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お菓子はOK。専用シートも用意した。黒板もピッカピカだし、人払い工作はみなみがやってくれてる。えーと、あとは。
英麻はそわそわしながら、もう何度も確認した一連の準備を改めてチェックした。
教室には朝早い校舎独特のしいんとした静けさが漂っていた。二年A組の教室にいるのは(ニコを除けば)まだ英麻一人だけだ。
ぽんかんパワーによって火がついた松永のやる気はすさまじく、見事、あまり多くない舞子の友人たちから目当ての情報、すなわち、学校内での舞子の行動パターンを自然と聞き出すことに成功していた。
英麻は松永から得た情報を元に、タイムスリップの事情説明をするのに最も適した場所および時間帯を必死で考えた。そして、ああでもない、こうでもないと頭を悩ませた結果、どうにか絞り出した答えがこの、早朝の二年A組の教室なのであった。
松永の調べによれば、舞子はこの朝早い教室でしばらく勉強し、登校した生徒で教室がそれなりに騒がしくなってきてからは自習室に移動するか、朝礼の時間まで本を読んで過ごすのだという。
よーし。今、時間は七時四十分。若田さんが来るのは大体、七時四十五分ぐらいって話だわ。
英麻は教室の壁掛け時計、携帯電話のデジタル時計、そして、腕にはめたスカイジュエルウォッチで時間を確認した。
OK。スタンバイ開始っ。
英麻は小動物のごとくササッと教卓の中に潜り込んだ。
三分くらい経った頃だろうか。
開けっ放しになっていた前方の引き戸から一人、眼鏡の少女が入ってきた。若田舞子だ。いつものように長い髪を一つにまとめ、セーラー服に紺色のカーディガンを着た舞子は静かに教室の中を進み、自分の机に通学鞄を置こうと―――
「おっはようゴザイマーッス!」
教卓から勢いよく飛び出す英麻。舞子はその場に固まる。
「えっ。あ、足立さん!?」
「やあやあ、若田さん。よくぞ何の滞りもなく登校してくださった。ささ、どーぞ、どおーぞ、こちらの席へ」
英麻はまるで怪しい商人のような動きで舞子を黒板の前まで誘導する。
「え、あの」
舞子はされるがまま、英麻が専用シートと称して用意した席(といっても前方の黒板正面に最も近い座席をただ、さらに黒板に近づけただけのもの)に着かされた。
「おーい、英麻ー。若田さん、教室入ったし、もう戻るよ?ああ、ニセの貼り紙はA組の戸に貼れるだけ貼っといたから」
「ありがと、みなみ。こっちもOKよっ」
後方の引き戸からひょいっと顔を出したみなみが教室に入り、戸を閉める。みなみの手には「ただ今、ゴキブリ・ダニ・クモ大量発生中 要注意!」と書かれた紙があった。
「服部さん?あの、どういうことで」
「ハアー、もう待ちくたびれちゃったヨッ。キーホルダーのふりも楽じゃないネ」
ニコが英麻のリュックサックからぴょこんっと離れ、舞子が座る専用シート近くの机に飛び乗った。
「ぬいぐるみがしゃべった…」
鞄を抱えた舞子は息をするのも忘れたように、ニコを見下ろした。