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さらに次の日の四限後のことだった。
「はああ?若田の学校での行動パターンを調べろだあ?いきなり何だよ」
「シイイッ、声がでかいのよ」
英麻は頭をはたいて松永を黙らせた。あたりは購買部までお昼を買いに行く生徒たちで賑わっている。
松永を教室前の廊下まで引っ張ってきた英麻は、彼を相手にとある交渉中だった。若田舞子の校内での様子(特に登校してから下校するまでの行動パターン)を調査し、自分に報告するよう頼んでいたのだ。
「なーんで俺がそんなことしなきゃなんないんだよ。こんな念書まで用意しやがってさ」
松永は色ペンでポップに書かれた紙をぴらぴら振った。紙には英麻の字で、
一つ、この件は誰にも言わないこと
二つ、調査は早く終わらせること(できれば三日以内!)
三つ、絶対、若田さん本人にはバレないようにすること
とある。
「あんたの数少ない特技を見込んでのことよ。今でも時々、やってるんでしょ?情報屋」
日本史の秀才たちには及ばないが、この松永にもちょっとした異名があった。それが情報屋である。
たとえば、校内に気になる先輩がいて、彼についてもっと知りたい場合に松永をその先輩に差し向ける。するとあら不思議。面識のあるなしに関わらず、まったく怪しまれずに相手の趣味から好みのタイプまですんなり聞き出してきてくれるのだ。
テストは赤点ばかり、遅刻、忘れ物の常習犯で隙あらばすぐふざけるいたずら小僧の松永になぜ、そんなデリケートな聞き取りができるのか。庶民丸出しでしまりのない顔が相手の警戒心をそぐからだとか、実家の和菓子屋で幼い頃から客あしらいのいろはを目にし、それが活かされているからだとか諸説あるものの、理由はいまだ本人にもわからないらしい。
この松永の妙技を応用し、今回は舞子の友人や知り合いに彼女の行動パターンをそれとなく聞いてもらおうというのだ。それを把握できれば、タイムスリップ前に余裕を持って彼女に接触し、事情を説明できる、英麻はそう見込んでいた。
「無理ッ。どう考えたってこれは俺の能力越えてんだろ。探偵じゃあるまいし、誰かの行動パターンなんて人に聞いたくらいでわかるかよ。とにかく無理。もういーだろ?早くしないと焼きそばパンと三色パンが売り切れちまう」
両ポケットに手を突っ込んで踵を返しかけた松永の鼻先に、スッとあるものが差し出される。
「へ?…こっ、ここここれはアッ!ぽっ、ぽんかんさんの全国ツアー最終日のドキュメンタリースペシャルッ!?」
英麻の指先にはさまれたDVDには、ミカンに似た柑橘系の果物のマークと共に、たった今、松永が叫んだのと同じタイトルが手書きで記されていた。松永は神妙な顔でディスクに手を伸ばしかける。だが、英麻はすぐそれを後ろ手に隠してやった。
「その通り。あんたが大好きな男性ギターデュオ、ぽんかんの秘蔵映像とやらがここにはいっぱい入ってる。確か、あんた前にうっかり見逃しちゃって学校でもこの一ヶ月くらいオイオイ泣いてたわよねえ?これ、うちのお父さんが録画したやつ。お父さん、一回観たら満足したみたいで、もう録ったことすら忘れてる。で、もしよかったら貸してあげてもいいんだけどなア?あんたが情報屋の」
「やりますッ、やりますッ、やりますとも!足立様たってのお頼みですからねえっ。いやあー、ぽんかん関連番組の中でもあれを録画なさるとは、さすが足立様のお父上…」
「おべっかはそんくらいでいいわよ。とにかく、若田さんにバレないようにね。頼んだわよ、情報屋?」
「お任せあれっ」
松永は英麻の前にひざまずき、恭しく片手を胸に当てた。トレードマークの八重歯を見せ、ニカッと笑ってみせる。
「この松永正、必ずやご依頼の件に応えてみせますぜ!」