女装も似合うぞと言ったら案外素直に受け入れた
リチャルドの登場に民衆は静まった。リチャルドはこの街に於いて今や英雄だ。領主、冒険者ギルド、教会を取りまとめてケルベロスを打ち倒し、今も平和維持に駆け回っている。だがそれゆえに権力者側と思われている。もちろんそんな事はないのだが。
一方、街のアイドルとなったメメは持ち前の愛嬌をキャンプ地に振る舞い、さらに恐怖の根源となっている穴の調査を行っている。メメが悪魔と教会に宣言されても糾弾にならなかったのはその人気の高さゆえだ。
そして俺は、そのアイドルに取り付く瘤と思われ、男からは嫉妬を、女からは少女をこき使う非道と思われている。人気はなく、人気取りするつもりもない。
かくして、街の英雄だが権力者側、街の嫌われ者だが民衆側という、奇妙で厄介な立場の二人が対峙し、民衆は声が出せなくなった。
「ザークさん。どうしてこんなことを?」
「何のことだ?」
「今後に及んでしらばっくれるおつもりですか」
リチャルドは「はぁ」とため息を付いた。一年前はまだ幼さが残る顔立ちだったというのに……。俺に向ける眼光は鋭い。
「何か理由があるのでしょう?」
「待ってくれ。何が言いたいんだ」
「ザークさんが街の平和を害するつもりだと、お聞きしました。違いますか?」
「違う」
俺は即答した。リチャルドは肩をすくめる。
「何の不満があるのかは存じませんが、今この不安定な中、権力者を叩いてもより酷くなるだけです。考え直してください」
民衆たちの目が泳ぐ。彼らは何も考えていなかったのだろう。不満をどこかへぶつければ生活が良くなるはずだと信じていたのだ。だがそれは英雄によって否定された。
「俺はただ――」
アホどもと止めようとしただけなのだが。
「言い訳は聞きたくありません。このままだと僕はあなたを斬らなければならない。だから――」
「うるせー! 知らねぇー!」
俺が叫ぶと、リチャルドは剣の柄に手を当てた。
「ザークさん。聞いては貰えませんか……」
「知らないって言ってるだろ! これだからお前はなぁ!」
リチャルドが細剣を抜いた。
民衆は「ひぃ」と引くも、俺たちの様子を興味津々で伺っている。
「いくら否定しようとも、ザークさんが民を扇動し暴動を起こそうとしていることはわかっています。そのために、僕は来たのだから」
「だから違うって!」
「認めていただけないことが残念です……」
リチャルドの身体が白く淡く光る。
俺は腰の王の剣を反射的に抜いた。抜いてしまった。
話し合いはもはや不要と、リチャルドは口を一度ぐっと閉ざす。しかし眉間に皺を寄せて、口を開いた。
「それに」
「それに?」
「ザークさんが僕を誘ってくれなかった事を許さない!」
「ええ……?」
どういう嫉妬!?
ディエナの姉御も、ちびっ子も、人嫌いエルフも勝手に部屋に入って来ただけなんだが!? アリエッタは通話だが。
「僕だって! ザークさんの企みに乗りたいのに!」
話しがおかしくなってきた。いや最初からおかしいが。
「僕の立場が許してくれないのです! だから!」
「もういい。わかったリチャルド」
俺は剣をメメに預けた。そして素手で構える。
「ザークさん。剣を手にしてください。丸腰の相手は斬れません」
「メメと戦った時もメメは素手だったじゃあないか。今の俺は昔とは違うんだぜ、リチャルド」
俺が素手になったことで、低いオッズがさらに低くなったようで、民衆たちから怒号が飛び交ってくる。賭けすんな。しかも胴元は情報屋の大将である。
「いいんですね?」
「さあこい!」
リチャルドが高速の突きを放つ。
そして俺の肩に突き刺さった。
「やるじゃねえか……」
全く反応できんかった。俺は肩から流れる血を手で抑える。
「ザコお兄さん……よっわ……」
「よわー」
うるせえメメ。お前だってリチャルドに肩を刺されてたじゃねえか!
「すみません。これ以上はもう……」
「ちょっと油断してただけだ」
心底申し訳無さそうなリチャルドに対し、俺は体内のマナを練り始める。
できる。俺はできるはずだ。
リチャルドは男の俺から見ても顔が良い。きっとフリフリのブラウスとスカートが似合うだろう。さらにエプロンを着せたら、アリエッタよりパフィの店の店員が似合うはずだ。
「リチャルド。お前かわいいな」
「え?」
その時、俺は一瞬ホモになった。
おっぱい教徒ながらもお尻にも価値を見出した今だからできる。バイセクシュアルハラスメント。俺は愛の権化となる。
「消えッ――!?」
マナは濃ければ視認ができる。白いマナ。黒いマナ。なぜか。俺は学がないからわからないが、光だと思っている。光は見えないのに見えるんだ。マナだって見えないけど見える。同じだろう?
