5
英麻、みなみ、舞子のタイムパスポートのバージョンアップはスムーズに完了した。
ちなみに今回の設定は、英麻たち三人および人型にチェンジしたニコが江姫に仕える侍女、サノとハザマが秀吉に仕える家臣という具合だった。現地の人々との会話を可能にするペラペラキャンディを食べた後、(舞子はここでも、オレンジ味のキャンディを取るまでの間、英麻がスカイジュエルウォッチから出したキャンディボックスやキャンディそのものを一心に見つめていた)今度はミサキとの通信によって、宿主、江姫に関する説明を聞くことにする。英麻とみなみはすでにアランフェスで江姫の説明を受けてはいたが、今回は舞子が初参加ということもあり、この桃山時代の時代背景も含め、今一度、おさらいした方がいいという理由からだった。
ハザマがシリウス328を操作し、テレホンスクリーンを出そうとした。
その直後。
英麻たちの後ろにあった木の茂みが動いた。
木のてっぺんから黒い影が飛び出し、木の葉を散らしてザアーッと落ちてくる。
「わっ」
「何、あれっ、猿?」
「座敷童じゃ」
「まさか、メビウス!?」
派手な落下とは裏腹に、影は猫のごとく、すんなり地面に降り立った。
現れたのは一人の女の子。上半分は小袖と呼ばれるシンプルな着物で色は赤、下は紺の袴という活動的なスタイルで、片手に猫じゃらしに似た長い草を持っていた。十才前後だろうか。おかっぱ頭と低い位置で結ったポニーテールを組み合わせた形の髪を軽く振り、女の子がこちらを見た。
「ふん、ここにも城の連中がいたか。けれど、そろいもそろってそんなぼさっとした顔をしていては、私を捕まえるのは無理だなあ?」
女の子は気の強そうな目でニッと笑った。
何よ、この子?
英麻がそう思ったのと同時に、かなり慌てた様子の女たちが四人ほど現れた。皆、英麻たちの衣装設定と同じ、上品な色合いの小袖を着ている。最も年嵩の女が息を切らしつつ、女の子の前へ出る。
「ああもう、いい加減になさいまし!由緒正しい三姉妹の一人が城内をあちこち探険するなどとんでもございません。それも毎日毎日。ほんとにもう、江姫様はっ」
最後の言葉に英麻やみなみの耳が反応する。
「えっ!?」
「この子が…江姫?」
驚く英麻たちにサノがうなずいた。
「そう、彼女が正真正銘の江姫だよ。どうしてこんな所に一人でいたのかはわからないけど」
「でも、タイムスリップする前に見た写真では、江姫はもっと立派で大人っぽかった、っていうか、大人そのものでしたよっ?」
「あれは江戸」
ハザマが英麻の方を向きかけた。
「…何でもない」
ハザマに目をやったサノがため息まじりに後を続ける。
「英麻ちゃんたちが写真で見たのは江戸時代の江姫で、この桃山時代から三十年ぐらい経った後のものだよ。時の花びらが宿っている、この時代の江姫はまだ子供なんだ。現代の年令に換算すると小学校高学年の女の子くらいになるかな」
「ちなみに後から来たのは、江姫の乳母たちダヨン」
その乳母たちによるお説教はまだ続いていたが、江姫はけろっした顔で、反省の色などまるでないようだった。
「この城は敵陣も同じ。おとなしくしてられるわけがない。そーんなこともわからないとは、世話係としてまだまだ尻が青いな、おまえたち」
「んまあ、何て言い草…」
「いい加減になさい、江」
乳母たちの後ろから大人びた二人の少女が現れる。声を発したのはそのうちの片方だった。
「茶々姉さま」
不満そうな顔で江姫が少女の方を見た。
「あの二人は茶々姫と初姫、江姫のお姉さんたちだ。日本史の中では三人合わせて浅井三姉妹として知られている」
サノが小声で英麻たちに教えた。茶々姫と初姫は江姫よりもずっと優美な着物姿で、髪も江姫の無造作な一つ結び違ってきちんと手入れされ、さっぱりとした品を感じさせた。
「その身勝手な振る舞いに皆が困っていることがわからないの?」
「姉さまこそ何ですっ。毎日、言われるがまま、お茶やお花の稽古なんかに励んで。あのジジイ牛耳るこの城の生活になじんでどうするんですか?あいつは憎っくき仇なのに」
今度は初姫が口を開く。
「過ぎたことをいつまでも引きずったってしょうがないでしょう?今はここが私たちがいるべき場所なのよ」
「初姉さままでっ。姉さまたちはだまされてるだけです、あの秀吉のクソジジイに!」
「江姫様ッ」
乳母の女が叫んだ。茶々姫が小さく息を吐く。
「もう放っておきましょう。あまり構いすぎてもためにならないわ」
茶々姫、続いて初姫が踵を返し、それに続いて乳母や侍女たちも江姫をちらちら振り返ったり、あきれた声を出しながら去っていった。
一人、江姫は取り残される。その顔はひどくふてくされていた。
「江姫様。少々、よろしいですか」
そっと近寄ったサノが江姫に人型のニコを引き合わせる。
「まだいたのか、このぼさっと集団。よろしくなんかない、今は機嫌が悪いのだっ」
乱暴に猫じゃらしを振って江姫はサノたちを追い払おうとする。だが、ニコのテレパシー光線の方が早かった。
パシッと江姫の額に当たる一直線の光。
「おわっ…!?」
これにはさすがの江姫も静かになった。これまでの宿主たち同様、石になったみたいにその場に固まる。
数秒の後、テレパシー光線が消失した。
江姫が目をしばたいた。英麻やハザマたち一人一人を見回し、ぎこちなく口を動かす。
「時の…花びら?」