05. 俺がフラグを潰す【ラファエル視点】
ここはルクランブル王国の王宮内にある王太子の執務室
積まれまくった書類に目を通し、承認の印を押す。何か問題があれば責任者を呼んで事実確認をする。
それが俺、ラファエル・フォン・ルクランブルクの仕事だ。
「カリウス支部長、確か昨年のフローリッツ地方での収穫率は水害で三十パーセント下がっていたな?」
俺は分厚くファイリングされた資料に視線を落としたまま、目の前に立つ初老の男にそう告げる。
「はい。そうでございます、殿下」
「今年の夏は収穫率が上がりそうか?」
「今年はまだ難しいやもしれません。災害で荒れた土壌をまた一から作り直したばかりですから、過去と同じ収穫率に戻すには後二、三年はかかるかと……」
細身の割に身長のあるその男性は残念そうに瞼を伏せた。
「そうか。では、現地調査員を派遣し土壌と作物の調査をさせよ。調査結果によっては、豊穣補助のための魔術師団の派遣も検討しよう。三週間以内に調査報告書を提出するように。以上だ」
男は一瞬目を瞬かせ固まった。
「支部長殿?」
「いえ、承知いたしました。それでは御前失礼いたします。」
そうしてすぐに一礼をして部屋を去っていった。
「いいのですか? わざわざ魔術師団を派遣するとなると手間がかかりますよ」
一部始終を間近で見ていた側近のマリオは、先程俺が持っていた資料を手に取り片付けながらそう言った。
「いいに決まってるだろ。フローリッツ支部長のあの様子だと今年はもっと収穫率がさがるだろうな」
「本当にそれが理由ですか?」
マリオは眉をひそめ、俺の真意を探るように眼鏡の奥から鋭い眼差しを向けた。
俺は立ち上がり、窓の外を眺めながら静かに伝えた。
「シナリオ通りなら今年の冬は厳しくなる。南部に住むフローリッツの民は寒さに慣れていない。作っているものも寒さに弱い作物ばかりだ。その上蓄えまで少ないとなれば危険な状態になる」
マリオは思い出したかのように眉間の皺をあっという間に緩め、目の色を変えた。
「冬の魔物が巨大化して王国全土に雪を降らせ続ける。討伐部隊が編成されるほどに……」
マリオの呟きを聞いて俺は頷く。
「ヒロイン覚醒の一大イベントだ。しっかり潰しておくぞ。アリスティアのためにな」
「キメ顔やめてください。その顔にいつも公爵令嬢がドン引きしてるのが分からないのですか」
ドン引き? アリスティアが?
俺、王子だぞ? 王太子だぞ? 見た目だってかなりいいと自負しているからちょっと傷つく。
「はははっ! 何を言ってるんだマリオくん! 私の麗しき婚約者はいつも女神のように美しく微笑んでくれているではないか!」
「そのダサくてクサくて気持ち悪い台詞もやめてください。冷たい空気が流れるのに何故気が付かないのですか」
ダサい? クサい? 気持ち悪い!?
俺の言葉を聞いてメイド達はいつも色めき立っているのを知っているぞ!?
俺は執務室に盗聴防止と盗撮防止の幻影魔法をかける。
そしてそのままソファーに項垂れた。
「やっぱりな……そうだよな……。俺だっておかしいって薄々気づいてたよ。でも『ユリキミ』の攻略キャラたちはみんなこんな感じで口説いていたじゃないか……!! ヒロインだって姉ちゃん達だって全世界のユリキミプレイヤーだってときめいてたじゃないか!」
俺には前世の記憶というものがある。
都倉悠一という名前の大学院生で、四人の姉は、乙女ゲーム【ユリの花束を君に】の大ファンだった。
人気絵師が手がけた美麗スチルにアニメが一本作れるのではないかという程の実力派声優目白押しという規格外の金がかかった通称『ユリキミ』は女子の心を掴んで大ヒットとなった。
ジャンルこそ乙女ゲームだが、魔法のアクションシーンでのアクションコマンドや細かいルート分岐の数々には、男の俺でも苦労したものだ。
その『ユリキミ』の世界に俺、いや、俺達は転生した。
「アリスちゃん、よくあんな笑顔で耐えれるよな。侍女ちゃんなんて一国の王太子に向けるものとは思えないような目で見てるんだぞ」
「俺のアリスティアを勝手にちゃん付けで呼ぶな……」
側近のマリオは前世での親友、小野寺理人だった。
中学から大学まで同じで、俺がこの世界に転生した時には既に記憶を取り戻りており、乳兄弟として育ってきた。
「それはそうと、ラファエル殿下のアリスティア嬢は無事にあの本を見つけたぞ。王宮図書館でかなり驚いていた様子だったから、今ごろは読み終わっている頃じゃないか?」
俺達には前世の記憶がある。
そしてこの『ユリキミ』の世界のシナリオを把握している。
初めてアリスティアに会ったあの日、決めたんだ。絶対に彼女を悪役になどしないと。この手で必ず幸せにすると。
俺は拳を握り締めて視線をマリオへ向ける。
「アリスティアは、あの小説のアリスティアとは全く違う。十二歳まで公爵領で暮らし、彼女には内密で行われていた王妃教育もあっという間にものにした優秀さも備わっている」
『ユリキミ』の設定のアリスティアは、極寒の公爵領を嫌い、一度として帰領した事はなかった。王妃教育も社交界デビューを迎えた後だった。
「それに本来ならアカデミーの生徒として入学するはずが、アカデミーで学ぶ事は何もないと研究所に在籍することになった。学院長を始め、王国内でも屈指の魔術師たちが認めるほどの魔力量と卓越した魔法の技術。この時点で悪役令嬢としてのフラグはほぼ全て折れている」
将来は王太子妃、のちの王妃ではなく、大魔導師の地位に就かせるべきではという声も少なからず出ている。
まあそんなものは俺が捻じ伏せているのだが。
「じゃあどうしてわざわざあの本を作って見つけさせたんだ? 魔力の強いアリスティア嬢には大抵の魔法は効かないし察知してしまう。あの広い王宮図書館で確実に見つけて持ち帰らせる為に精霊まで使役したんだぞ。どれだけ骨が折れた事か……。そこまでしなくても良かったんじゃないか?」
「念には念をだ。アカデミーが始まったら、どうなるか分からない。シナリオの強制力があるのかもしれないし、ヒロインがどんな行動をしてくるかも読めない」
俺達は既にヒロインであるリリィ・モルト男爵令嬢についても調査済みだ。
しかし、これといって不審な行動は見当たらないし、元平民の大人しい娘といった印象だ。
アカデミーの入学成績から魔力量、技術ともに今のアリスティアには遠く及ばない。
「心配しすぎかもしれないぞ? ヒロインが転生者の可能性も視野に入れて調査したが、その兆候は見受けられなかった。俺達は飛び級で卒業済みでヒロインとの接触すらない。王太子ルートはあり得ないんじゃないか?」
安心しきっているマリオに俺は伝えないといけない事があった。
当日の朝に驚かせてやろうかと思ったが、まあいい。
ソファーから立ち上がった俺は執務机の方へ戻り、一番上の引き出しを開ける。
そして一枚の紙を取り出し、マリオの方へ向けた。
マリオの顔が蒼白に染まる前に俺は告げる。
「王命により、王立魔法アカデミーの理事長に臨時で就任することになった」
「……はあああああ!!!???」
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