表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/50

理数系を中心に成績優秀。定期試験の順位は常に学年五位以内。丁寧に書かれた授業ノート。物静か。努力家タイプ。図書委員。

思い浮かぶのは、まじめなイメージばかりだった。

「―――若田舞子さん、かあ」

「あー、翔ちゃん最高…急にどしたの?我がクラスの秀才ナンバーツーの名前、呟いちゃって」

ブロマイドの中で微笑する聖組の長谷部翔太くんに見とれていた純がきょとんとした顔になる。

休み時間の今、英麻と純はこの前観た『剣聖華劇』の上演会場で買い漁ったブロマイドを吟味し、ファイリングしている所だった。

「いーよなああー、若武者様はお勉強ができて。俺ら劣等生組とは頭の出来が違うからなー。なっ、足立サン?」

松永が英麻の脇から口をはさんできた。

「まーた、わいてきたわね、松永。あんたごときに劣等生呼ばわりされる筋合いないしっ。それに何よ?若ナントカって」

「若武者。このクラスの若田舞子のことを指す。彼女の異名だ」

今度は背後から四角い眼鏡の長身の少年が口を出す。

「わっ。な、長島くんまで」

松永に続いて現れたのは二年A組ナンバーワンの秀才、長島涼だった。クラス内順位は言うに及ばず、学年でも全科目一、二位の成績を誇り、様々な分野にくわしい物知り博士でもある彼は、やや理屈っぽい所はあるが、皆から尊敬される存在であった。A組の学級委員でもある。

「でも、何で若田さんが若武者なんて超強そうな名前になるの?おとなしい人なのに」

純が率直な疑問を口にする。長島がずいっと眼鏡に手を添えた。

「その手強さから合戦にも例えられる日本史の復習タイム。これを支配する鬼将軍ことツノミヤ先生の口頭試問に対抗できる数少ない生徒には、男女問わず、いつの間にか戦国武将をイメージさせる呼び名がついた」

たとえば、長島涼と毎回、学年トップの座を争うD組の森くんなら闇将軍、女子で常に一番の成績を誇るB組の能見さんなら女城主、七月の試験で角宮相手に日本史九十八点という伝説をつくったC組の白岩くんなら闘将といった具合らしい。

「そして、若田舞子の場合が若武者。由来は名字および、若武者さながらの果敢さでツノミヤ先生の難問にしっかり解答できることによる」

「へえええー」

「知らなかった」

「ちなみにこちらの偉大なる長島センセイは軍師と呼ばれておられるのだ」

松永が胸を反らして補足した。

「何であんたが威張んのよー」

純が肘で松永を小突く。

はああ。やっぱり若田さん、根っからの優等生なんだなあ。私とは大違いだわ。あの難しくて全然、おもしろくない日本史まで、できるなんて。

英麻はいつかの日本史の復習授業で、当てられた生徒たちが次々と『討ち死』した角宮の問い(それも説明しろ系問題)にきちんと正解した舞子の様子を思い出していた。

その一方で、昨日の最終判定後に見た、作業服姿の舞子も蘇る。

あの時。小屋の引き戸に隠れて中を盗み見た英麻の目に映ったのは、工具片手に黙々と機械をいじる舞子だった。

そこはやはり、何かを製造する工場らしかった。『何か』の正体はとうとうわからなかったが、複雑な形をした機械が金属らしきものを削ったり、穴を開けたりする、といった作業が小屋の中ではひたすら行われていた。けたたましい音と共に機械を動かしているのは、舞子と同じ灰色の作業服を着た数人の男性たち。その年齢層は幅広く、小柄な老人もいれば、高校生くらいの男の子もいる。その彼らの近くで、舞子は作動していない機械に向き合い、手際よく部品を取り替えたり、その他の手入れをしたりしていた。驚いたことに、この町工場で実際に使う機械を修理しているようなのだ。舞子のその表情は英麻が目にしたことがない、真剣なものであった。

結局、タイムアテンダントに関する事情説明はできずじまいだった。


あんな若田さん、初めて見た。

どうしてあんなことやってるんだろう。家のお手伝いって雰囲気じゃなかった。

しかも、舞子がしていたのは、町工場の機械の修理作業である。とても十三、四の女の子が好んでやることではない。

まさか、家の人たちが超意地悪で無理矢理、働かされてるんじゃ。

「そんなもん買うためによく小遣いバラまくよなあ。やっぱりただのコスプレじゃん」

松永が、純が古美術品を扱うかのごとく大事にファイリングしている『剣聖華劇』のブロマイドをじろじろ見て言った。

「ほっといてよね、私の貴重なコレクションなんだから。それにコスプレじゃないの。舞台衣装なの、これは」

「なあ、そこのやつ、上と下入れ替えた方が見映えよくなるんじゃね?」

「うっさいわねー…ん?でも、そうかも」

「『剣聖華劇』か。現在、第三作目まで上演されている、トップアイドル聖組主演の人気ミュージカル。熱を上げる女性ファンの数は国内だけでも数十万人規模」

「わおっ。さすが長島くん、わかってくれてうれしいわー。そうなのよ、何しろファンの数が多いからこの前、やっとこさ観れたサードシーズンの舞台でも」

他三人の話題が『剣聖華劇』に映る中、英麻はまだ舞子のことを考えていた。

とにかくっ。まずはきっちり事情説明して、確実に若田さんをタイムスリップさせなくちゃ。打倒ハザマのためにも、みなみの時みたいにドタバタした感じになるのは絶対、ダメ。そして、そうならないためには。

もっと若田さんの情報が必要だわ。

英麻は心の中で一人、うなずいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