穴の死霊
木の根と木の枝が生い茂った螺旋階段を降りていく。階段は穴の壁から突き出すように生えており、その幅は人一人分ちょっとだ。ゆえにメメが俺の身体に密着してギリギリ……というほどではないが、足を踏み外したら穴の底へ落下と考えると、精神的に余裕はない。
「つんつん♥」
「やめろよまじで! 死ぬから!」
メメは俺の腰をくすぐり、にへへと笑った。
「何が出るかなー? ねえねえ!」
なんかごきげんかと思ったら、血に飢えていたいたようだ。
残念だが俺としては何も出てほしくない。というか出ないんじゃないかと思ってる。
「リチャルドが先に入ってるから、モンスターが居たとしても処理されてるだろう」
「ちぇー。しょうがない……やるか……」
「やるな」
リチャルドはメメを悪魔と見破り、戦い傷つけたから憎んでるかもしれない。
今までは表面上は争いはなかったが、色々鬱憤が溜まってるから気をつけよう。俺も朝の戦闘訓練で本気で殺されかけてたみたいだからな……。
メメの心の地雷を踏まないように相槌をしながら階段を下っていくと、辺りは白いもやがかかっていた。
「なんか底は暗いのに近くで見ると白いんだな」
「マナ溜まりに入ったのよ」
メメは爪先の灯りの火をぽいと穴へ投げると、きらきらと瞬いて暗闇を白く照らし落ちていった。
「まだ底はあるな……。そして階段はここまでか」
螺旋階段は二周ほどしたところで途切れていた。
俺が背負っていたロリエルフがもぞもぞと動き出す。
「つづき、つくる、いってる」
「さっき無理しただろう。無茶するな。様子見だしここで戻ってもいいし」
だけどヨウコは「じゃが、見つけてこいと言われとるじゃろ?」と俺の首を指差した。
リチャルドは縄梯子でどこまで下りたのだろうか。底が見えなかったが、思った以上に深い。
「飛び降りたらいいんじゃない?」
「殺す気か」
メメならなんか大丈夫そうな気がするが、俺は死ぬ。よくても足が折れる。
「……(ふるふる)」
「まな、へいき、いってる」
「そうなのか?」
ロリエルフは腰のバッグから拳サイズの植物の種を取り出し、それを光る両手で包んだ。
そしてそれを足元に置くと、うぞぞぞぞぞと下へ蔓が伸びていった。
「うお、すげえ……。ロープ代わりか」
「……(こくり)」
「つるのろぷー」
それは訳さなくてもわかる。
どこまで下があるんだろうとカンテラをかざすが、灯りがもやに阻まれて先がよく見えない。
「下りてみないとわからないね」
「怖いな。メメ、先行って見てくれないか」
「悪魔使い荒くない?」
むぅと口を尖らせるメメの肩にヨウコは手を置き、「わちが行くのじゃ」とするすると蔦を下りていった。
やがて下からひゅるりと紙の鶴が飛んできて、「下りられるのじゃ」とヨウコの声で喋り、ぼうと青白く燃えて消え去った。
「変な魔法」
「まほー」
ぐってりとしたリルゥを背負って俺は蔓を下りていく。
途中俺の頭に尻が落ちてきて、俺の首が折れかけた。シエラが足を踏み外したようだ。
おんぶ肩車の二重幼女搭載状態で下りていくと、途中で足がすかっと外れた。
「おわぁ!?」
「途中で切れとるぞー」
ヨウコの声が下から届く。先に言ってくれ!
