大女には誰もが逆らえない
今日も朝から汗ばんでいる。近頃は春も終わりに近づき、陽射しも強くなってきた。そしてこの汗は陽気だけのせいじゃない。熱源が身体の上に乗っているからだ。
「ほらどけ」
「うや~。昨夜のザコお兄さんが激しすぎて腰が動かないぃ♥」
「何もしてねえよ」
身体の重りを毛布ごとポイと捨てる。メメは毎日俺を肉布団、いや抱き枕にしてくる。
もっとふくよかな身体ならこっちも嬉しいのだが、少女の薄い身体では楽しみは少ない。
メメは「扱いが雑」とぷりぷりと怒るが、ベッドから転がり落としたところで怪我するようなタマじゃないのは知っている。むしろ俺の打ち身が増える。
だが今日はメメの暴力に対し、俺は彼女の手を取ることができた。
そして俺は体勢を入れ替え、メメを仰向けにベッドに押さえ込む。腹の上に座り、両手を掴んだ。
「や~ん♥ 朝から襲われるぅ♥」
「はん! お前を襲える男は大英雄ガルガントくれえだよ!」
子供なら誰もが憧れる大英雄ガルガント。この国中のあちこちで吟遊詩人に歌われ、辺境の地までもその名は轟く。そしてそんな地にも子孫がいると言われるくらいに好色だったと言われている。
「ザコお兄さんがガルガントだったら良かったのにね♥」
メメは俺の押さえ込みを跳ね除けた。見た目からは想像できない化け物じみた力だ。
今度は逆に俺がベッドの脇に転がり落ちる。
「いててて……。それも魔法の力なのか?」
「そう。誰もが使える力よ」
とん、とメメが俺の脇に飛び降りる。そしていまだ残る俺の首の火傷を撫でた。痛みはもう消えている。
「ザコお兄さんの身体のマナの循環はこれで目覚めているわ。死ぬと思ったのに、生き残れてよかったね♥」
「そのおかげで俺は強くなれてるんだろ?」
「それだけじゃあないけど……」
メメが俺の瞳を覗いた。俺の視界の中で、彼女の真紅の瞳が炎のように揺らめき煌めく。
「マナは血と同じ。美味しい栄養を取らなければ腐り落ちるわ」
メメの指が俺の喉から頬をなぞる。彼女の桃色の唇から舌が伸び、先から唾液がつーっと垂れる。それが俺の唇に落ち、彼女の指がそれをなぞる。
俺の心臓がドクンと跳ねる。身体中に血が巡り、陰茎が痛いほどに腫れる。
目の前の唇に貪りつきたくなる。俺は舌を伸ばしかけ、それを歯で噛んで治めた。
「ぐっ……くっ……」
「あら? 抵抗できたのね」
「おっぱい!」
俺は少女のおっぱいが大好きだ! おっぱい! ちっちゃいおっぱい最高! いえーい!
目の前のおっぱいを揉み揉みもみ~ん!
手を伸ばしていただきまーっす!
「ぐえっおぐぅ!」
みぞおちを踏みつけられた。激痛で身体中に巡っていた衝動が萎れていく。
「うわキモ! 変態! ロリコン! ついに狂ったの!?」
「へへっ。でも抵抗できたろ……」
「頭おかしいんじゃないの」
俺は腹を押さえながら起き上がる。
「精神系の魔法は痛みで解けやすいんだろう? ならば心臓狙いの訓練で反撃を食らうのが一番確実だ。暗示で胸を触る事を渇望するようにした」
「意味わかんない。普通に抵抗しなよ……」
「魔法抵抗の仕方なんてわからん」
メメははぁとため息を吐いて、ベッドに座って足を組み、手を頬に当てた。
「自己暗示で抵抗を試みはできているじゃない……。方向がおかしいのよ。それとも本音では私の胸を触りたいの? ロリコンお兄さん♥」
「もっと膨らんだらな」
よっこらしょと立ち上がったところで尻に蹴りを食らった。
さて、支度もそこそこ、宿から出たところで久しい人物に出会った。
「よおザーク。元気かー?」
「ディエナの姉御!」
褐色で短髪で筋骨隆々。男より高い背丈で背に大剣を背負っている。大英雄の血を引くと言われるこのお姉さんはこの街で有名な大戦士だ。
そして前パーティーに半年ほど前に加入した、顔見知りである。
「一発ヤらせろーい!」
「勘弁してください」
そしてめちゃくちゃ男好きだ。彼女に泣かされた男は数しれず。
メメはそんな豪快な姉御を相手に、流石に戸惑っていた。
「おーう、そういや嫁ができたんだったか! めでてえなぁ!」
「いえ違います。なんていうか……相棒です。はい」
お互いを刺激しない一番近い言葉を選んで伝える。脳筋思考の姉御でも「相棒」なら伝わるはずだ。
「相棒かぁ! 相棒なぁ! なるほどなぁ! それじゃあ戦おうか!」
