コウキョウキョクダイゴバンハタン丁
なんかこの世界に来てから、全体的に視界に入ってくる人が目に良すぎると俺は思った。
守則の隣に立っているオドオドした少年はまばゆい金髪に白い肌をしている。まるで西洋人形のようだ。
「あなたが悪遊?」
猫子が声をかけると悪遊は飛び上がって顔を真っ赤にした。
「う、うん、そうさ……えっと……僕は君夫悪遊」
悪遊は早口にそれだけ言うと、猫子からさっと目をそらし、俺を見て目を丸くした。
「うわぁ、君は木太郎だね……?ほんとにいたんだぁ……」
・・・いや俺は幻の妖怪か?
「僕知ってるよ……世界中の教科書に君達のことが書かれているんだ!まさか本人達に会えるなんて!」
「こら、悪遊!本人の前でそういうこと言わない!失礼でしょう」
君夫おばさんが叱ると、悪遊は肩をすくめた。
「さ、買いに行こうよ。僕がハタン丁を案内してあげる」
悪遊は君夫おばさんから2枚の紙をもらうと、俺の手を引っ張って家の外へと連れ出した。
「悪遊、気をつけるのよ!」
後ろで君夫おばさんが心配そうに言った。
「はい、これ。君が今日買う物のリストだよ」
悪遊から渡された羊皮紙にはびっしりと買うものが書かれていた。
《冷蔵木太郎 殿》
貴殿が王立カシミール学院に入学するにあたり、用意しなければならない物をここに記しました。入学式(9月25日)までに用意されますよう。
・王立カシミール学院制服(夏服、冬服)
・王立カシミール学院実技服
・杖
・箒
・「基礎的な魔法呪文集 中等部1年」(ミニステリオ指定)
・「魔草のすゝめ」(蛾序メディカ 著)
・「初めての箒!〜陽気な箒の飛び方〜」(歓喜海帰途 著)
・「魔旋律の道標」(軒骨地今 著)
・「よく分かる魔法史 中等部1年」(空濁有次郎 著)
・「基礎的な変身法」(マリア・ニジンスカ 著)
・「魔生物の種類とその生息地」(凍天・アプリコット・呪郎 著)
・「占いの扉 初心者編」(空濁有次郎 著)
・「薬品学の基礎」(欠海怖奸 著)
・「この世界における闇の魔法とその防衛法」(豪白大外 著)
・羊皮紙ノート(ミニステリオ指定)
・羽ペン(ミニステリオ指定、自動書記機能不可)
・インク(ミニステリオ指定)
・魔法石2ダース(ミニステリオ指定)
・調合鍋セット(ミニステリオ指定)
「……うわぁ、木太郎。君、すっごく買うものが多いね」
悪遊が目を丸くしながら言ったので、俺は聞き返した。
「でも、悪遊だって必要なんじゃないか?」
すると悪遊は伏し目がちにこう呟いた。
「……僕は兄さん達のお下がりを使うから……」
悪遊のリストを見てみると、かなりの項目にバツ印がついていた。
「でも僕、やっと自分の杖と箒が持てるんだ!どんなのにしようかなぁ……あ、入り口に着いたよ!」
そう言われて前を見ても、目の前にはタイル張りの壁があるだけだ。
「え、ここ、行き止まりじゃ……?」
「まあ見ててよ」
悪遊はそう言うと、1つだけある金色のタイルに手をかざし、「ソイ エル ケ ウサ マヒア 」と唱えた。すると、タイルの一部が木製の扉に変わった。
「この扉の向こうがハタン丁だよ」
そう言いながら扉を開けた悪遊に続いて、俺も扉の中へと入った。
「うわぁ…………」
そこにいたのはベルトに杖をさしている人、ショーウィンドウに顔をぺったりつけている子供、転移陣で現れる人、箒にまたがり飛んでいる人……
「まずは杖を買わなきゃ 。『ブエナバリタ』に行こう!」
あちこちに顔をキョロキョロさせる俺を引っ張りながら悪遊はハタン街を歩く。
「本当はこの横丁、『コウキョウキョクダイゴバンハタン丁』っていうんだけど、長いからみんな『ハタン丁』って呼ぶんだ。全く、誰がこんな長い名前をつけたんだろう……」
・・・交響曲第5番ハ短調!?
この世界に自分の知っている言葉が存在するのは偶然なのか、それとも……。
一瞬社長令嬢の顔が頭をよぎったが、俺は頭をブンブンと振って追い払った。今はあの頃のことを考えるのは無しだ。
「着いたよ。ここが『ブエナバリタ』だ」
古びた看板にわずかに「Buenavarita」の文字が見える。猫子から渡された手紙もスペイン語で書かれていた。やっぱりこの国の書き言葉はスペイン語のようだ。
俺が組織にいた頃、たまたまスペイン語の文書を読む機会があった俺はスペイン語文法を片っ端から覚えた。まさかこの世界でも役に立つとは。でもなぜスペイン語……?
「ようこそいらっしゃった、魔法使いの卵達。カシミール最高峰の杖屋『ブエナバリタ』へようこそ」
中に入ると、白髪のおじいさんが出迎えてくれた。
「おや、その赤い髪……もしや冷蔵さんではあるまいか?」
「そうです、初めまして。冷蔵木太郎です」
俺が背筋を伸ばしてそう答えると、おじいさんは眼鏡の奥で目を細めた。
「おやおやこれは…会えて光栄ですぞ。私の名前は杖売良棒。『ブエナバリタ』の主人じゃ」
そう言って杖売さんは握手をしてきた。俺は困り果てて悪遊の方を向いたが、ニヤニヤするだけで何も言わない。
「僕達、杖を買いに来たんです」
悪遊が言うと、杖売さんは「おや」と驚いた顔をした、
「これはこれは、君夫家の坊ちゃまであられるか。いや、1年前に梨莉葉嬢に杖を売ってからさっぱり君夫家の人には会わんもんでね……」
「梨莉葉って僕の姉さんだよ」と悪遊は俺に耳打ちし、杖売さんに向き直った。
「僕の家族はみんな元気ですよ。それで僕達、杖を買いに来たんです」
よっぽど杖が欲しいらしい。杖売さんは「焦らんでも杖は逃げんのよ。ちょいと待ってておくれ」と言い、奥に引っ込んだ。
「……あ、お金持ってきてない」
・・・そこ忘れてどうすんだ!?
杖に頭を支配された悪遊は1番大切なものを忘れていた。
「杖売さん、ちょっと僕達、ディネロバンコまで行ってきまーす!」
「待っておるぞーい」
悪遊は杖売さんに向かってそう叫ぶと、俺を引っ張って外に飛び出した。
「おい……悪遊!どこに行くんだ?」
すると悪遊は驚いた顔をして振り返った。
「君……知らないの!?魔法使いの銀行、ディネロバンコさ!」
コウキョウキョクダイゴバンハタン丁までやってきました。パチパチ〜
キャラクターの読みは今後も難読漢字?が沢山出てきます。頑張って覚えよう(๑•̀ㅂ•́)و✧
リストに出てくる「ミニステリオ」は魔法使いの政府みたいなやつです。魔法省的なやつ。スペイン語で政府とか省って意味です。