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王の剣

 初めての穴の探索から三日が過ぎた。リルゥの回復を待ち、再突入の準備を整えた。


「……(ぴょんぴょん)」

「ぴょんぴょん」


 リルゥとシエラは二人で並んで跳ねている。何考えてるんだかわからん。


「おーい! 遊んでないで行くぞー」


 今日も日帰りの予定だ。なので荷物も軽量である。

 リルゥとシエラが手を繋いでとててててと走ってきて、こけた。泣いた。


「……(ぷるぷる)」


 リルゥは目尻に涙を溜めて泣くのをこらえている。それを見たシエラもぷるぷるし始めた。


「ぷるぷる」

「……落ち着いたら行くぞ」


 幼女二人を撫でていると、メメとヨウコは「先に行くねー」と穴を飛び降りた。おいおい。

 ヨウコがメメを背負いながら扇を扇ぐと、ぶわりと風が起こり、二人はふわふわとゆっくりと落ちていった。


「あれやりたい!」

「……(こくこく)」

「また今度な」


 俺がそういうとシエラはぷぅと口を膨らませて座り込んだ。徹底抗戦の構えだ。


「やー!」

「そう言われても、ヨウコは先に行っちゃったしなぁ」

「やー!」

「参ったな……」


 早くも探索は暗礁である。衛兵もこちらの様子を伺いながら苦笑をしている。


「……(じゃーん)」


 と、得意げな顔でリルゥが袋から取り出したのは、パフィさんから貰ったクッキーだった。

 しかしシエラは自前でクッキーを生み出すお菓子の悪魔だ。クッキーに一瞬喜んで見せるも、ぷいと顔を背けてしまった。


「……(もぐもぐ)」

「ぷー」

「……(ごくん)」


 幼女たちがマイペースすぎる。

 渋るシエラを抱えて階段を下りていく。シエラはもそもそと身体を登り始めて、肩車の位置に落ち着いた。なんなの。悪魔っ子たちの定位置なの?

 リルゥは子供でもエルフだからか、植物が生い茂った階段をひょいひょいと下りていく。むしろ俺の足元が危ない。シエラを抱えていてバランスも危ない。


「シエラ、仕事を与える。カンテラを掲げてくれ」

「あいっ」


 シエラは役目ができてご機嫌になった。俺の頭の上でクッキーを食べ始めた。食べるな。


『王よ』

「うわ!? なんだ!?」

「なんらー?」


 穴の中央で黒いもやが集まりだす。

 待てよ。黒いもやってそういや、あの鎧の中身と同じような……?

 黒いもやもやはあの時と同じように人型となり、黒髪おっぱいの女性のような姿へ変わった。


「どうもお久しぶりです」

『王の剣を……』

「王の剣を?」

『私に……』

「……?」


 黒いもやは溶けるように穴の底へ吸い込まれていく。

 なに!? なんなの!?

