黄金のうんこ
外に出たらまだ太陽は東に輝いていた。時間は全く経っていないからそりゃあそうだ。衛兵も「お早い帰還でしたね」と出迎えてくれた。
「そういや時間の歪みって?」
「アリエッタが詳しいから店に戻ってからにしましょ」
「アリエッタか。また話しが長くなりそうだな」
そうだそうだとアリエッタへの通信の魔石を握りしめ、「今から帰るぞー」と発信してみる。
すると「リチャルドは見つかった?」と返ってきたので、「一緒に連れて行く」と伝えておく。
いつものパフィの店に行き、ぐったりしているリルゥをベッドに寝かせた。「またやらかしたの?」とアリエッタに睨まれたが、土魔法で穴に階段を創ったと言ったら納得してくれた。
「お疲れ様。それじゃあ少し潜って帰ってきたのね」
「元々様子見のつもりだったからな。準備も足らないし」
「そう。リチャルドが無事で良かったわ」
「リチャルドに抱きついて喜ぶかと思ったのにあっさりしてんな」
アリエッタがやたらリチャルドにこだわるので俺はからかってみた。
「ばーかそういうんじゃないからね。なんていうか、ほっとけないのよ。わかるでしょ」
「わかるけど」
リチャルドは俺なんかより断然強い。簡単には死ぬわけもないと思ってる。だけども今回のようにふらりと一人で穴に入ったりするので心配になるのだ。
リチャルドは困ったように「もしかして僕、なんか悪く言われてる?」と言って笑った。
「で、マナ溜まりによる時間の歪みだっけ?」
「簡潔にな」
「リチャルドは二日経ってるのに、体感で一日だったのね」
「そうだ」
アリエッタはううんと一人で考え始めた。
「丸一日潜ってたのもおかしいけど……リチャルドはそんなに深く潜っていたの?」
「そのつもりは無かったのですけど、猛烈なアピールを受けましてね」
リチャルドは軽く手を二度振った。
「死霊モンスターです。ザークさんも見たでしょう?」
「ああ。もしかしてあいつをやっつけようとしてたのか」
「と、いうより追いかけてました」
「そういえば、先にあの鎧は登ってきたな……。どういうことだ」
アリエッタは手を伸ばして俺たちを制した。
「今は違うでしょ。リチャルドが長くマナ溜まりの中に居たのはわかったわ」
「それで、時間の歪みとは?」
「そのままの意味よ。マナが濃い所では時間が歪むの。空間もね」
「ふぅん?」
よくわからん。
「あんたは体験したでしょ。転移を。あれも時間と空間を意図的に歪ませてるの」
「ああなるほど?」
黒い立方体に触ったら川の激流に流されたかのような体験をし、俺は別の場所へ移動したのだった。よくよく考えたらそんな事はありえないだろう。それを可能にしたのがマナだ。俺はマナに詳しくないから先入観が無かったが、あの時アリエッタが食いついてきたのも、きっと凄い技術だからなのだろう。
「それに、マナを身体に満たした時、周りが遅く感じたでしょ? あれもそういうことよ」
「そういえばそんな感じがしたなぁ」
俺がマナを使って剣を振るう時、セクハラをする時、まるで風になったかのように感じた。感覚だけでなく実際に早く動けていたから、時間の流れが違ったということだろうか。その実感はあまりなかったが。
「それにエルフなんかは長命でしょ? あれもマナの影響よ。長命というより時間の流れが違うの」
「それじゃあアリエッタが小さいのも?」
「殴るわよ」
杖で殴られた。
「あんたと対して変わらないわよ!」
「まあまあ落ち着いて」
助けてリチャルド!
気づくと周りには誰もいなかった。話しに飽きたのか、みんな階下へ行ってしまった。またお菓子作りをしているのだろう。
だから俺は病人を出しにした。
「リルゥが寝てるから静かに」
「むぅ……」
アリエッタは椅子にどすんと座り直す。
「二倍も時間の流れが違うなんて異常に濃いわ。あんた、気を付けなよ。マナに呑まれるわよ」
「酔っ払うってことか?」
「モンスター化するわよ。すでにセクハラモンスターだけど」
セクハラモンスターじゃねえよ!
もし俺がモンスターで理性を無くしていたら、俺はすでにあの豊満な褐色おっぱいのパフィさんを揉んでいる。俺は理性を制御できているのだ。
そうそう、もう一つ気になる点を聞いてみた。
「半年前の事だが、穴を覗いた時に『王』と呼ばれたんだ」
「はぁ? なに言ってんの?」
「俺は王かもしれん……」
「なに言ってんの?」
沈黙が流れる。
「リチャルドも呼ばれたと言っていた」
「そっちはわかる」
「解せぬ……」
俺もリチャルドの方が似合うと思うけどさ!