「なんでぇ!?」
俺の周りの女は頭がおかしい奴しかいない。
ディエナの姉御は背中の大剣を手にし、準備運動と言わんばかりに剣先が見えない速度でそれを片手で振り回した。
「勘弁してください。死にます」
「アッハハハァ!! そりゃそうだ! 安心したまえ! 剣の腹で打ってやるよ!」
猛獣がじゃれるみたいな感覚ですね。死にます。
「ちっ」
ディエナの姉御は不快な顔で大剣を仕舞い、宿屋の庭木の胴吹き枝、春先から幹の途中から突き出た余分に生えている枝をむしり取り、それを手に構えた。
「さあ来い!」
「胸を借ります姉御」
やるしかないようだ。俺は腰の剣を抜いて構える。こちらは真剣でも構わないだろう。実力差が歴然としているのはわかっている。
メメはそっと俺の腕から離れた。彼女も流れから、これがあの大女の挨拶と理解したのだろう。
「たあ!」
きっとディエナの姉御は、独り立ちしようとしている俺の強さを確かめに来たのだろう。
俺だって以前とは違う。突きだけではなく素振りも行っている。ド素人からは毛が生えているはずだ。
「アーッハハハ! 相変わらずよわっちぃなぁ! ザークは!」
だがディエナの姉御は笑いながら、俺の剣を木の枝でいなした。
そして枝で俺の手を打ち、俺は剣を落としてしまった。
「おいおい! 命落としても剣は落とすなよ! それが戦士ってぇもんだ!」
「勉強になります」
俺は剣を拾い、再び対峙する。
ああ、改めて思う。なんてでかさだ。見た目だけじゃない。剣を手にしてディエナの姉御を前にして理解した。そうかこれが大英雄の血。
体の芯から恐怖が吹き出す。それを自己暗示で打ち消す。
おっぱい。
おっぱい。
おっぱい!
ディエナの姉御のおっぱいは筋肉に乗っている。分厚い胸板に薄く広がるように乗っているおっぱいは、そう、肉厚のステーキ。ああ、肉厚のステーキを食べたい。ステーキを切って食べたい。
「ステェエエエキ!」
「なに!?」
メメのペチャパイを執拗に狙うように言われ、訓練し続けたおっぱいタッチ。その無駄のない洗練された動きが、俺の渾身の心臓突きへと変わる。
「ステーキいいな! 朝から食いてえなぁ!」
ディエナの姉御の驚きは、俺の突きに対してではなく、ステーキについてだった。
俺の突きは呆気なく回避され、ディエナの脇下を通り、脇を締められ剣を封じられた。
そして背中をバンバンと叩かれ、肺が爆発しそうになる。
「昨日いのしし卸したからよぉ! 食い行こうぜぇ!」
「あ、はい」
どうにもなんねえ!
だけど俺の心の中は挫折感ではなく、憧れ、尊敬。大英雄へのそれだ。差がでかすぎて惨めにもなれねえ。
そうだ俺は、こうなりたかったのだ。この強さを手に入れたかったのだった。
「ちょっとぉ。それ私の玩具なんだけどぉ?」
「ん? なんだぁ?」
「おいメメ……」
俺の肩に腕を回して運ぼうとしていたディエナの姉御の前に、メメが立ち塞がった。
「私ともやりましょうと言ってるの」
「ああ! なるほどなぁ! よっしゃ!」
戦士言語にすとんときたのか、俺はポイと道端に捨てられディエナの姉御は素手で構えた。
「得物なしでいいのかしら?」
「ああ、そっちも素手だろう! さあ来い!」
実のところ、メメとディエナの姉御のどっちが強いか興味がある。どちらを応援するべきか非常に悩む。
決着は意外なことにすぐに付いた。俺を毎日苦しめるメメのボディーブローがディエナの腹筋にめり込んだ。しかしディエナはそれを苦にせず、メメの身体を掴んで持ち上げた。
「アッハハハハーッ! 軽すぎるぞ! もっと飯食え!」
そいついつも妊娠腹になるくらい食ってます。
メメの敗北になぜか、俺は、凄くガッカリした。いや、ガッカリという感情ではないな。なんだろうこれは。悔しい?
「筋肉達磨。放さないと殺すわよ」
「こええなぁ! 魔法は止めてくれよ!」
そうか。魔法なしだったな。元からディエナの分の戦いであった。
実戦だったら……。俺はメメの勝ちを信じたい。
「なあお前さあ……」
その先は聞こえなかった。ディエナがメメに何か耳打ちをした。
それを聞いたメメの右手が光を放つ。
魔法を使おうとしている!?
しかしディエナはその手を握った。光を放つ握手だ。
ディエナはにかっと笑う。
「ステーキ食いに行くぞザークぅ!」
この街に姉御の誘いを断れる奴はいない。