞いたソーイは数秒の間、無表情のまま停止して「なるほど」と何かを理解したかのように呟いた。
「私はてっきり、お嬢様がお書きになったのかと」
「そんなはずないでしょう! あんな物語を思い付くと思われたなんて、それこそ心外だわ」
とんでもない勘違いをされていた事を知らされた私は、こめかみを抑えソファーに座り込んだ。
自分が悪役の恋愛小説を嬉々として書いて、それを侍女に読ませて感想を求めていたと思われただなんて恥ずかしすぎる。
もう充分なほどダメージを受けている私の心に、ソーイが続けて誤解の弾丸を打ち込んでくる。
「本日ゴールデネ商会を呼んだのもこの本の印刷、販売を取り付けるためかと思いました」
「そんな事をしたら本当にその本の私のようになってしまうわ」
「そうですね。なのでその前に逃げようかと」
「あなたが逃げてどうするの! 私がこの本のようにならないようにするために、万が一を想定して逃げる準備をすべくゴールデネ商会を呼んだのよ」
「はい、そのように理解しました」
「説明する前に理解してほしかったわ……」
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