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「そりゃ、ハザマが悪い」
一気にストローでカフェオレを吸い上げてからメグロが言い放った。
「そう…なのかな」
「ああ、そうさ。英麻ちゃんがそこまで落ち込むこたないよ。言い返した文句にしたって売り言葉に買い言葉だったんだろ」
カタギリも両手を頭に回して続ける。
「あいつも口が悪いからな。女の子相手なんだし、もう少し優しく言えっつの。英麻ちゃんもそう思うだろ?」
「はあ、確かに…」
遠慮がちに英麻は小さくうなずいた。メグロがさらに加勢する。
「性格ひねくれてるし」
「確かに」
「愛想も足りんし、困った奴だよ」
「確かにっ」
英麻のうなずき方が大きくなっていく。
「かと思えば、事あるごとに歴史関係の蘊蓄語りたがるからな。うるさくてしょうがない」
「そうっ、そーなんですよ、あいつ!今までの任務でもさんざん偉そうな態度でいちゃもんつけてきてっ」
「だろー?けど、ハザマに英麻ちゃんけなす資格なんかないぜ。あいつだって時空警護学校では超劣等生だったんだから」
「えっ…そうなんですかッ!?」
英麻の両目が悪い意味で輝いた。
「そうさ。歴史を除く一般教養、翻訳トレーニング、航時法なんかの法律関係、自衛術や捕縛術といった武術、タイムマシンの整備に飛行訓練、タイムスリップ先で時たま必要なサバイバル術や変装術、あと馬術…必修だけでもあいつが訓練生時代に落としかけた科目はわんさかある。剣道だってシバ隊長の指導のおかげで今でこそ、さまになってるけど、昔は手合わせのルールも覚えられなくて暴走気味だったし。しかも、大の時酔い持ちときたもんだって…やべっ」
「時酔い?」
みなみが聞きとがめる。
「ったく、これだからメグロは。調子乗って余計なことまでしゃべりやがって」
「悪りィ」
メグロが慌てた様子で頭を掻く。
「何なんですか、時酔いって」
「時酔いッ!未来における一種の乗り物酔いダネ。タイムマシンに乗って時空を航行してる時にそれになると、車酔いや船酔いみたいに気分が悪くなっちゃうんダヨ」
「ふうん。ハザマにはその時酔いがあるってことか?」
「そうダヨ。本来、時酔いがある人はタイムパトロールの隊員になるのは無理だから、警護学校に入る試験段階ではじかれるはずなんダネ。でも、ハザマはスレスレでそこをクリアしちゃって入学後に時酔いが発覚したんダヨ。そのせいで今回の花びら回収任務の時と同じく第八部隊も巻き込んだ大問題になってネ、ンムムウッ」
カタギリがニコの口を押さえた。
「ニコ坊までいらんこと言うなっつの。そりゃハザマは以前こそ、うちの部隊の『厄病神』だったけど、あいつのおかげで特別部隊を見返すチャンスが到来したんだ。宿主を突き止める例の力があれば…あ」
今度はカタギリが慌てる番だった。
「何さ、おまえも人のこと言えないじゃん」
「うるせえなっ」
今さっき、カタギリは何と言っただろう。
宿主を突き止める力。そう聞こえた気がした。
「あの、どういうことですか?力がどうとか」
「あーいやいや、何でもないっ。なあ、メグロくん」
「おう、カタギリくん。今のはまー、言葉の綾というか…早い話が大して意味ないってことだよ」
「だけど」
英麻はやけに気になった。ハザマに対する厄病神という呼称も。悪口にしてもよほどのことがないと出てこない呼び方だろう。
「―――ところで、おまえたち二人は一体、何しにわざわざ201X年まで来たんでしたっけね?」
それまでずっと無言でりんご(もちろん、青森県産)を頬張っていたミサキがスクリーン越しにじろっとメグロとカタギリを見た。
「あっ」
「いけね」
カタギリが慌てて懐から何か小さなものを取り出した。
「は?」
テーブルの上に置かれたものを見た英麻とみなみは無言になる。
ニワトリのイラストが描かれたストライプ柄の包み紙からのぞく、こんがりきつね色の平べったい物体。カリカリの衣といい、ほんのり漂う香ばしい肉の匂いといい、どう見てもそれはコンビニなどでよく売られているフライドチキンだった。
「間違えた、こっちだ」
カタギリが改めて白い小箱をテーブルに置いた。だが、英麻とみなみの目はフライドチキンの方に注がれたままだった。メグロが彼女たちの視線に気がつく。
「ああ、これはハザマたち花びら回収のサポート役をさがしだすための秘密兵器。万能探知器、その名も探チキンさ」
「探…チキン?」
「そっ。よくできてるっしょー。見た目はどう見てもフライドチキンだけど、これでもれっきとした機械。実を言うと前回、何の情報もないとこからハザマたちがいる時代をピンポイントで突き止められたのもこいつのおかげなんだ。まあ、名前はちょっとサムイけど、技術部のぐっさんと同じく技官のウラ先輩が特別部隊を出し抜くために造った力作で…あ、わかってます、ミサキ先輩。もう脱線しませんからっ」
ミサキの冷ややかな視線を受け、メグロが急いで白い小箱を英麻たちの方に押し出した。