俺は冒険者らしくなってきたらしい
門から出て西の森を目指す。最近は毎日通っているので門番も顔パスだ。
「やぁ嬢ちゃん。今日もかわいいねぇ」
「門番さんっおはようございまぁす♪」
そしてメメは今日も媚びを売る。なんかこいつ俺にだけ態度悪くない?
「割れ物を持っているから、今日はいつもみたいに絡んでくるなよ」
「わかってるわよ、よわよわガラスメンタルお兄さん♥」
ガラス瓶は布で包み、網籠に入れてある。それを左手で持ち、メメはその手を握っている。
精霊花の採取地は森のやや奥地だ。
とは言っても、過去に何度も人が採取に行っている。そのため獣道に近いものができていた。森の中とは言え、かなり歩きやすくなっており、小川に簡易な丸太橋まで架かっていた。
「ふぅん。思ったより楽な依頼じゃない」
「モンスターの気配は無さそうか?」
「あったら言ってるよぉ。びくびくザコお兄さん♥」
メメはそんな事を言っているが、いつも先に教えてくれないので心配で仕方がない。
左手に籠を持っているので、不意打ち戦闘は本当に勘弁願いたい。
「うん? 脇の茂みが揺れなかったか?」
「潜んでるねゴブリン。ザコザコお兄さんなのにわかるようになったんだぁ。えらいえらい」
やっぱいるんじゃねえか!
俺はさり気なく足元に籠を置き、石を拾った。
最近はメメに言われて投擲の練習もしている。投げるという行動は人体を最も有効的に使える原始的で効果的な攻撃法だと言う。しかも武器となる石は、選り好みをしなければあちこちで拾うことができる。
俺は揺れた茂みから一瞬意識を逸らし、そして向き直り、左足を踏み出す。右腕を後ろから回し、リリース時に人差し指と中指で押し出す。
石ころが茂みに向かって真っ直ぐに飛び、『ギエッ!』と茂みから汚い声が上がった。
俺は駆け、剣を抜き、そこへ突き刺す。ゴブリンは絶命した。
一匹だけのようだ。耳を澄まし、周囲を注視するが、他に気配はない。俺は剣で耳の根本を突き刺し、討伐証明を剥ぎ取る。
剣に付いた青い血を振って飛ばし、布で油を拭き取り、鞘に納めた。
「ふぅん。ザコお兄さんも様になってきたじゃない」
「はぐれゴブリン一匹に様もクソもなぁ」
ゴブリン程度、誰でも倒せる。誇れることじゃあない。
ゴブリンに負ける奴なんていな……いや、いたな。失禁までした奴が。
「よし行くぞ」
依頼書に書かれている精霊花の群生地までもうすぐのはずだ。
その場所は小さな滝に泉が溢れ、一面に青い大輪が咲いていた。
「きれーい」
「メメもそんな人並みなこと言えたんだな」
攻撃が来そうな雰囲気がしたのでさっと左手の籠を引いた。ガラス瓶を壊されちゃかなわん。
すると偶然、メメのボディーブローが腹の真ん中ではなく脇腹に刺さった。
「げふっ」
「あら? 外しちゃった」
痛がる俺の顔を覗くもメメは不満そうだ。
「いててて……。籠の瓶を取ってくれ」
「あーい」
瓶に泉の水を汲む。花が開きかけの精霊花を手折り、瓶にさした。これでよし。
「こっちの方が綺麗に咲いてるよー?」
「ああ。開ききってないほうがいいんだ」
「ふぅん。そういうものなのね」
メメはぶちっと花を手折り、自分の髪に挿した。
「どう?」
「似合ってる……が、途中で萎れるぞ」
「いいのっ」
メメは精霊花のささった瓶を俺の手から奪った。
「おい、気をつけてくれよ……って大丈夫か。俺が持つより安全だな」
「ドジお兄さんじゃ落としそうだもんね♥」
メメは帰り道にこにこと楽しそうだったが、やはり頭の花は萎れてしまった。
それでもメメの銀髪に青い花が映えていた。メメは俺の腕を取りひっついているので、萎れてなお花の香りが漂ってくる。
門番もそれを見て、「お、結婚するのかい? おめでとう」なんてからかってくる。
俺達の姿、改めて考えてみると、うん。俺が求婚の花を渡したようにしか見えないなこれ!
