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舞子もまた、踊り狂う現地人たちを前に呆然としていた。
「どしちゃったんだろう、あの人たち」
「ぶつかってケガでもしなければいいがな」
「ええ、そうですねって…えっ!?」
そこにいたのは、江姫だった。舞子のすぐ隣で頬杖をついてしゃがみ込み、のんびりダンス集団を見物しているではないか。
「ど、どこにいたんですか?あんなにさがしたのに」
「さっきからずーっとこの近くにいた。見つからなかったのはおまえたちのさがし方が下手なせいだ。私はおまえたちとは比べものにならないほど、この城内をくわしく知っているのだからなっ」
そう言うやいなや、江姫はパッとかけだした。
「あっ」
「捕まえようったってむだだぞ。例の花びらはやらん。こっちだ、引佐!」
江姫の足はかなり速かった。踊る現地人の間をすり抜け、これまたどこに隠れていたのか、自分の方へ走ってきたあの茶色い馬の背に飛び乗った。舞子は慌てて追いかけるが、すぐ息が上がってしまう。しかし、江姫はまだ近くにいた。彼女の馬が走ろうとしなかったからだ。馬は江姫の言うことを聞かず、その場で足踏みを続けるだけだった。不機嫌そうに何度もぶるん、ぶるんと頭を振る。
「こら、引佐。今日は一体、どうしたのだ?朝からずっとそんな調子で…ああもうっ、早く行けったら!」
「あのう…」
馬上の江姫に舞子が声をかける。
「もしかして、鞍の位置が合ってないんじゃないでしょうか」
「なにい?」
江姫は手綱をつかんだまま、舞子を軽くにらんだが、ふんっと鼻を鳴らすといったん馬から降りてきた。
「おまえみたいなとろそーな奴にわかるわけが…あれ?ほんとだ、少しずれてる」
鞍の位置を直すと、馬はすっかり落ち着きを取り戻し、しゃんとした立ち姿になった。
「そういえば、今日、馬具の装着を担当した馬番はまだ新米だったっけ。おまえ、どうしてわかったんだ?」
「実は家業の関係で父や祖父がいろいろなものづくりの職人さんと付き合いがありまして…その中に馬具メーカーの職人さんもいて、馬具や馬について話を聞く機会があったんです。そんなにくわしくはないですけど」
「ふうん」
「あの、引佐というのは風の名前から採ったんですか?台風の時期に吹く強風ですよね」
江姫はうなずく。
「それくらいの強さ、たくましさでこの乱世を生きていってほしいと思って名付けた。よくわかったな」
「学校の古典の資料集に載っていたので」
控えめな調子で舞子は答えた。
「物知りなんだな」
江姫は再び馬に跨った。
「そうだ。鞍のことを教えてもらった礼に、この引佐に乗せてやろう」
「えっ!?…で、でも、そんな急に。私、乗馬未経験ですし」
予期せぬ展開に舞子はうろたえる。その引佐という名の馬はずいぶん大きく筋肉質で、見上げるような高さだった。
「何だ、馬具のことは知ってるのに肝心の馬に乗ったことはないのか?」
少しからかうように笑ってから、スッと江姫が手を伸ばしてきた。
「ほら!物は試し、何事も経験だぞ」
「はあ」
舞子はためらいつつも、江姫の手を取った。
だいぶ悪戦苦闘したものの、ちかくにあった大きめの岩を足場にし、どうにかこうにか舞子は引佐の背に跨ることができた。
「よしっ。ちゃんと乗ったな?」
手綱を構えた江姫が舞子を振り返った。ぎこちなく舞子がうなずく。
例の踊り騒ぎは続いていたが、馬の上にいる自分たちの周りだけはとても静かな気がした。
江姫が進めの合図を出す。
さあっと引佐が走りだした。
途端に大きく体が揺さぶられる。引佐が大地を蹴るたび、どごん、どごんと振動が伝わってくる。しかも、速い。舞子は身を縮め、ぎゅうっと江姫にしがみついた。引佐は斜面をかけ降り、野原のようになった城内の丘陵地帯をリズミカルに走った。
「ひゃっ」
「そーんなに怖がらなくても平気だ、すぐ慣れる」
決してすぐではなかったが、やがてだんだんと舞子の気持ちは落ち着いてきた。
走る馬の上で味わう風の感触、蹄の音、躍動感。すべてが初めてだった。
「すごい」
舞子の瞳は輝き、頬が紅潮していく。
「どうだ、いい気分だろうっ。こうやって気ままに走るのが私の一番の楽しみで」
「ごっ、江姫様!前、前ッ」
野兎が一匹、行く手にぽーんと飛び出してくる。
「わっ。引佐、よけてよけて!」
江姫の合図で引佐はジャンプし、ふわっと野兎を乗り越えた。
舞子と江姫はそろって、はあーっと息をつく。何だかおかしくなってきて互いにぷっ、と吹き出した。
「ふふっ、あはは」
「ははははっ」
明るい笑い声が響き合う。
二人は引佐と共にどこまでも野原をかけていった。