初対面
とにかくジヒョンのファンには気をつけるように言われ、赤井杏奈として過ごす1日目が終わった。
次の日、また私は事務所に来るように言われたので沙耶さんと一緒に向かった。
ドアをノックして指定された部屋へ入ると、すでにたくさんの人が集まっていた。
「遅いよアンナ!さあ席について、あいつはまだ来てないのか…まあいい、会議を始めます。」
私は言われるがままに席についた。その後すぐに、1人の男の人が喋り始めた。
「今回はアンナの活動復帰の件についてです。皆さんご存知の通り、アンナは今記憶喪失になっているため、芸能界活動復帰は難しいかと思っていましたが、ジヒョンとの熱愛報道の件もあり、ジヒョンのファンとアンナのファンによる1度アンナの姿を見せろ、または見たいという書き込みがTwitterにて多く見られます。それに加え、ある雑誌にはアンナはすでに完全復帰できる状態にあるという記事が書かれ、それがファンの間で信じ込まれているようです。」
「なるほど。高橋さんはアンナの活動復帰は遅らせるべきだという考えで?」
「いえ、私はすぐにでも復帰すべきだと考えています。ファンも待っていてくれていることですし。伊藤さんも同じ考えだと伺いました。」
「しかし、記憶喪失であることを隠すとなると、厳しいものがあるのでは。いずれボロが出るに違いない」
「いやしかし…」
みんなの考えが交錯してまとまらない中、私に言及すればいいものを気を使っているのか、視線は感じられるものの誰も話しかけてこない。そんな微妙な空気を切ったのは高橋さんだった。
「アンナはどう思っているんだ?」
皆の話が止まった。
正直なところ、以前から芸能界に興味が無い訳ではなかったが、それはあくまで視聴者であったからであり、実際のところ経験が全くないので不安でいっぱいだった。
「私たちはあくまでも君の意志を尊重したいと思っている」
「私は…」
そう言いかけた時、急に部屋のドアが開いた。
ガチャっ
「!!遅いじゃないか、30分も遅刻だぞ!」
「悪い悪い、寝坊したのと道が混んでたから遅れた。」
その人は遅れながらも部屋へ入り、面倒くさそうに椅子へ座った。
(え、本物?夢じゃないよね…カッコよすぎる。。画面の中だった人が目の前にいるなんて!!あ、今は私も画面の中の人か…)
「ンナ…アンナ!」
ハッ!
名前を呼ばれて我に返った。
「どうしたの?ぼーっとして。あ、そういえばアンナからすると初対面だったわね。改めてお互いに挨拶しなさい」
私は目の前に座る人物に興奮するのを抑えながら挨拶した。
「…あ、あの!赤井杏奈です。よろしくお願いします!」
「……そんなの知ってるし」
「ジヒョン、彼女は何も覚えていないんだから、もう1回きちんと挨拶せぇ!」
マネージャーらしき人にそう言われ、彼はしぶしぶ口を開いた。
「……ジヒョンだ」
まさに部屋に入ってきたのはあの憧れのジヒョンだった。
ずっと好きだったジヒョンが目の前にいるので、不安だったことも全て消えてしまった。
「全員揃ったことだし、話を戻します。アンナ、君は活動復帰を望むか?」
「えっと……」
しばらく黙り込んでいると、彼が口を開いた。
「即答出来ないくらいなら復帰はやめろ。というより、これを機に芸能界を引退したらいいんじゃないか?」
「ちょいジヒョン。言い方がキツいぞ」
「うるさい。大体俺はあの偽熱愛報道も認めてないからな。俺の承諾も無しに勝手にねつ造しやがって。あんなのがなくたって俺は1人でやっていける。」
ジヒョンが数々の刺々しい言葉を放つ状況に私は言葉を失った。自分の抱いていたジヒョンの印象と素の話し方が全く違っていたからである。
「とにかく、俺はお前を全く認めていない。自分の意見もはっきり言えないやつが俺の恋人役をしないでくれ。俺のイメージにも繋がるんだから。そうだ、とりあえずこいつをしばらく活動休止にさせて、そのまま俺たちは意見の不一致から破局しましたっていう記事をそのうち書くのはどうだ?ほとぼりが冷めた頃にひっそりまた出てきたらいいだろ」
「そんな勝手なことが通るわけないだろう」
「なんだよ、俺の意見も聞くためにここに呼んだんだろ。とにかく、俺の言いたいことは言ったから。撮影あるし次行く。」
そう言いたいことだけ残してジヒョンは部屋を早々に出て行ってしまった。
「ジヒョン!待ちなさいや!」と言いながらマネージャーも追いかけて出て行った。
「はぁ〜相変わらず嵐のようね。だからあいつ嫌い」
「全くあいつは。本当に手のやける」
「どうしたのアンナ、顔が真っ青よ?」
私はまだ目の前で起こった状況に理解が追いついていなかった。
(あれがジヒョン?ずっと憧れていたジヒョンの本性だったの?信じられない。)
私が何も言わずただ黙っているのを見て沙耶さんが
「今日は私の体調が良くないのでまた後日に」と提案してくれたので、会議は延期となった。