「おい、ここからは俺がそれを運ぶ。萎れた花もいつまで髪に付けてるんだ」
「えー」
俺はメメの髪の花を取ってポイと捨てて、花瓶をメメの手から受け取った。
冒険者ギルドに向かうと、例の少年が近づいてきて得意げな顔で萎れた精霊花を見せつけてきた。花びらの一部が取れかけている。
ああ……、よりによってすぐに届けず、扉の前でずっと待っていたのか。
「俺の勝ちだ! 約束通りその子から離れろ!」
「いや、こいつから引っ付いてくるんだが」
「私も離れるつもりないよ♥」
メメが少年の持つ萎れた精霊花を指差した。
「依頼達成までが勝負でしょ?」
「!?」
メメがそう指摘すると、少年は慌ててギルドの扉を開けて駆け出した。
俺達もギルドの受付に向かうと、少年は揉めていた。
「これじゃダメってなんでだよ! 採ってきたじゃん!」
「その品質では受け取れません。依頼未達成です」
「くそっ!」
暴れそうになった少年の両脇を、屈強な男が抱え込んだ。そしてギルドの外へ放り投げた。
「あー。いいかな?」
俺は受付に依頼書と精霊花、そしてゴブリンの耳を差し出した。
「はい結構です。お疲れ様でした。こちらは瓶のままお預かりしてもよろしいですか?」
「ああ」
メメが首を傾げた。
「それじゃあ儲けがないじゃない。アホお兄さん♥」
「まあ、そうだな」
受付が瓶を大事に仕舞い、報酬金を手に戻ってきた。
「ご安心ください。瓶は依頼主が買取なさらなかった場合は、返却いたします」
「瓶だけ返されても困るじゃない」
メメの言うとおりだ。機会があったらそれを手にもう一度精霊花の採取に行ってもいいが。
「ふふ。よほどの理由がなければ瓶を買取なさいますよ」
「そうなのか。それは安心した」
俺は瓶の価格をおよそ一分銀貨2枚だったことを伝え、依頼報酬を受け取った。
そしていつものように酒場へ向かう。
「よぉ嬢ちゃん。今日は遅かったじゃないか。ザクロが入ってるぞ」
「わぁい♪ ありがとうおじさま♥」
そしてメメはいつものようにサービス付きで定食を頼む。
俺も酒と食事を頼んだ。俺には果物なしだ。
「あの少年大丈夫かな」
「なぁに? いまさら心配? こうなること予想していたのではないの?」
「いやまさか。そんなことはない。依頼書の内容に目を通していないとは思わなかったよ」
精霊花の事はある程度事前に知っていたが、依頼書に「萎れやすいこと」「品質の良い状態で持ち帰ること」が書かれていた。
何も知らなかったとしても、街中で情報を聞き込めば失敗することはなかったであろう。
字を読めなかったとしても、金を払って誰かに、それこそ受付にでも確認すれば良かったことだ。
「ザコお兄さんって、冒険者じゃなかったのに冒険者っぽいこと知ってたのね。意外」
「なにを。一応元Dランクパーティーの冒険者だぞ」
「雑用のFランクだったけどね♥」
メメは俺の胸をぺたぺたと触ってきた。
「まあそれでも、らしくなってきたんじゃなあい?」
「メメに褒められると気持ち悪いな」
「きゃははっ♪」
冒険者らしく、か。
そろそろ討伐依頼でも受けてもいいかもな。ゴブリンの巣はまだ早計だとしても、猪くらいなら行けるんじゃあないか?
「また何かえっちなこと考えてるぅ?」
「ちげーよばか」
メメが俺の口から食べかけの肉を奪い取り、それを自分の口に放り込んだ。
もきゅもきゅと口の端から肉汁が垂れている。
「あーあー、食い意地はって……汚いな」
俺はハンカチでそれを拭き取ってやる。手のかかるペットみたいだ。
そうやって二人で食事を取っていると、目の前に誰かの気配がした。
俺達の前に座るのは、いつもはリチャルドか、俺達のことをからかってくる奴なのだが、それは今朝見た小柄の魔道士少女。アリエッタだった。
「何しにきたの? ちびっ子♥」
「食事を取りに来ただけよ。ちびっ子」
ちんちくりんとちんちくりんが火花を散らす。魔法的に。
「んなとこで魔法使うんじゃねえ! 出禁になるだろうが!」
「ふんっ。先に仕掛けてきたのはそっちよ!」
「やん。ザコお兄さんあの子こわーい♥」
ぶりっ子やめろ。
「そういうのがいいのか……」
「うん? なにか言ったか?」
「なにも」
何をしにきたのかわからないが、アリエッタは無言で一緒に食事を取って、去っていった。