危うく落下しかけたが、途切れたすぐ先はすでに地面だった。
「真ん中はまだ穴が空いておるから気をつけるのじゃ。外周だけ足場があるようじゃのう」
「変な作りね。まだ未完成なのかしら」
穴の底かと思ったら、まだまだ下があるようだ。縄梯子も途中で途切れている。
「ッ!? 何かいる」
メメがカンテラの灯りを抑えた。そして息を潜めた。
やがて階段を登る音がコンコンと聞こえてきた。外周部の一部は階段になっているようだ。
「魔物じゃないよな? リチャルドじゃないか? おおい!」
俺は音の方へ手を振ると、音はガチャガチャと金属の音を立てて走り寄ってきた。
金属鎧? いやそもそも、リチャルドはあんなに想像しく歩かない。
「人型のモンスター!?」
「動く鎧じゃな」
現れたのはフルアーマーで生身の部分が黒いモヤのモンスターだった。
「死霊よ。気をつけて!」
「そうは言われても!」
金属の篭手が手にした長剣を振り下ろしてきたのを、俺はとっさに横に躱す。
そして剣を抜いて突くも、頑強な金属鎧はびくともしなかった。
「下がってザコお兄さん。邪魔よ」
「はい」
俺は素直に後ろへ下がる。
「……(ぺしぺし)」
「なんだ?」
「はきそー、いってる」
「まじか」
俺はリルゥをそっと床に下ろした。
そうこうしているうちに、ヨウコの炎が鎧を焼き、メメが穴へ蹴り落とした。
一瞬で片が付いたが、斃せたのだろうかあれで。
「おそらく死んでないじゃろうな」
「鎧がへしゃげたならまともに動けないはずよ」
さらに階段を昇る音が聞こえた。
メメは素早く構える。
「わちが先制攻撃するかの?」
「いいえ、私にまかせて」
しかし足音が小さい。これは。
「おいメメ」
「ええい!」
人影はメメの渾身の突きを躱し、手を振って現れた。
「ザークさん。早かったですね!」
「なに一人で潜ってんだよリチャルド」
リチャルドはあははと頭を掻いた。
「危険がないか見ておこうと思いまして」
「それを依頼されたのが俺たちだぞ。まったく」
「ええ。ああそれでメメさんも怒っているのですね」
リチャルドは背後からのメメの拳をぱしっと掴んだ。
「機嫌が悪いんだ。しばらく暇だったから」
「そうなんですね。そうそう、厄介なの来ませんでした?」
「燃やして落としたよ」
「そう……ですか」
リチャルドはなぜか視線を落とした。
「問題があったか?」
「いえ。ただ可哀想だと思いまして」
「は? 死霊モンスターなんだろ? アンデッドだろ? 変な奴だな」
俺はリチャルドの肩をばんばんと叩く。
「気にしすぎなんだよ、お前は」
「そうでしょうか」
「いいから街に戻ろうぜ。二日も潜っていたんだろ?」
「いえ、そんなに経っていませんよ? せいぜい一日くらいだと思いますが」
暗い穴底に居たせいか時間間隔が馬鹿になってるのか?
こんなところに一人で二日もいるのも信じられんが。
メメはリチャルドに攻撃するの諦めて俺の隣にやってきた。
「それ時間の歪みじゃない?」
「時間の歪み?」
「今日はもう帰るんでしょ。帰り道に話すよ」
ふらふらになってるリルゥを背負い直す。なるべく揺らさないようにしないと。
「すごいね。道を作ったのですか」
「ああ。このロリエルフがな」
「なるほど。エルフですか」
リチャルドが顔を覗くと、なぜかロリエルフはあわあわと慌てだした。
「どうしたんだ?」
「おーさまー、いってる」
「やっぱそういう?」
「違うんですけどねぇ……」
リチャルドは、あははと笑った。
「俺はリチャルドが王族だとしても疑わないが」
「そんな、ザークさんまで」
「俺はわからんが、エルフとか、アリエッタとか、マナに敏感な者は何かを感じるんじゃないか?」
「そうですか。そうなんですかね」
そこでふとあの声の事を思い出した。
「俺も穴を覗いた時に『王』と呼ばれたんだけどな」
「それ僕も聞きました。あれも死霊か何かでしょうか」
「む、むぅ……」
「きゃははははっ♪」
メメが隣で指差してけたけた笑い出した。ほら見たことかという顔をしている。このやろ。
俺は背中のロリエルフを揺らさないように気をつけて、蔦を上り始めた。




