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02. 十六歳春、運命を知らされる






* * * * * *






「……ちょっと待って!! わたし死んじゃうの!?」





 私は衝撃のラストに本を落として頭をかかえソファに項垂れる。




 アリスティア・シュネーハルト、十六歳。

 大陸の中央を治めるルクランブルク王国にある公爵家の娘である。



「国の名前に登場人物の名前、それに設定まで何もかもわたしの生きている世界と同じ。一体どういう事……?」




 恋愛小説【ユリの花束を君に】


 並外れた魔力を持った男爵令嬢リリィが、王太子ラファエルと恋に落ち、封印が解かれた悪竜をリリィの聖なる力で浄化したのち、王太子と結ばれる、というラブストーリー。



 もちろん恋愛小説に悪役は付き物で、二人の恋仲を邪魔するのが王太子の婚約者である公爵令嬢アリスティア……




 そう、わたしなのだ。




 小説の中のアリスティアはありとあらゆる手で主人公のリリィへ嫌がらせをする。




 物が無くなるなんて典型的なものは優しい方で、害虫を食べさせようとしたり、毒を盛ったり、監禁したり、暗殺を目論んだり……あらゆる犯罪のオンパレード。


 もちろんその度にリリィと恋仲であるラファエル王太子によって助けられるのだが。


 嫉妬に狂ったアリスティアは、最北の大神殿に眠るとされている悪竜の封印を解き、国ごとリリィを消し去ろうとする。






「ちょっと、ティア! アンタにこんな度胸があったなんて知らなかったわ! アタシしか友達のいないティアが社交会の華? ククク……傑作ね!」



 落としたはずの本がふわふわと浮き、その周りを飛ぶ小さな竜がケラケラと楽しそうな声を上げた。



「なによ、オルフェだって悪竜だって書かれてるじゃない……」



「失礼ね! アタシは聖竜よ。しかも封印されているんじゃなくて、北の地を守っているんだから!」



 彼は聖竜オルフェウス。


 この国ができる遥か前から氷で覆われた北の地を守る聖なる竜である。


 白銀の美しい鱗にサファイアのように美しいブルーの爪をした見た目、ダイヤモンドのような輝く瞳は感情によって美しく色を変える。




「毎日毎日大神殿で迷子になってピーピー泣いてたティアを見つけて、助けてあげてたのはアタシなんだからね!」



 悪竜といわれた事がひどく気に入らなかったらしいオルフェは、息巻きながら私へ向かって本を飛ばした。



 手元に戻ってきた本を見つめながら私は呟いた。


「オルフェしか話す相手のいないわたしが、他の令嬢達と結託して、こんなこと出来るのかしら……?」




 オルフェが守る北の地は我がシュネーハルト家が治める極寒の領地。

 三歳から社交界デビューをす十二歳まで、前公爵であるお祖父様と一緒に北の領地に住んでいた。


 北の地にある大神殿は魔力によってその領地を守る役目があり、その魔力を補給し管理するのが領主一族なのだ。



 お祖父様に連れられて大神殿に行った時に迷子になった私を助けてくれたのがオルフェで、またわたしもその美しい竜と仲良くなりたい一心で大神殿へ毎日通った。


 しかし、聖竜という神聖な生き物にそう簡単に出会えるわけもなく、散々探し回った挙句迷子になり泣くわたしをオルフェは毎回叱って助けてくれた。


 そして季節がひとつ終わる頃には、すぐにオルフェを見つけられるようになっていた。




 十二歳になり社交界デビューをするため、王都の邸宅へ住まいを移す際にも一緒についてきてくれた。



 王都へ来てからも会話をするのは侍女や執事、そして一緒について来てくれたオルフェくらいだ。


 小説に登場した取り巻きにできるような令嬢など想像もつかない。




「タリア伯爵家マリアンヌ様、シュヴェーデル侯爵家カロリーネ様、彼女達も実在する人物なのよね」



 小説中でアリスティアの取り巻きとして一役買う令嬢二人。最終的には捨て駒にされたのだけれど……。



「でも確かこのコたち、この間の夜会でティアに嫌味飛ばしてなかったかしら?」



「そうだっけ? 名前と顔は一致するのだけれど、何を話したかまでは覚えていないの」



「アンタ本当に興味のない事には無関心よね……」



 目の前をくるくると飛び回っていたオルフェは、やれやれと言いながらテーブルに置かれたマカロンに手を伸ばした。



「興味がないんじゃなくて不必要だったのよ。多分」



 紅茶を一口飲んで、お祖父様の言葉を思い出す。




『真実を見極めろ』



 お祖父様の口癖だった。


 社交よりも魔法や領地運営などを学んでいたために、どうしても令嬢たちのする上部だけの会話は好きではないのだ。



「真実……か。ねぇ、オルフェ、この小説に登場する人物は実在する人ばかりよね?」



「ん、そうね」



 オルフェはマカロンを食べる手を止める事なくそう返事をする。



「この本を書いた方、捕まってしまわないかしら?」



 私がそう呟くと、ダイヤモンドのような瞳をカッと見開いてこちらを見た。


「まさか、アンタも小説版アリスティアのように暗殺業者を雇って著者を始末するつもりじゃ……!?」



 私は思わずガチャリとカップから音を立ててしまった。





「そんなわけないでしょう! 一体どこにそんな伝手があるっていうの! わたしは一応、公爵令嬢だし、他に登場する令嬢や令息たちもそれなりに権力のある家よ。いくら趣味で面白おかしく書いていたとしても、問題になるのではないの?」




「小説の中の王太子もなかなかのクズっぷりだったしねぇ」



 先ほどまで大きく見開いていた瞳を細めて楽しそうに笑うオルフェに溜息をついた。



「とにかく、ラファエル殿下や国王陛下の名前まで出ている以上、王室に見つかったら反逆罪も問われかねないわ」



「あら? クズっぷりだったのは否定しないのね?」



 瞳を淡いローズ色に染めてこちらを見るオルフェ、楽しんでいる時の色だ。


 本に目を移して私はボソリと呟く。



「婚約者がいるのに、まず先に婚約破棄もせずに恋仲になるのはどうかと思ったわ……」




 オルフェの瞳の色がローズ色から元の色に戻る。



「小説はそうだったとしても、現実はどうかしらね……」



 オルフェがそう言いながら部屋の扉へ視線を向けた時、扉がノックされる音が響いた。






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