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「すごい、すごい、ちゃんと飛べてるっ。どう、みなみ。操縦、大丈夫?」

「おう、問題ない。ペダルも操縦桿もちゃんと動くし、めっちゃスムーズに進んでる。さっき、ニコに教えてもらったタイムゲートを出すポイントまであとちょっとだ」

みなみが操縦席から意気揚々と返事する。

無事、離陸したスピカは英麻たちを乗せて琵琶湖上空を飛行していた。すでにかなりの高度である。天気は薄曇りで、あたりにはすっきりしない灰色の雲がいくつも連なって浮かんでいる。

「よーし!一時はどうなるかと思ったけど、こうして離陸できたわけだし、後は時の花びらを回収してとっ」

ファイティングポーズで意気込む英麻の尻を、ニコの前足がつんつん突っついた。

「もう何よ、ニコ……あ」

英麻は思わず「げっ」という顔になる。

隣に座る江姫はひどい膨れっ面で目つきも険悪、どう見ても回収に応じてくれる様子ではなかった。切羽詰まっていたとはいえ、みなみと(やや)ぞんざいな扱いで搭乗させたのがいけなかったらしい。

「ごめんなさいっ、江姫様!」

英麻は居住まいを正して深々と頭を下げた。

「乱暴なやり方でスピカに乗せちゃったことは謝ります。最初に会った時、変に子ども扱いしたことも。どうか、私たちに時の花びらを回収させてください!それを未来の時空時計に戻さないと時間犯罪者たちが悪さするのを防げないんです。お願いしますっ」

英麻は両膝に頭のてっぺんがくっつくほど、深々と礼をした。

「言ったはず」

むすっとした声が返ってくる。

「これ以上、持ってるものを取られるのはいやだと。いやなものはいやなのだ!」

江姫は腕を組み、そっぽを向いた。

「ったく!わかんないお姫様だな。あれだけ危ない目に遭ったのにまだそんなこと言ってんのかよ。少しはこっちの苦労も考えて」

「まーまー、みなみ。あんたは操縦に集中しててよ、ねっ?」

直球型で不満をぶつけるみなみを英麻がなだめた。舞子は心配そうに江姫を見ている。

「あの、江姫様…花びらの回収とは関係ないんですけど、私、ちょっと思ったことがありまして」

顔を背けた江姫に向かって英麻は再度、話しかけた。

「大切な人を失って泣きたい気持ちは、無理に我慢しなくてもいいんじゃないでしょうか」

「何だと?」

江姫が振り向いた。探るような目つきで英麻をにらんでくる。

「母上のことを言いたいのか?だったら余計なお世話だ。誰に聞いたか知らないが、偉そうな口を利くな!私の気持ちなんてわからないくせに」

「確かにわからないです。私には母親を亡くした経験ないから。でも…もし、そんなことになったら…心に真っ黒な穴が空くほど辛いと思います。ほんとに…息ができなくなるぐらい」

江姫から目をそらさずに英麻は言った。さらに続ける。

「だから、そんな時は泣いていいって私は思うんです。大切な人を亡くして辛い時に泣くのは、弱いことでも恥ずかしいことでも、ましてや悪いことでも全然、ない、その人のことが大好きな証拠だから」

江姫の目が大きく見開かれる。

「大好きな証拠…」

その時、分厚い雲の切れ目から太陽の光が幾筋か英麻たちの頭上に射し込んだ。空と大地を結ぶまばゆい階段のように。

「わっ、すごおい」

「きれい」

英麻も舞子も思わず感嘆の声を漏らす。

「ヤコブの梯子だ」

みなみが呟いた。

「えっ、何?」

「ヤコブの梯子。今、見てるような太陽の光の射し方をヨーロッパではヤコブの梯子って呼ぶんだよ。聖書の言葉らしいけど」

「へええー。何か、意外。みなみがそんな上品な教養、持ち合わせてたなんて」

「人間、見かけによらないものダネー」

「悪かったね、意外と、で」

みなみはふんっと鼻を鳴らした。

「江…」

舞子、そして英麻たちは気がついた。

江姫が涙を流していることに。

「馬鹿な…どうしてこんな」

ぼたぼたこぼれ落ちる涙をそのままに、江姫は両手の平で降り注ぐ陽光を受けた。

「同じだ…母上とおんなじ温かさだ。かつて抱きしめてもらった時と」

英麻たちは何も言わずに江姫を見守った。

「そうか」

光を受けた両手で江姫は自分自身をぎゅうっとかき抱く。

「母上はここにいたのだ。やっと会えた…」

無造作に涙をぬぐってから、江姫は英麻たちに向き直った。まだ少し目は赤かったが、きりっとした様子だった。

「浅井三姉妹が三女として、この身を守ってくれたことに感謝する。よっておまえたちに褒美を与えよう、例の時の花びらをな」

「ほんとですか、江姫様っ」

「うむ。遠慮なく持っていくがいい」

江姫はしっかりうなずいた。

「若干、言い方が上から目線で生意気なのが気になるけど……ありがとうございますっ!」

「ふん、生意気なのはお前の方だろうが」

江姫は英麻にべえっと舌を出した。

ニコが操作盤のピンクのボタンをタッチした。

スピカの行く手に太い光線が伸び、巨大な光の輪、タイムゲートが現れる。

みなみがスピカをぐんぐんタイムゲートに接近させていく。初めて時の花びらの回収に立ち会う舞子は不安な顔で江姫とタイムゲートを見ていた。

「心配しなくていいぞ、舞子」

「え…」

江姫は力強い声で言った。

「私は大丈夫だ。母上と会うことができたから」

「江…」

「あれ。二人って」

「いつの間にそんな仲良くなったんだ?」

英麻とみなみが不思議そうに聞いてきたが、江姫はふふん、と笑ってみせるだけだった。

「みんな、もうすぐ時の花びらの回収ダヨッ」

英麻の肩に飛び乗ったニコが小さく叫んだ。

空色のスピカがタイムゲートの光輪に差しかかる。

金色の光に続いて、江姫の胸元に真っ白い時の花びらが現れた。すうっと目を閉じる江姫。小さな体が後ろに倒れていく。英麻と舞子が急いで江姫を支えた。舞子は動揺しかけたものの、どうにかこらえる。

宙に浮いた時の花びらを英麻がつかみ、すぐさまタイムゲートにかざした。

金色の光をきらめかせ、江姫の花びらはタイムゲートの彼方、未来へと消え去った。

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