 下からメメとヨウコの声と、ガシャアンと金属が転がる音がした。


「戦ってるのか?」


 急ぎつつ慎重に蔦を下りていく。

 下まで辿り着くと、鎧兜が転がっていた。


「聖水を直接注ぎ込んでやったわ!」

「わちは止めたんじゃが……」


 鎧の下には黒くぐにぐにした粘液状の物体が蠢いていた。


「なんだそれ……」

「これ? 固まった死霊よ」

「よほど強い魔素のようじゃ。浄化せず塊となった」


 ぐにゅんぐにゅんしてるのがよちよちと俺の下へ近づいてくる。


「さっき話してたのはお前なのか?」

「なんのことじゃ?」

「いや、さっき黒いもやが話しかけてきてさ。『王の剣を私に』って。それだけ言って消えていったんだ」

「うむむ……」


 ヨウコは地面の黒い粘液を見つめ、シエラは枝を手にしてそれをつんつんした。


「死霊はマナだから思念で繋がってるかもね」

「つまり、やっちゃったってことか?」

「失礼ね。右腕もいだら苦しんで逃げてったくらいに思ってよ」

「だいぶ酷い」


 とりあえず、黒いぷにぷには、あの黒髪おっぱいとは同じようで同じじゃない存在ということか。王の剣ってなんじゃらほい。


「とりあえず燃やしとこ」


 黒いぷにぷには燃やされ、再び穴の底へ落とされた。今度は死ぬかな。


「ザコお兄さんこれ着るぅ?」

「着ない」


 こんなところでサイズの合わない金属鎧なんて着てたまるか。


「だけど剣は良いものだな」

「それが王の剣かもね」

「そんな都合良く――」


 動く鎧の持っていた剣を手にした瞬間に、俺の意識は落ちた。



 これは夢だ。

 夢とわかったのは、リチャルドが女の姿をしていたからだ。

 なるほど、彼女が黄金の天使。エルシアの女王か。


 これは剣の思念か。

 てっきりあの黒いもやの女が黄金の天使かと思ったが、そういうわけでもないようだ。

 あれは聖女に似ていた。すると、聖女にも繋がりが……。


 俺の意識の覚醒が近づき、夢の世界が崩れていく。

 おそらくもっと長い時間俺は夢を見させられていたかもしれないが、寝起きの一瞬しか覚えていられなかった。


「ザコお兄さん、何してるの?」

「メメか。ああ、俺はどのくらい寝てたんだ?」

「え? いま倒れたとこだけど」


 ふむ。なるほどな。

 全く時間は経っていないようだ。これが、時間の歪みか……。


「なに寝ぼけてるのよ」


 なんだかメメが凄く色っぽく感じる。

 俺はメメの太ももを撫で回した。


「な!?」


 俺は蹴り飛ばされる寸前に、ヨウコに乗り移った。

 ヨウコは太ももに頬をすりつける俺の頭を撫でた。


「その剣が原因のようじゃな。この様子じゃと、魔素が流れ込んだのではないかのう」

「んもー! ザコお兄さんのうっかりざこ!」

「うかりー」

「……(?)」


 メメに首根っこ掴まれて、そのまま首が引きちぎれそうになるほど持ち上げられて、ぶわりと俺の中から何かが抜けた。

 はふぅ♥


「なんかすっきりした」

「触った時に何されたか覚えてる?」

「えーっと……。蹴り飛ばされそうになった」

「剣に触った時よ」


 霞がかった記憶を呼び戻す。


「剣のマナの思念ってやつなのかな。黄金の天使を見せられた。リチャルドを女にした感じだったぞ」

「剣がザコお兄さんに?」

「ただの残留思念かもしれぬ。意味はないかもしれぬぞ」


 俺たちが話していると、シエラが「けんー」と言って剣を拾い上げていた。


「ちょっ」

「ひろたー。えらい?」

「うん。なんともない?」


 シエラはとてとてと寄ってきて、剣を俺に渡してきた。

 むふーと胸を張っていたので、頭をなでなでした。シエラはくすぐったそうに目を細めた。

 恐る恐る剣を受け取ると、今度は何も起きなかった。


「平気だ」

「それ持っていったら? 鞘もあるわよ」

「そうだな。これが王の剣だとしたら……何かいる!?」


 俺は下り階段に気配を感じ、注視した。

 音はない。


「私は感じないわ」

「わちもじゃ」


 黒いもやが顔のない人型となり、手を差し出した。

 警戒してそれを見つめていると、黒いもやの人は、ゆっくりと階段を下り始めた。


「呼んでる……」

「何が?」

「黒いもやの人が……メメには見えないのか?」


 メメは首を傾げ、ヨウコも首を振った。


「……(ふるふる)」

「しえらー、えらいー?」

「うん。えらいえらい」


 俺は剣を右手に、シエラの手を左手に持ち、ゆっくりと階段へ近づいた。

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