濃く。より濃くすれば、俺の存在は消え去るはずだ。
真っ白い太陽の中に、太陽そのものが見えなくなるように。
「掴まえたぜ」
俺はリチャルドを正面から抱きしめ、尻を揉んだ。小ぶりだが張りのある良い尻だ。
リチャルドは反応に遅れ、俺が存分に尻を揉みしだいた後に、抱きしめられる事に気づいたようだ。
そして零距離ならばリチャルドは細剣が使えない。
使えないかな? いや、使えるかも? 俺のケツをぶすって刺せるのでは? あれ?
計画違いな事に気づいて、俺は焦った。だが今更離れることもできない。
俺はリチャルドを正面から見つめ、顔を近づけた。
そして耳元で囁いた。
「リチャルド。お前は頑張りすぎだ」
俺は尻を揉みながら、この先どうしようと焦りながら口を回した。
「もっと俺を頼れ」
「ざ、ザークさん……」
リチャルドの手からカランと細剣が落ちた。
そしてリチャルドは人目をはばからず泣き出した。大人になったように見えて、リチャルドはまだ十五歳だ。俺が冒険者となった歳と同じだ。それなのに英雄と讃えられ、権力者達に良いように扱われている。
冒険者は外で働く者のはずなのに。
しゃっくりを上げて泣き続けるリチャルドを抱いたままで困っていたら、メメが俺の肩に手を置いた。
「ザコお兄さんが負ける方に賭けてたから大損したんだけどぉ!」
賭けすんな!
こうしてメメの今日のお肉代は無くなった。そのせいで今日の踊りは雑になった。悪循環でおひねりが更に減り、メメの不機嫌パンチが俺に刺さる。責任を追求されてたところにリチャルドがやってきて、メメに肉を奢って機嫌を取り戻した。
俺の肩の傷は、なぜか同席した聖女様の奇跡で治った。
「穴の調査に支障が出ると困りますから」
「ふふっ。驚きました。お二人が喧嘩するなんて」
「んぐんぐんぐ」
喧嘩というかなんというか。なんだったのあれ?
「今回の件でまた責任のなすりつけ合いが始まってますよ。嫌なものですよね」
「も、申し訳ございませんでした……」
聖女様はリチャルドにぺこぺこと謝った。どゆこと。
「どゆこと」
「聖女様のせいではありません。ええと。暴動が起きかけたのは教会がメメさんを悪魔だと宣言したせいと領主様はおっしゃっております。教会は『冒険者ギルドが悪い』と言い始めました。すると冒険者ギルドは『領主が悪い』と言います。くくくくく……」
急に笑い出した。こわ。
「結局無理なんです。この町の起こりからして。冒険者酒場なんて古いものがいまだに残る、冒険者の町なんですから。そうそう、昔はこの北の難民キャンプのようだったみたいですよ。冒険者たちが森から出てくるモンスターを食い止めていたのです。やがて栄えて町になり、国から領主が送られてきた。そしてジス教の教会が建てられた。あべこべなんです。面白いと思いませんか?」
「わからん」
そんな事より、うちの子達が肉の取り合いを始めてキャットファイトならぬフォックスハンティングが始まった事が問題だ。そういやこんな流れでこんなことになったんだった。やめっやめろ!
「復興が進まないのは街中に穴があるせいです。調査を終わらせて安全の確認をいたしましょうか」
「どうやって?」
「聞きましたよ。穴の底にはドラゴンがいるんでしょう? ドラゴンを狩るのです」
リチャルドの宣言に「おお」と聖女様が感嘆を漏らした。
うちの子たちは聞いちゃいねえ。
「私もお供いたしますわ」
え? 聖女様も穴に入るの?
聖女様の瞳はリチャルドしか見えていない。ふぅん? なるほど? そういう?
だが残念だったな。リチャルドは既婚者だ。相手は俺だ。どうやって離婚するのこれ? 離婚できたらできたで穴での王の資格とやらを失うのか? くそ、厄介な。
「ザークさん。僕たちのパーティーも一緒に穴に入ります。共にドラゴンを斃しましょう! 僕、ザークさんと再び冒険するのが夢だったんです!」
リチャルドから熱っぽい視線が向けられて、思わずドキッとしてしまう。リチャルドがそういう目で俺を見ているわけではないのはわかっている。だが俺はそういう目で見てしまったのだ。そしてそれは脳裏から離れずにいた。
「わかった。だがその前に準備だ。パフィさんの店に行こう」
シエラが「わーい」と両手を上げて喜んだ。その隙に隣のリルゥに肉を盗られていた。エルフって肉食うのか……。知らないことだらけだ。
俺はこっそり席を外し、通信の魔石を握りしめ、アリエッタに連絡を取る。
もちろん内容は、「リチャルドにパフィのお店の制服を着せよう」だ。リチャルド女装作戦である。アリエッタはこれにノリノリに乗った。リチャルドは泣いた。パフィさんはカメラというものを持ち出して、店の前で俺たちの集合写真を撮った。
俺、メメ、ヨウコ、シエラ、リルゥ。それに女装リチャルド、アリエッタ、シリス、ディエナ、聖女様。この十人から成るまだ見ぬドラゴン討伐隊である。




