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「クク、フフフ…アーッハハハハ!ざまあないったらありゃーしない。カイにラムダにオミクロン。大口たたいておきながら今じゃ仲良く檻の中だ。おお、おお、可哀想に。アハハッ」
低い風音がこだまする薄暗い大広間を行き来しながら、イプシロンが下卑た高笑いを繰り返す。
「口を慎め、イプシロン。ここは永久姫様との謁見の間であるぞ」
左目に片眼鏡をかけた長身の若い男が冷たく言い放った。ブルーグレーの燕尾服をまとった、優雅な顔立ちのその男はどこか執事を思わせた。
「あーあ、アルファ様に怒られちゃったア。あんまし調子乗るからだぜー?イプシロン」
近くにいたパイが両手で大きく伸びをしながら、おどけた声を出す。
「けど、スゴイんだなー、例の特別部隊って。ラムダとかはともかく、あの凶暴な武闘派野郎のオミクロンまで簡単に倒しちゃったらしーじゃん?人質のタイムアテンダントも一瞬で助けちゃって」
「あのオオツジとかいう奴だろう。時空のお巡りどもの中で最も手ごわいらしいからねえ。ああ、やだ、やだっ」
二人から離れて待機するローは沈黙したまま、うつむき加減で大広間の一点を凝視している。その視線の先には音もなく進んでくる、黒衣の少女の姿があった。
黒いレース生地のベール。黒いアンティーク風のドレス。それらに包まれた体は華奢で、肌は陶器のように白かった。目元はベールに隠れていたが、そこから下にはすっと通った鼻筋、そして、綺麗な形の唇が見えた。その唇からひんやりとした美しい声が聞こえてくる。
「ええ、そうね…彼はメビウスにとってとりわけ困った存在みたい」
「永久姫様」
その場にいた者たちが皆、深く礼をした。
永久姫と呼ばれた黒いベールの少女。彼女は背後に回遊する艶やかな金魚の大群に、そっとガラス越しに触れてからイプシロンたちの方を向いた。黒いベールとドレスが翻る。
「邪魔者は宿主がいる時代から遠ざけることね。これまでと違う方法を使ってもいい、まともに戦うことはないわ」
「仰せのままに」
「どうかベストを尽くして獲物を手に入れてきてちょうだいね。あなたたちそれぞれの望みを叶えるためにも」
その言葉にイプシロンたち三人がハッとした表情になる。
永久姫は口角を上げ、歌うような口調でさらに続けた。
「そう―――あなたたちの最も大きな望みは、あの花びらの恩恵によってのみ、叶えることができる。かつて花護りの民たちも追い求めたであろう、時の花びらの恩恵によってのみね」