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首筋に鋭い刃の感触がある。
舞子はほとんど倒れ込む姿勢で喉元に赤い剣を突きつけられていた。黒いフードの少年が今度は舞子の背後に忍び寄っていたのだ。
「余計なこと…するな」
少年の口からぼそりと暗い声が漏れた。
「アハハ、よくやったね、ロー。こっそり味方を呼ぼうったってそうはいかないよ、眼鏡ちゃん?誰にも邪魔はさせやしない。この時の花びらは我々、メビウスのものさあ!」
赤い杯に載った時の花びらを、女は高々と掲げた。
得体の知れない連中に恐れをなしたのか、すでに引佐はどこかへ走り去ってしまっていた。舞子は一人、江姫を庇うようにしながら、恐怖を押し殺して女に尋ねた。
「どうしてこんなことを…?」
「若田さんっ、若田さんっ、返事して!…だめだわ、何にも聞こえない」
「くそっ。あれだけじゃ、若田たちがいる場所なんてわかるかよ!」
「どうしよう」
英麻はタイムパスポートを握りしめる。
蹄の音が聞こえてきた。
遠くから馬が一頭、かけてくる。明るい茶色をしたその馬には二人とも見覚えがあった。
「この馬って」
「ああ、江姫が乗ってた馬だ。確か、引佐とか呼ばれてたな」
引佐は自身が走ってきた方向にぐんっと頭を振ってから、英麻とハザマをまっすぐ見つめた。大きな二つの黒い目は何か訴えているようだった。
「ついて来いって言ってるみたい」
ハザマがあっ、という顔になる。
「ひょっとしたらこの馬、江姫や若田がどこにいるか知ってるのかもしれないぞ」
「ほんとに!?やった、だったらこの子に乗って若田さんたちの所まで連れてってもらえばいいんだわ。早く乗ろっ」
「げっ!?…ま、まあ、その……そうだけど」
なぜかハザマの顔は引きつり、返事も歯切れが悪かった。
「どうしたのよ、タイムパトロールの隊員はみんな馬に乗れるんでしょ?馬術も時空警護学校の必修科目だって確かこの前、メグロさんが言ってたもの」
ハザマの顔がさらに引きつった。
「ん?そういえば」
英麻は、その馬術も含めた必修科目の数々に、ハザマが落第しかけたという話も思い出した。
「ねえ…もしや、あんたはいまだに馬に乗れな」
「乗れる!乗れるに決まってんだろ!寝ぼけたこと言うなっ」
即座に否定すると、ハザマは迷うことなく引佐の左横につき、気を引きしめた表情で手綱を手に取る。
しかし、その口からは、かつて警護学校で習ったらしい乗馬の手順と「いいかっ…頼むから暴れるなよ、絶対に暴れるなよっ…」という言葉が念仏のごとく繰り返しこぼれ出ていた。