「リチャルドが王族という話しは本人は否定してたぞ」
「それねぇ。まあ色々あるんじゃない?」
「アリエッタはなんでリチャルドを王族だと思ったんだ? いや否定とかじゃないぞ。単なる好奇心だ」
「それはマナね」
「マナ?」
アリエッタは静かに頷いた。
「人によってはマナが視える人がいるのよ。それは色だったり、臭いだったり、音だったりするけど。リチャルドは違うのよ。他の人とは」
「ちょっと待て。マナって見えないものなのか?」
「あら? ザークも視える側なの? 意外ね」
「それってどの程度見えないものなんだ? いや、アリエッタはどんな感じなんだ? 例えば俺は……青白く光って見えたりするんだが」
「それって普通の魔石に輝きじゃない?」
なんだよ! 俺も普通の側かよ!
「ならこれは見える?」
アリエッタは手を差し出した。
「……アリエッタの小さくてかわいい手が見える」
「なぐ――」
「ごめんなさい」
アリエッタはため息を吐いた。
「でもアリエッタが杖で魔法を使ったりする時はピャーっと光って見えたぞ」
「そう? なら魔法発動時が見えるタイプね。よくあるわ」
「よくあるのか」
やっぱり俺は特別な存在でもなんでもなかった!
「ちなみにアリエッタは?」
「エッタは色よ。よくあるタイプだわ」
「ふぅん」
意外だ。もっと凄い特別な能力でもあるのかと思ったら、アリエッタもよくある程度なのか。
「リチャルドが特別だとわかったのは色が違ったのか?」
「そうよ。リチャルドは黄金よ。黄金の天使の伝説と同じだわ」
「うん? リチャルドは黄金の天使なのか?」
「黄金の天使は王族なのよ。この地の、古い王国のエルシアのね」
「へぇ。実在してたんだ」
ちょくちょく聞くワードだな黄金の天使。そういえば俺も言われたぞ。
「俺もリチャルドに黄金の天使と言われたぞ。黒いマナを吸収できる者は黄金の天使だって」
「そう」
「冷たいな」
アリエッタの額に皺が寄った。すげえ不快そうだ。
「なあなあ。それじゃあ俺のマナはどんな色なんだ?」
「糞みたいな色よ」
「それって?」
「うんこ色」
「うんこ……」
俺は黄金の天使じゃなくてうんこのセクハラモンスターだったのか……。モンスターじゃないが。
だが俺は諦めない。
「でもでも、穴のマナが黒いもやになって『王よ』と話しかけてくれたし……俺も王と認められたし……」
「うんこよ。黄金じゃないわ」
「ぐぎぎ……」
悔しい。俺は静かに泣いた。
そんな俺の姿を見て、アリエッタはハッとした表情をし、「いや、ありえない……でも……」と困惑を始めた。
「どうした? やはり俺も王族だったか?」
「そう……かもしれない……。うんこだけど」
「うんこ言うな」
まるで糞野郎じゃねえか。
「あんた、リチャルドと結婚してるじゃない」
「?」
「覚えてないの?」
「あれ、変な夢じゃなかったっけ……。なんで知ってるんだ?」
「夢じゃないわよ」
なんだっけかな。
そうだ、リチャルドとメメが戦い出して、俺とリチャルドがお互いの胸を触り「オパーイ」と言い合うのが古くの結婚の儀式だとかなんとか。なんだそれ。
「いやいや待て待て。あれで結婚ってなんだよ」
「古くから伝わる儀式よ? あれであんたとリチャルドは結婚したと認められたのよ」
「何にだよ!?」
わけわからん!
「そんなの精霊に決まってるじゃない。精霊はマナを司るものでマナの思念で……まあその辺はいいわ! とにかく! あんたは人間社会ではありえなくても、儀式が成立して、精霊からリチャルドとの結婚が認められたのよ!」
「俺……本当にリチャルドと結婚してたのか……。どっちが姫だ……。リチャルドを女装させればあるいは……」
「どっちも王でしょ。そう言われたんでしょ」
落ち着け。冷静に考えろ。つまり。
「リチャルドは本当に古代王国の王族の子孫だった。俺はリチャルドとの結婚が精霊に認められて王族入りした。だから俺も王と呼ばれた。こういうこと?」
「そういうこと」
「おかしくね?」
「エッタもおかしいと思う」
俺は、できたてのお菓子を手にしてるんるんで戻ってきた男との離婚を本気で考えた。




