表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/50

「あの若田さんが三人目のタイムアテンダント…?」

眼鏡の少女もとい、若田舞子は束の間、スカイジュエルウォッチを握ったまま、いぶかしげな表情を浮かべていた。だが、空色の円い文字盤に目をやり、あっ、という顔になる。自分の腕時計で時間を確認すると舞子は本を鞄にしまい、さっと立ち上がった。速足で歩きだす舞子に英麻は少し慌てる。

「どこか行くみたい。早く追いかけて事情説明しないとっ」

「おー、いってらっしゃい」

あっさりしたみなみの返事に英麻はがくっとなる。

「いってらっしゃいって、一緒に来てくれないのっ?」

「だってこの後、柔道の稽古だし。う行かないと遅刻する」

「けど、三人目のタイムアテンダントが誰かはっきりしたんだから、とっとと次の段階に入った方が」

「そんな焦らなくたって平気だろー。同じ学校で学年も一緒。英麻の場合、クラスまで同じなんだから説明するチャンスなんていっぱいあるさ。タイムスリップの指定日まで余裕あるし。そんじゃ、お疲れさん!」

それだけ言うとみなみは一気に自転車を漕ぎだし、颯爽と走り去る。

「ちょ、みなみってば……んもうっ!」

英麻は軽く地団駄を踏んだ。

おたくの時もそーだったんだよっ。学校も学年も同じ、タイムスリップまでそれなりの日数もあった。なのに、接触するのにさんざんこっちは苦労させられたんだよ、マウンテンバイク王子のみなみくんっ。

「どうするのオー?英麻チャン」

「しかたないわ。私たちだけでも行って何とか今日中に説明するわよ。打倒ハザマのためにもね」

英麻はニコを肩に乗せ、急いで舞子の後を追った。

幸い、舞子の姿はまだ目の届く範囲にあった。舞子はスカイジュエルウォッチをキャッチした街路樹の下からさらに先へと続く、縁田川沿いの歩道を歩いていく。少し速足ではあったが、歩き方のペースは一定だった。

しばらくした所で左に曲がり、川沿いの歩道から町中の大通りへと移動する。英麻もある程度の距離を置いてついていく。さっさと呼び止めたいのに、なかなか英麻にはできなかった。普段、あまり話さない舞子にどう声をかけたらいいかわからないのだ。結果、気づかれそうになる度に電柱やポストの影に隠れるなどして舞子を尾行する形になってしまっていた。


ずるずると尾行を続けるうち、とうとう舞子は自宅らしき所まで足を進めていた。

ああもう、何やってんだろ。絶対、怪しいわ、私。早く若田さんに話しかけて事情説明したいのに。あれ?

英麻は舞子がやってきた場所にすーっと目が吸い寄せられた。

そこは小さな工場のような外観だった。いわゆる、町工場である。表のブロック塀に古い縦書きの看板がかかっているのが見えた。

少し色褪せた白地の板に毛筆で若田製作所、とある。正面の塀の向こうからは何かの機械音が絶え間なく聞こえていた。英麻はためらいつつも、ブロック塀を通過した舞子に続いて若田製作所の敷地内に足を踏み入れた。

「勝手に入ったら怒られちゃうかもヨー?」

「ちょっとだけよ、ちょっとだけ」

「ニコ、知らないヨ」

足音を立てないよう、英麻は慎重に歩いていく。

灰色のブロック塀の向こうに見えたのは、ごつごつした感じの風景だった。

古めかしい地味な色の小屋が一軒と、その周りに倉庫が二、三軒。小屋の方からは例の機械音が単調に発せられる続けている。可愛い鉢植えとかおしゃれなエクステリア用品の類はかけらもなく、敷地内の彩りといえば、小屋の片隅に遅咲きのタチアオイが居並ぶように咲いているくらいだった。その濃い紅色の花は、無機質な風景の中でいっそう鮮やかに見えた。

舞子は静かに小屋の前を通り過ぎ、少し離れた所に立つ日本家屋のの中に引き戸を開けて入っていく。年季の入った木造平屋建て。古くからある日本家屋といった感じの家だ。ここが舞子の自宅らしかった。

家に入っちゃった。今日の説明、やっぱり無理かな。

英麻がそう考えた時、再びガラリと引き戸が開いた。舞子が出てくる。急いで近くの塀の影に隠れた英麻は舞子の姿に目が釘付けになった。

舞子は着替えていた。それもグレーの作業服にキャップという服装に。やや汚れた作業服は遠目にもかなり使い込まれているのがわかる。胸元に小さく若田製作所、と入った刺繡が見えた。

「えっ、何で…」

混乱しかける英麻には気づかず、作業服姿の舞子は軍手片手に大股で小屋の方へ向かっていく。紅色のタチアオイが群生する小屋の前まで来ると、勝手知ったる足取りで中へと入った。開け放された入口からは機械の音が休みなく響いてくる。

英麻もそろそろと小屋に近づく。所々が黒ずんだ、見ていてもおもしろくない地味で無骨な雰囲気の小屋。

若田さん、この中で何やってるんだろ。

好奇心が湧いてきた。

けたたましい機械音に顔をしかめつつ、英麻は入り口の戸に両手を添え、そっと中をのぞいてみた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