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「おお、速いな」
みなみはサッと自転車にまたがると、スカイジュエルウォッチを追いかけ始める。その肩にはちゃっかりニコもくっついていた。
「あー、ずるいっ!」
あっという間にみなみの背中は遠くなり、自転車は近くの北門を通過して学校の外へ出た。英麻も慌てて走りだす。
息を切らしながら、先を行くみなみにすがるようにして英麻は叫んだ。
「み、みなみっ…頼むから後ろ乗せて!」
「ダメダメ、これ競技用なんだから。大事な相棒に変な負荷かけるなんてとんでもない。自転車の二人乗りって法律で禁止されてるし」
最後の言い分はいかにも付け足しだった。
「薄情者ーっ!」
「走ってきなさあーい」
そう発破をかけたみなみはさらにスピードを加速させた。
北小山中学校を出発したスカイジュエルウォッチは、気がつけば縁田川沿いを飛行していた。そこは英麻やみなみが通学路として通る土手道よりもっと先の静かな歩道で、街路樹の緑も濃く、ひっそりと落ち着いた場所だった。
三人目のタイムアテンダント候補の少女。三人目のスカイフェアリーズの仲間。
どんな子なんだろう。この近くにいるのかな。
空中を移動し続けていたスカイジュエルウォッチがさらに上昇した。やはり弾丸さながらのパワフルな動きで、川沿いの歩道に植えられた街路樹のうち、一本のてっぺんまで到達する。腕時計はキラキラと光を放っていた。
うそっ。まさか、あんな木の上にタイムアテンダント候補の子がいるっていうの?
考える間もなく、はるか空の上に見え小さな光は、今度はらせんを描くように木の頂から急降下する。
「ん?どこ行くんだ?」
みなみが自転車に急ブレーキをかける。少し遅れて青息吐息の英麻がその横に並んだ。
「あー、やっと追いついたっ。あ…」
英麻は木の下に誰かがいることに気がついた。
けやきだろうか、縁田川沿いの歩道脇に青葉を茂らせる木の下には石造りのベンチがあった。そこに一人の少女が腰かけ、本を読んでいたのだ。セーラー服姿の眼鏡をかけた少女。
「もしかしてあれが三人目のっ」
「シッ」
大声を出しかけた英麻の口をみなみがふさぐ。
スカイジュエルウォッチはまだ降下し続けていた。だが、その動きはしだいにゆっくりとしたものになっていく。ふわりと漂うように眼鏡の少女に接近するスカイジュエルウォッチ。
次の瞬間。
ぽすん、と音がしてスカイジュエルウォッチがバウンドした。少女が広げていた本に当たったのだ。小さく跳ね返るスカイジュエルウォッチ。それを少女の手がつかんだ。すなわち、キャッチしたのだ。
「キャッチできたってことは」
「タイムアテンダントだって判定されたんダヨッ」
少女が顔を上げた。かすかに口を開け、たった今、自分の手に飛び込んできた空色の宝玉の腕時計をのぞき込む。
おとなしそうな少女だった。紺色の長い髪を低い位置で一つに束ね、黒縁の眼鏡をかけた彼女からは落ち着いた印象が伝わってくる。着ているセーラー服も英麻や他の女の子がよくやるカスタマイズ(スカート丈をかなり短くする、リボンを改造して大きくする等々)は一切せず、きちんと校則通りに着用している。
英麻は、そのパッとしないデザインのセーラー服が今、自分が着ているものとまったく同じだと気がついた。
「ん!?」
英麻はみなみのジャージの袖を引っ張った。
「ねえ、あの人ってまさか」
「若田さんじゃんか。いやー、世界は狭いねえ」
スカイジュエルウォッチをキャッチし、新たにタイムアテンダントと判定された少女。
それは英麻と同じ北小山中学二年A組の秀才として知られる若田舞子であった。