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「ふうーん」
江姫はつまらなさそうに自分の胸に手を当ててみせた。
「信じられないかもしれませんが、確かにあなたの体内には時の花びらが存在しているんです」
ニコのテレパシーによる説明はすでに終わり、今はサノが補足的なことを彼女に話していた。英麻たちは少し離れてその様子を見守っているという具合だ。
「先ほどのテレパシーでも頭の中にタイムパトロール作成のイメージ映像が流れたと思いますが、時の花びらの回収はタイムマシンという乗り物に乗り、空の上でやることになります」
「ふむ」
「タイムマシンには江姫様と一緒に、あそこにいる花びら回収役の三人の女の子が乗ってくれます。花びらを回収するのに特別、難しいことはありません。痛い思いもしません。ただ静かにタイムマシンの座席に座っていてくれれば、すぐに終わります」
「ふむ」
「何かわからないことや不安なことはありますか?」
「ない」
江姫は歯切れよく返事する。
「よかった。では、花びら回収への協力、よろしくお願いしますね」
「やだ」
ガクッとずっこけるサノ。江姫は構わずそっぽを向く。
「江姫様!今の説明でわからなかったのですか?体内に時の花びらを宿したあなたは時間犯罪者に狙われる恐れがある。それを防ぐため、早急に花びらを回収しなきゃならないんですっ」
ハザマが早口で江姫をたしなめた。
「口うるさい娘だなあ」
「ちがっ、俺は男で」
「なら聞くが、私の体は誰のものだ?」
「か、体!?」
「いや、それは…」
ハザマもサノも思わず赤面する。
「私の体は私のもの。そーであろう?」
「は、はあ」
「だったら、私の体の中にある、その時の花びらも当然、私のものだ。私が持っているものをおまえたちにやる気はないっ」
「屁理屈もここまでくるとすごいな」
みなみが妙な所で感心する。
「そんなのんきなこと言ってる場合じゃないわっ」
このままでは打倒ハザマ計画がおじゃんになる。そう思った英麻は居ても立ってもいられず、江姫に近寄った。
「んもお、江姫ちゃんったら。そんなだだこねちゃダメでしょおー」
英麻は愛想笑い全開、普段より優しい声を心がけ、諭すように江姫に話しかけた。
「いーい?時の花びらは江姫ちゃんじゃなく、えーと、誰のものかは私も知らないけど…とにかく江姫ちゃんの持ち物じゃあないのよー。いい子だからタイムパトロールのお兄さんの言うこと聞いて」
「黙れ。ガキにガキ扱いされる筋合いない」
「はい?」
「そんな気色悪い猫撫で声出されて言う通りにするアホがどこにいる?見た目もおつむもガキんちょ同然だな。背も私より低いし」
「なっ」
たちまち英麻のお姉さん口調は崩壊する。
「言わせておけばっ。あのね、言っとくけど、私は十四才なの。十才かそこらのあんたよりも年上なんだからねっ」
「ほーう?」
江姫は腰に手を当て、鼻で笑ってみせた。
「だが、おまえは未来の人間なのだろう?この時代には生まれてすらいないおまえより私の方がはるかに年上ではないか」
「へっ!?そ、それは…あれ?えーと私が平成生まれでここは安土·桃山時代だから、ええっと…あ、確かに江姫の方が年上なのか」
「ふははっ。ずいぶん、理解に時間がかかったな、このガキんちょ娘」
「何ですって、このっ」
「え、英麻ちゃん、落ち着いて」
サノが止めるよりも早く、英麻は我を忘れて江姫に飛びかかろうとする。そんな英麻の目の前に江姫が投げた大きな黄緑色の毛虫が飛んできた。
「ひいッ!?やだ、やだ、やだ、毛虫と蚕は無理ッ」
大きくのけ反り、回れ右して逃げだす英麻だったが、途中で転びそうになる。そこへ腰のあたりに両手をつかれ、遠慮なく体重をかけられた。江姫に飛び越されたのだ。
「んぎゃッ!?」
無様に倒れ込む直前、英麻の目はそれまでと異なる景色を見ていた。