07. 君は悪役なんかじゃない【ラファエル視点】
すぐに公爵邸のメイド達がお茶や軽食などの準備を整え始める。
それを節目がち眺めるアリスティアを俺は見つめていた。
「アリスティア……」
しまった。
まだ話しかけるつもりではなかったのに。
長いまつ毛が持ち上がりアリスティアの美しい金色の瞳と目が合う。
見惚れていると、その瞳が優しく細められ、「はい」と返事をする声が聞こえた。
星よりも輝く金色の瞳、どんな楽器よりも美しい声、アリスティアの全てに胸が締め付けられた。
彼女をなんとしてでもシナリオから守らなければいけない。
固い決意とは裏腹に、口から出るのはいつもと同じような口説き文句ばかり。
マリオから気持ち悪いと不評の訳もなんとなく頷ける。
こんな言葉では足りないんだよ、アリスティア。
『ユリキミ』の世界なら神スチルになってヒロインをイチコロにしていただろう。
しかし俺が本当に口説き落としたい彼女は、ただ可憐に微笑んで俺の口説き文句をかわし、レモンティーに口をつけていた。
春にしては少し気温の高い午後、用意されたレモンティーのコップには少しの水滴ができ、春の日差しを柔らかに反射していた。
ただ飲み物を飲む姿だけでもこんなに愛しいのにどうすればいいんだ……
正式なエスコートの場以外では手も触らせてもらえない。口づけなどいつになったら許してもらえるのだろうか。
「アリスティアはいつになったらその愛らしい唇を私に許してくれるの? いっそ、そのコップに変身してみようか」
そう言った瞬間、自分の背後とアリスティアの背後から冷たい空気を感じた。
やり過ぎたか……
いつもはアリスティアの侍女の事など気にならないのだが、執務室でマリオに言われた事が気になったので、アリスティアの背後へ少しだけ目をやる。
……ああ、確かにあれはやばいな。
今にも刺されそうだ。というかあの視線で既に刺されている。
しかしここまできたからにはもう後に引くわけにはいかない。
「早く王宮で暮らさないか? 私は毎日君に会いたいよ」
君さえ嫌じゃなければ、王太子妃の部屋を使ってもらって構わないんだ。
「ひと月後からはアカデミーが始まりますので……」
「王宮のポータルを使えばいい。公爵邸から向かうより安全で速い」
これから何が起こるかわからない。少しでも側で守りたいんだ。
「私事で魔術師様に毎日足を運んでいただくのは大変心苦しゅうございます」
「では私が開けてあげるよ。毎朝送り出して、夕刻には迎えに行く」
どうせ僕も理事長代理として毎日学院へ行かなければならないんだ。アリスティアが居てくれるならどうって事ない。
むしろ毎朝アリスティアを見られるなん魔術師共には褒美でしかないに決まっている。
「朝食もたまにしかとられないとお聞きしております。それほどお忙しい殿下のお手を煩わせるなどできませんわ」
「それじゃあ一緒に朝食をとってくれるかい? アリスティアがいれば……」
最後まで言い終わる前にマリオに止められた。
なんだ、今はアリスティアと俺の時間なんだよ。
わざと少し不満そうな顔をして後ろを振り向くと、貼り付けたような笑顔のマリオが立っていた。
「あまり公爵令嬢をお困りにならせてはいけません」
同時に頭の中にご乱心気味のマリオ声が響いた。
(どうせ落とせもしないのに口説いてばっかりいるんじゃねぇ。さっさとシナリオのことを探りを入れろ!)
俺達は転生を理解した頃からこうして脳内で会話を交わす事ができた。
転生者のチートなのか、元々の裏設定か何かなのかは分からない。
(言葉遣いが理人になってるぞ。抑えろ)
理事長代理の件を黙っていた事をかなり腹に据えかねているようだ。しかし王命とあればいつ伝えても、もうどうしようもないのだ。
「少し我儘を言い過ぎたようだね……。すまない、アリスティア」
俺はアリスティアに謝罪する。
「いいえ、とんでもございません」
優しくそう答える彼女に、もうマリオの事など一瞬でどうでもよくなっていた。
「アリスティアのそのドレスとアクセサリーは、僕の瞳の色?」
「あ、はい。そうでございますね……?」
学院の入学式の日には夜会が開かれる。ヒロインと全攻略対象が出会うイベントになる。
正直参加したくはないが、この際仕方がない。俺とアリスティアの絆を周知させねば。
「入学の日の学院での夜会は、僕もアリスティアの紫を身に付けよう。アリスティアにも私の碧のドレスとアクセサリーを贈ってもいいだろうか?」
「え……ええ、もちろんでございます。楽しみにしております」
少し困ったように微笑んだ彼女にまた胸が締め付けられた。
「嬉しいよ。愛しているよ、アリスティア」
絶対に君を守ってみせる。
その後も俺はとにかくアリスティアを口説いて口説きまくった。
王宮に戻ってからマリオには小言を言われるだろうが、アリスティアがシナリオを読んでどう行動するかなど、もう頭にはなかった。
俺がしっかりしていれば、彼女だけを愛していれば大丈夫だ。
絶対に君が読んだあの本のクソ王子のように君を傷付けたりしない。
俺は自分に言い聞かせるように、アリスティアへの気持ちを確かめるように、彼女へ愛の言葉を贈り続けた。
「私の心は全てアリスティアのものだよ」
だから安心して。
君を悪役令嬢になんて絶対にさせない。
次回はまたアリスティア視点に戻ります☆ アリスティアとラファエルを応援していただけると嬉しいですo(`ω´ )oここまで読んでくださりありがとうございました♩ また明日もお楽しみいただけますと幸いです(*´꒳`*)