クリーム王ザコル
クリーム王ザコルは謎多き人物である。
エルシア神国リチャルド王の一節に書かれる彼の名は「製菓富豪のザコルはクリーム王と呼ばれ『クリームは胸の前で平等』と説き魔女と獣人の差別問題に取り組んだ。」とだけ残されている。近年では王と親交があったとか、ドラゴン討伐に参加したなどの説が上がっているが定かではない。
いや、なかったというべきか。
私が彼を取り上げたのは、祖母の遺品から不可思議な手書きでボロボロの、それでいて大事に保管されていた一冊の本が見つかったからである。
そこにはザークという男の荒唐無稽な冒険譚が書かれていた。
そう。この本は上記のザコルとザークは同一人物だと指していた。
信憑性の怪しかった、「エルシア神国の地震」や「ケルベロスの悲劇」や「ドラゴン討伐と神剣の物語」がこの中には描かれていた。そしてこれは誇張されている部分は多々見受けられるものの、後世に創られた創作ではないと判断した。
この名もなき自叙伝によると、ザコルは私の祖母アリエッタとも親交があったようだ。
ザコルは常に若い女を侍らかせていたとされるが、それは彼の伴侶であったようだ。彼女が、あるいは彼女たちというべきか、ザコルが魔女と獣人の差別問題に長年携わっていたのは、彼の伴侶がそうだったからと裏付けられた。(もしかしたらその中に私の祖母も含まれていたかもしれない可能性があり、少し思うところがある。)
さて。リチャルドの英雄譚の中にある、「彼に手を差し伸べし男」「ケルベロスに噛み付いた蚤の男」「ジプシーの首魁」「彼に歯向かった悪魔憑きの男」「ドラゴン討伐の酒飲みの樽男」は吟遊詩人の創作として、さして取り沙汰されることはなかった。しかし自叙伝の中にはなんと、これら全てがザコルと同一人物ということが書かれていた。創作では(自叙伝も創作と思われる部分があるが)大きく誇張されているものの、概ね間違いはない。
すると、脇役の中の脇役でしかなかった名もなき男が、非常に面白い男だと私は気づいた。
カルト教団「母なる双丘」も彼の関わりが示唆されている。教徒とジス教は今でも対立をしているが、しかし教団を立ち上げた彼と、エルシア神国の聖女であり王妃であるバンテリアとも親交があったようだ。
ザコルがドラゴン討伐の一員とすると、彼の関係はそれだけに留まらない。
戦場の伝説の女怪傭兵ディエナ。若く早世し一般的には名は知られていないが、百丁の銃でも彼女は殺せぬと戦場では言われ、傭兵たちの間では百銃のディエナと恐れられた。
エルフの女王シリス。彼女はエルフの中でも珍しく人間と交友があったことで知られている。エルシア神国の東のエルフの森に創られた国にも、ザコルが関わっていたようだ。
最後の魔導師アリエッタ。私の祖母である。エルシア神国に図書館を建て、世界中から書物を集めた。図書館を維持していたのが若き日のザコルである。
薬師リルゥ。寡黙なエルフと話すことができる人間はザコルだけとされていた。彼女の造るエルフの秘薬を求めて多くの人が街に訪れたが、ザコルに認められた者にしか得ることができなかったとされる。
まだ他にもいるが割愛する。
さて、ザコルの名が知られるようになったのは、製菓店パフィの店が始まりだ。彼は製菓店パフィのオーナーであった。そして非常に美しいと当時話題となった看板娘三人は突然いなくなった。信じがたいことにおそらく彼女らこそが彼の伴侶と思われる。
ザコルの物語はここからの、事業拡大の方が有名であろう。
彼は南へ行き、菓子の材料となる砂糖を巡り、ダークエルフ達と取り次いだ。そしてさらに西へ向かいぶどう畑と契約した。
その後、エルシア神国の北部に戻り、広大な草原地メルメリアを買い占め、一大農場を築き上げた。これこそが彼がクリーム王と言われる所以である。
名が知られるほどに彼の事業が成功したのも納得がいく。
なんてことはない。ザコルはエルシア神国リチャルド王の親友であり――※補足:自叙伝ではそれだけの関係ではなく、ザコルとリチャルド王が結婚していたとされているが謎である。――、その上、冒険者たちにも顔が広かった。農場の成功はこうした要因が大きい。
さてはて、話しを戻そう。
近年では眉唾とされるエルシア神国の穴の話しだ。
リチャルド英雄譚の中でも穴の話しは年月に多くの矛盾があり、地震で開いた断層から創られた創作とされていた。だが、この自叙伝の中でその矛盾が生じた理由が書かれていた。彼の書の中ではマナが非常に濃い中では時間の歪みが生じるという。これを伝えていたのは私の祖母のアリエッタだ。(なんと私の祖母もドラゴン討伐の一員だった!?)彼らがドラゴン討伐に掛けた二、三日のうちに、地上では十年の年月が経っていたという。
辻褄合わせの創作と馬鹿にする者もいるだろうが、こういった事例は世界各地に見受けられる。
魔導師アリエッタの言葉だとすると、単なる眉唾ではないと理解していただけるだろうか。
とにかく。ザコルの自叙伝は創作にしては信憑性の高い資料と言えるだろう。
特に、今では多くの謎とされている黄金の天使や悪魔に関する彼の考察に対し、魔導師アリエッタが、辰砂の赤色のインクで添削を行っている点だ。
ザコルのデタラメな考察に対し、アリエッタは我慢できずに書き込んだのだろう。そしていつか返そうとしていたのではないだろうか。そのまま金庫の中に忘れられ、私の手に渡った。
私はこの草稿をまとめ出版することにした。
忘れられた時代の最後の、脇役の冒険譚を残すために。




